4話 女魔剣士はまんまと僧侶に懐柔されました
リュウジは頬杖を付きながら俺の話を聞いていた。
コイツがココに現れたのは、魔王を倒したパーティーの生き残りである俺とディアナの話を聞く為らしい。だから、大まかな嘘の説明をさせてもらっているのだが…コイツ、聞く気あるのか?
俺が話している最中もずっと上の空と言った感じだし、第一、最初から興味が無さそうである。まぁ、どうでもいいが。
因みに俺の話す内容は、勇者と魔王が戦い、勇者ソウマは魔王と相打ちで死亡、騎士団長は魔王に不意を突かれて殉職、剣士ライザちゃんは転移魔法で飛ばされ生死不明、俺とディアナは、魔族の巣窟から命からがら逃げ延びた…という設定の嘘である。俺が裏切ったくだりや、実は魔王の計らいで帰りは無駄な戦闘が無かったことなどは勿論伏せてある。
そして、ディアナの記憶もコレに書き換えられている為、俺達の証言に矛盾は無い筈だ。
何回も喋った事だからな、隊長殿は聞き飽きている事だろう。
実際、隊長殿が退屈そうな顔を必死で隠しているのが俺には解った。
ライザの生死が不明というくだりで、剣を携えた銀髪の少女、《アンジェリカ・シルバーランド》が、その美しい顔立ちを青くした。そういえば、コイツとライザは同門の出だったか…それも、かなり仲が良かった筈だ。まぁ、あの爺さんの弟子ならそれも仕方ないか…
ライザとアンジェリカは、現在の王宮剣術指南士を勤める《神剣》の称号を持った爺さんに師事している。その爺さんは、産まれてから五才までの才能のある子供しか正式に弟子にしない。また、一定の技術を身につけるまで親元を離れ爺さんの元で集団生活をする為、弟子となった子供達はまるで兄妹の様に育つこととなる…つまりアンジェリカにとってライザは妹も同然の存在なのである。
彼女は沈痛な面持ちのまま顔を俯かせた。
その横でリュウジが欠伸を1つ…本当に興味無さげである。
俺が一通り話し終えると、リュウジは眠そうな目を擦りながら立ち上がった。
そして、俺を睨むと横柄な態度で口を開く…
「話長げぇよ、オッサン。忙し言ったんだから、手短に纏めろよバーカ。
…俺は部屋で寝るから、アンジーは報告書頼むわ。ブレイズは、俺の代わりに視察ヨロシク」
アンジェリカと、もう一人の連れの大男にそう言い残すと、リュウジは部屋を出て行った。その後ろ姿を俺は唖然として見送ることしか出来なかった。
おい、餓鬼。とりあえず俺はまだ25だ、断じてオッサンでは無い。
つーか、アイツは聞く気も無いのにどうして俺の話を聞きに来た?
馬鹿なのか?
馬鹿なのだろう。おそらく脳筋だ…あれでも《最強のパーティー》の勇者なのだ泣けて来る。
俺が唖然としていると、アンジェリカが申し訳無さそうな視線を俺とディアナに向けてきた。
「…クリストファー殿、ディアナ様、本当に申し訳ない。
ここ最近、サカモト様は何時にも増して気性が荒いのだ…おそらく、魔王とソウマ様が相打ちになられたことが由来しているのだと思うが…
自分が魔王を倒すのだと決めていたらしくてな。
魔王との戦いで仲間を失ったお二方にサカモト様を会わすべきでも無かったな…
しかし、これも私達の仕事なのだと思ってくれ。本当に申し訳ない」
アンジェリカと隣の大男、《ブレイズ》は、二人揃って頭を下げて来た。
仲間を失った方に話すことでもない、か…実際、俺はこれぽっちの感傷も無いのだが…つーか、俺には感傷に浸る資格なんて無いしな、アイツ等が死んでようが生きてようが特に問題も無いし。
俺なんかより、同門の友人を失ったアンジェリカの方が辛そうに見える。他人の死や不幸に心を痛めることが出来る…この娘の方が俺なんかより百倍、聖職者に相応しい。
それにしても仕事か…確か報告書もどうとか…まぁ、誰が仕向けたのかは見当がつくが、もう少し話を聞いて見るかな。その為に、こちらの信頼を勝ち取りますか…他パーティーのメンバーを懐柔するのも悪く無い。
とりあえず仕方ない…俺は聖職者の…聖人が悲しみに心を打たれている様な…自分で見たら絶対に反吐が出て来るような表情を作った。
「いえ、別に私は何とも思っていませんよ。サカモト様のことは何度かお目に掛かったときに心得ております故…
それより、アンジェリカさん?
ライザさんのことは本当に申し訳ありませんでした。
私がもっと速く、魔王の術を阻止していれば…
もっと、私に力があれば…良かったのですが…本当に私に力が無かったばっかりに…
あの日以来、私はライザさんの幸運を祈ることを欠かしていません。
ライザさんに六神の加護があらんことを…私は祈り続けましょう」
少々、芝居がかり過ぎたか?…
コレっぽちも思っていないことを口に出し、形だけの祈りを捧げる俺…本当に馬鹿みたいだな。
勿論、俺は一度たりともライザの幸運を祈ったことなど無いのだ。
しかし、まぁ、巷で《聖人》とか言われている《外道》な男の祈りに感動する純真無垢な少女がココにも居た訳で…俺の言葉で涙腺が崩壊したのか、泣き崩れるアンジェリカ。それを支えるブレイズ…美しい仲間の光景がそこにはあった。
…下らないことだ。こんなクソ野郎の言葉で涙を流すこと程、愚かしいことは無いだろうに。
まぁ、でも、人前で涙を見せると言うことは精神がそこまで追い込まれているということだ…さぁて、よく喋ってもらおうか?
「…は、はい、あ、ありがとうございます、クリストファー様……私は、ライザのことがずっと、ずっと、心配だったんです…本当に、本当に…」
呂律が回らない程、泣き続けるアンジェリカ…
どうするか…このまま、慰めて話を聞き出すだけじゃ勿体無いよな…
当たりを見渡すと、じっと席に座ってこちらを見ているディアナが視界に入った。こんな状況でも、彼女はいつも通りだな、平常を崩さない…面白く無いな。
ソコで俺は少し実験してみることにした。
先程まで感情の籠らない目で見ていたディアナは、突然立ち上がりアンジェリカに近付くと唐突にハンカチを取り出し彼女に差し出した。アンジェリカは一瞬不思議そうにディアナを見た後、ハンカチを受け取る。それでも尚、怪訝な表情なのは、この王女様が普段このようなことをしないからだろう…
そんなアンジェリカに、ディアナは声を掛ける…
「アンジェリカさん? 涙を拭いてください…貴女のそんな表情を、ライザは望んでいないから…」
まるで聖母のような笑みを浮かべたディアナの言葉に、アンジェリカは目を大きく見開き、大粒の涙をこぼす。そして、ディアナに抱きつき、大声で泣き始めた…
俺はそんな二人を冷ややかな目で見ていた。
今、ディアナは自分が何故アンジェリカに抱きつかれているのか理解出来ていないのだろうな…
俺は魔王がディアナに施した洗脳魔法を使い、彼女をマインドコントロールしたのだ。
つまり、先程のディアナの行動は俺が行っていたと言っても良い。
予想以上に使える力だ。
コレを上手く利用すれば、なかなかに面白いことが出来るだろうな…問題は、当人の行動が精神とズレてしまうことか…まぁ、そこは後でディアナの記憶を弄れば多少の齟齬は隠せるだろう。
数分後、平静を取り戻したアンジェリカは俺達に深く頭を下げた。
「みっともない所をお見せした…本当に、お恥ずかしい限りです」
「いえ、友を思う貴女の気持ち、六神は必ずや聞き届けてくださるでしょう…
所で、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「…はい、私に答えれることならなんなりと聞いてください」
ちょろい…ちょろ過ぎる…
アンジェリカは俺に信用し切った顔を向けて来ている。
本当にちょろ過ぎる…