繁栄と維持
茫然と立ち尽くす僕の手を握るラビ12世。その表情はとても穏やかで、柔らかな毛に包まれた手のように僕の心も包んでくれているようだった。
「神様、ご安心ください。我々はいつもお傍におります。我々はどのような事があっても、神を恨むことはありません。我らを創って頂いた事に、感謝を忘れた事はありません」
ラビの言葉に思わず視界がゆがんだ。すると優しく指で涙を拭うラビ。周りを眺めると、他の獣人も僕の方を見て拝んでいる。両膝を地面へと付け、両手を振り上げては地面へと付ける。後で分かった事だが、この動作は僕が天から地に降りてきた事を示しているそうだ。
僕が彼らの為にしてやれる事は、そう多くは無い。何もしないで後悔するよりも、なにかやって後悔したほうがいいのではないだろうか?
彼らに励まされて新たな種族を創る事を決めた僕。念じると光と共に新たな種族が現れるのだった。跪く新たな同志にはハーピーと名づけた。翼となった手と鳥そのものの脚を除けば、見た目は人間そのものに見える。なぜか、短めの多少カールした髪型が少し気になった。目は大きめで、顔はなかなか可愛らしい。活発そうな印象だ。
新たな種族の誕生に歓声が湧き上がる。あるものはヤギから取ったと思われる毛皮を着せ、またあるものは干し肉をハーピーに手渡す。どうやら皆、新たな仲間を快く受け入れたように見える。胴体部分には羽毛を持たない為、いろいろと目のやり場に困る。小ぶりだが、形のよいものが目に飛び込んできた。というか、吸い込まれるように、視線はそこにしか向かなかった。
そこで突然、僕の前に人間に酷似した者達が走り寄り、瞬時に飛び出したジャガーの獣人が僕と彼らの間に割って入る。ジャガーの獣人に咆えられ、彼ら浅黒い肌の男性二人はすぐにその場で跪く。体は麻の服を身につけていて、骨で作ったと思われる首飾り、腰には金属製の短剣がさされている。髪は黒く縮れている長い毛を後ろで束ねていた。
獣人から混血で生まれたのかと思ったが、どうも獣の要素が全くない彼ら。言ってみれば、大陸に存在する先住民族、そのような感じの人間だ。
しばらく何か獣人達と言い争う人間。やがてラビ12世が彼らとの通訳や説明を行ってくれる。
「神様に対する無礼をお許しください。彼らは、崖より下の密林から北のほうにある巨大な湖に国を構えるアルテカ王国の民です。最初はいざこざもありましたが現在は友好関係を結び、取引を行っている相手です」
「彼らには取引の為にこの神の地を訪れる事を許可しています。今回、神様の威光に触れ是非お目通り願いたいと申し出てきました。」
「我々の王もまた、神であらせられると言っています。我らの神は直接そのお姿を見る事は敵いません。神官たちが神の言葉を伝え、お世話を行っているそうです。是非、我らの神官にこの事を伝え、けものの民の神様にも貢物をしたいと申し出ています。伝承のけものの民の神が降臨された事に驚いていると言っています」
「我らの神の素晴らしさをようやくアルテカの民も分かったようです。是非、彼らの申し出を受け入れましょう。何か良い物をくれるみたいですよ」
彼らの態度に気を良くしたラビはこんな事を言うのだった。大丈夫だろうか?そしてラビは彼らから金属製の短剣を受け取り、僕に渡してくるのだった。短剣はそれなりに価値のあるもので、担保のようなものかもしれない。
慌てて国へ戻ろうとする彼らを集落のはずれまで見送った後、ラビはこう言うのだった。
「ご心配はありません。彼らは数は多く、石よりも強い武器を持っていますが、我らよりも遥かに力が弱いのです。そして何よりも、神を大切に思っている民です。神様に対して危害を加える事は万に一つも無いでしょう」
獣人が恐竜を駆逐していく過程で森林で出会ったとされるアルテカの民。最初は武器を振り上げて襲ってきたらしいが、レオ種に簡単に力でねじ伏せられ、ジャー種に素早さで翻弄され、武器を捨てて逃げ出したそうだ。
しばらくすると、今度は頭や体にたくさんの飾りをつけた神官が、大勢の戦士を引き連れて森林へ現れた。そこで当時のラビ8世が機転を利かせ、神器(虫眼鏡)を用いて火を操る術を見せたという。ラビに神の力を感じた神官は、争う考えを捨て、両者は共に歩む道を探したそうだ。
ちなみに交易は主に、こちらがトウモロコシや芋や恐竜の素材。向こうは、麻や金属の道具を持ってくるらしい。どうやら彼らにもこちらにも通貨はまだ存在していないようだ。彼らは農業にも優れているが、人口が多い為に更に食料を求めているらしい。素材を欲しがるあたり、恐竜にも苦戦していたようだ。
僕は、彼らから貰った短剣を見てみる。黄金色に輝くこの短剣は、木等がそれなりに切れる。勿論、現代の地球の刃物と比べればなまくらも良い所だが、この時代にしてはすごい技術なのではないだろうか?現に僕らはまだ石器が主流だ。
はたしてこの輝きは金だろうか?見た所金に見えるが、いくらなんでも武器に金は使わないだろう。装飾ならまだしも、刃が金だと実際に使えなさ過ぎる。
「その武器は最初は美しいのですが、時間をおくと輝きが失われてしまいます。たとえ輝きが失われてもその切れ味は変わらないので、困る事はありません」
「輝きが失われるってどういうこと?どんなになるの?」
ラビが別の短剣を見せてくれた。それは、完全に輝きが失われていて、茶色っぽい色をしていた。所々、青い錆みたいなものが付いている。恐らく、この金属は青銅か。
青銅ならそれほど技術を必要としないはずだ。彼らの所では銅と錫が採れるのだろう。そうでなければ、これは作れない。出来ればその技術を学ぶ事が出来ないだろうか?金属精製の技術はぜひ欲しい。今は青銅の技術でも、やがては鉄、鋼鉄と発展が期待できる。
残念ながら僕には、そういった知識は全くない。品物よりも、技術や材料が欲しいところだ。
「これから我々はどうすれば良いのでしょうか?」
ラビの言葉に悩む僕。いつの間にか他の獣人達も集まって来ていた。正直なところ、僕自身がそれを教えて欲しい。しばらく考えた末に、僕はこう言うのだった。
「当面は人口を増やすようにしよう」
そうは言ってみたものの、繁殖による増加では何十年、何百年単位の話になってしまう。やはり信仰ポイントを使って増やすべきか。
悩んでいると、新しく作った種族、ハーピー種が一羽舞い降りてくる。彼女らは一応、不慮の事故とかで不幸があっては困るので、5羽創っていた。
「申しつけの通り、周囲を飛び回って来ました。神喰らいの姿はありませんでした」
彼女らには、索敵の役目を与えてあった。24時間体制とかそんな厳重なものではなく、偶に飛行の練習を兼ねてといった感じだが。見周りも、偶に行う程度だ。ラビ達の話を聞く限りでは、一族に差し迫った危険は今のところ無さそうだし。
「そうだ、ハーピーには一般的な人間には聞こえない音を発する事が出来る。ラビは耳が良いからそれを聞く事が出来るかもしれない。ちょっと試してみてくれ」
「あ、なんか聞こえます。あまり心地よい音ではありませんね」
早速反応するラビ、耳を細かく動かして常に聞こえてくる方向を変えているようだ。僕としては何も聞こえないので、今どんな会話が為されているのかまったく分からない。
「離れていても会話とかできる?」
これには、ハーピー種が答えるのだった。
「いいえ。これは、壁に当てて跳ねかえってきたものを受け取るものなので、会話等には使えません」
「じゃあ、なんか特定の信号のようなものを決めておくとかは?その音が、長時間発せられている時は危険とか、短い間隔で何度も何度も鳴らされている時は、獲物を見つけたとか。聞こえてくる方向は分かるでしょ?」
以心伝心とまではいかなくても、簡単な連絡ぐらいならどうだろうか?出来ればモールス信号みたいなのを期待しているんだけど。
「そのくらいなら、出来そうです。ただ、すぐにやれと言われると」
「ゆっくりでいいよ。危険を知らせるものとかだけでも良い」
思いつきでも言ってみるものだ。種族を創るときにはそんな考えはまったく無かった。これは今思いついた事だった。そのうちでも使えるようになってくれれば、一族にとって素晴らしい恩恵がえられるだろう。
たしか、最初に戦争に飛行機が使われたのは、こういった索敵の為だったらしい。
「食料とかはどのくらい保存してあるのかな?」
「穀物の袋が5600袋、ヤギの数が大体250頭といったところです」
袋とは主食となるトウモロコシで、一袋が10人が一日で食べる量だそうだ。現在の人口は36人。ざっと1555日分かな。うん、少々数が増えても問題は無さそうだ。計算には自信が無いが、少々間違っていても命に関わるほどの問題ではないだろう。備蓄量が多過ぎなのは明らかなのだから。
広い農地を持っていて、狩猟に畜産と自給率が高く、無理して恐竜と戦ってきたせいで人口が減り、消費量が少ない状態で過ごしていたのだ。むしろ、それだけの長い間、穀物が保存出来るのかが心配になってくる。
食料については、心配無いようだ。この辺りは、飽食の時代に生まれた僕なんかよりもずっとしっかりしている。まあ、今まで冬を越したりしてきたのだから当然か。このまま、今ある量で大体どのくらい生きられるかを常に考えるように注意させておこう。
一応、数字の概念もあるようだから、食料管理の係を決めておくか。そして次の収穫まで、どのくらいの人口でも大丈夫か報告させよう。それによって増やす獣人の数を決める。それまでは信仰ポイントを使って人口を増やすのは保留しよう。
次に確認すべきは今、信仰ポイントは2270ポイントだ。ハーピーを創るのに一羽辺り30ポイント使う。5羽創った為に、150消費して、2270ポイント。2420-150で2270だ。
信仰ポイントは色々な創造以外にも、使い道があるようだ。所謂、神通力というやつだ。この力はポイントを消費して一時的に何かしらの効果を及ぼす事が出来る。
「恵みの雨」信仰ポイントを5ポイント消費して、数時間の間大地を潤す雨を降らす事が出来る。降水量はあまり多くは無く、河川の氾濫や土砂崩れといった大きな力は起こせない。
「落雷」信仰ポイント20ポイント消費。直径100メートルの範囲内に一回、雷を落とす。範囲内のどこに落ちるかは指定出来ず、範囲指定は目で見える距離しか指定出来ない。
今の僕に使える神通力はこの2つだ。後者は使い所が分からない。この力のお世話になることは当分の間はないだろう。
何にせよ、信仰ポイントにはまだまだ余裕がある。獣人を増やす以外にも、何か道具とかを創るのも良いかもしれない。機械とかだと、電気も必要になってくるし、必要ポイントが跳ねあがりそうだ。ここは簡単なものからゆっくりと創っていくべきだろう。
「神様。私達の集落を案内いたします」
僕の腕を取り、自らの胸元で抱きしめるように持ち、歩き出すラビ。他にも、僕の歩く後には暇な獣人がゾロゾロと列を為して付いてきていた。
たとえ獣人であっても、慕われているというのはすごく気分が良い。なんか、お互いの為に何かをしたくなる、そういった気分だ。きっと彼らもそうなのではないだろうか?ひょっとしたら、これがアガペーというやつかもしれない。そんな事を考えながら、僕は歩くのだった。