6話 僧侶が傷を癒す理由
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作者が跳ねて喜びます…
『ギギギ…』
なんだよ…こっち見るなよ…
頭から胸までが人間の女、その他が鳥の化け物、《ハルピュイア》…《ハーピー》とも呼ばれるこの化け物は、当たり前だがこんな街中、国の首都に居る様なヤツ等ではない。
それが何故こんな場所、何故俺の泊まっているホテルの窓に張り付いている?
どうする?
…見なかった事にするか?
そんなことを考えていると、《ハルピュイア》はその頭を思いっきり窓に打ち付けだした。
ガン!!…
ガン!! ガン!!……
ガン!! ガン!!ガン!! ガン!!………
耳障りな音が部屋に響く…まぁ、ここの窓は『魔法障壁』の術式も組み込まれている為、そう簡単には壊れない。しかし、五月蝿いな…
窓の外に張り付いたハルピュイアは、頭部から血を垂れ流しながら頭を打ち付け続けている。その顔は、狂気を孕んだ醜いものだ…あああ、五月蝿いな。
俺は自分の荷物の中から、『モーニングスター』を取り出し窓に近付く。
ハルピュイアと目が合った、心無しか目を細め、頭を打ち付ける速度を加速させる。
そうか…そんなに俺に会いたいのか…
俺はハルピュイアが頭を振りかぶったのと同時に、窓の横に立ち、片手で窓の留め具を外す。
頭を打つけたハルピュイアは、そのまま窓を開き部屋に倒れ込んで来た。
俺は倒れ込むハルピュイアを見下ろしながら、モーニングスターに魔力を通し、それでハルピュイアの頭を打ち付ける…
「五月蝿い」
『ギギギギッギイッギイ!!!…』
何度も、何度も…モーニングスターを振り下ろす…
ただ打ち付けている訳では無い、聖なる属性を纏わせた打撃…コイツ等にとってはただ殴られているだけでは済まない攻撃だ。毒と例えてもいいかもしれない。
吹雪により、開け放たれた窓から雪が入って来たが気にしない。
イライラしていたのもあるのだろう、俺は打ち続けるだけだった。
何発打ち付けただろうか?
外が騒がしいと感じた頃には、化け物の頭は肉片と化していた。
まぁ、グロテスクだな…
自分の身体に視線を移す…うん、血塗れだ。
とりあえず、窓を締め着替えを始める。
面倒だから、自分が持っている中で最も長いローブを羽織っておく。羽織ってみて失敗したと感じた、羽織ったのは教会の式典などで着るものだったからだ。謂わば礼装である。やっちまった…これ高いんだよな。
流石、聖職者の礼装なだけあって《対魔加工》がされているらしいな…ハルピュイアの血も弾いてみせた。
まぁ、いいや、コレを着とこう。
モーニングスターは…ハルピュイアの脳髄がこびり付いた状態は流石に無いよな…《浄化》の術で魔物の血肉を取り除く。そうする事でモーニングスターは、まるで新品のような状態になった。持って行こう。
自室から出て廊下に出ると、もう既に建物内は混乱の窮みだった。長い廊下を駆け回り避難誘導に勤める従業員達、怒声を飛ばしながら逃げ惑う宿泊客、泣きわめくガキ共…
その中にあって人の流れを逆流しながら進む人間が居る、俺達の護衛兼見張りの騎士達だ。まぁ、連合軍の騎士なんて、こういう有事の時にしか役に立たないからな。存分に働いてもらおう。
その中の一人にとても見知った顔が居た。そいつは俺に気付くと駆け足でよって来た、隊長殿だ…
「クリス殿、緊急事態です、魔物共が攻めて来ました。
現在、上空からハルピュイアによる断続的な攻撃が続いております。
帝国軍に状況確認を行っていますが、連絡に出た兵が戻って来ません。おそらく、帝都中、魔物の攻撃を受けているのかと思われます…
サカモト様とブレイズ様が外にて応戦中。シルバーランド様とハント様、サリエル様は屋内にて防戦中。ディアナ王女は一階の大広間にて宿泊客の護衛をして頂いております、我々もそのお手伝いをしている所です。
我々は王により、緊急事態における指揮権はクリス殿に移行せよとの命を受けております…ご命令を」
ハントとサリエルとは、リュウジが率い居る《パーティー》のメンバーである。
ハントは《魔法連盟》に所属していた魔術師。博打好きで借金まみれ。その末、連盟の金に手をつけるような駄目な男である。しかし、魔法の腕は一流で天才魔法使いなんて呼ばれてたりする。
サリエルは俺と同じ教会で教会騎士をしていた女だ。美人なんだがな…夢見がち過ぎて俺は付いて行けない。端的に言えば、勇者に付き従えば絶対に世界が平和になると思い込んでいる女である。
まぁ、この二人が防戦に参戦しているのなら問題は少なそうである。
帝都中か…まぁ、そう考えて妥当だよな。
それにしても、すこし驚いた。この男は緊急事態に憔悴するタイプの人間だと思っていた。しかし、どうだ? この冷静さは、歴戦をくぐり抜けて来た風格だ。
成る程、ただの口煩い面倒な男では無いようだな。
与し易いと思っていたのだが…認識を改める必要がありそうだ。
しかし、指揮権が移行とは…くそ面倒くさいな。
まぁ、ここは頑張って勇者パーティーの僧侶らしくしますかね…
「わかりました、貴方達は宿泊客の安全を最優先に考えて行動してください。
…戦闘はサカモト様に任せても大丈夫でしょう。私は傷を負った方の回復に努めます、出来るだけ大きな部屋を確保し、そこに怪我人を運んでください」
俺の命令を聞き終えると、隊長は『それでは先程会議のあった部屋に向かってください、そこに怪我人は搬送されています』と言い残しその場を去って行った。
面倒だけど向かうかね…
昼間会議のあった部屋は、中央に置かれた円卓が退かされ、大勢の怪我人が運び込まれていた。大体、100人くらいか? もっと多いかも知れない…
魔族との戦いでよく見ていた光景である。違うのは、良い身なりの富裕層が泣きわめいていることか…
特に率先して治そうとした訳では無いが、目の前の…丁度足下に、腹から夥しい出血をした五歳くらいの女子が横たわっていた。
ハルピュイア共には人の内蔵を喰らう習性ある。この娘は、生きたまま腹を食い破られでもしたのだろう。生きているのが奇跡の様に思えた。
娘は既に涙すら流さず、生きる事を諦めた様な目で、荒い息を発しながら天上を見上げていた。
俺はそっと傷口に手を触れると、娘の身体に俺の魔力を巡らせる。対象に巡らせた魔力で傷の容態を確認する魔法の一種である。あー、腸に大きく傷付いてるな…この出血はソコからか…
俺は回復魔法をそっと唱えた。
「テラ・ヒール」
俺の手が煩わしい光を発し、娘の傷口を覆って行く。
どういう原理になっているのかサッパリだが、娘の傷が徐々に塞がって行くのが解る。
光が消える頃には完全に塞がっているのだから、本当にこの力は胡散臭いよな。馬鹿げている。しかし、ただ治すだけでは芸が無いな。なら……
さてさて、適当に神の奇跡を披露した所で辺りを見渡す。
治療された女の子は、突然痛みが消えて驚いた表情でこちらを見ている。まるで狐に摘まれたような顔だ。
その他の患者は、俺の起こした奇跡に見蕩れていた。
それを見て俺は聖人の仮面を被り芝居がかった口調で喋りだすのだ…
「私の名前はクリストファー・ラスターリューゲ。
勇者パーティーのメンバーだった者です。
さぁ、重傷の方から準に並んでください。神の御力をお借りし傷を癒します」
怪我人が押し寄せて来たのは言うまでもない。
口々に、『聖人様、ありがとうございます』とか、『貴方のおかげで助かりました』とか、『生きて返れたら謝礼を出す』とか…本当に現金なヤツ等だ、コイツ等はもし俺が傷を治さなかったらどうするつもりなのだろうか?
しかし、まぁ、それでいい…コイツ等には後々、餌になって貰うかもしれないのだから…今は傷くらい治してやるさ。