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創造神はじめました  作者: とくたまひなむや
プロローグ 【黎明編】
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神の帰還

 恐竜と共に崖下へと落下した僕は暗闇に包まれ上下の感覚すら失っていた。無限とも思える程の長い間、重力から切り離されたかと思えば、トスンと拍子抜けする程軽く、足が地面に付いたのだった。


 一瞬でめまぐるしく目の前の景色が動いた。僕は落下した高さの間隔が掴めず、大きくバランスを崩し後ろに向かって派手に転倒したのだった。実際のところ、高さなど殆ど無く、高さを錯覚したために転んだだけだろう。転倒の際、大きな音を立てて背中を打ったが思った程痛みも無く、起き上がろうとすると、そこが見慣れた明るい場所であることに気がつくのだった。


 絨毯の引かれた部屋、後ろには今の僕にとっては少し小さいベッドが置いてある。突然明るい場所に来た為、蛍光灯の光が眩しく感じる。そして思わず目を瞑った僕の鼻をくすぐる、懐かしい我が家の匂い。


「バンッ」


 まるで壊れるんじゃないかという音を立てて、部屋の扉が勢いよく開かれる。音に反応して扉の方へと視線を向けると、そこには長いウエーブのかかった金髪をした我が家の長女、石打透留いしうちとおるが立っていた。日本人離れした高い身長と長い手足、出るとこ出た優れたプロポーション、いつもながらモデルのようだ。


 口を真一文字にしてズカズカと部屋に入ってくる姉。今年で大学卒業の彼女は、ここのところ論文の作成に追われているせいか、いつも不機嫌だった。


 倒れたまま僕は作り笑顔で数日ぶりに会った姉に話かけようとしたが、彼女は怒りを露わにして倒れたままの僕の元へと詰め寄るのだった。そして女性とは思えない長身と腕力を持つ姉に、片手で掴まれて引き起こされる僕。


「今忙しいんだけど、シン君はそんなに私の邪魔がしたいのかしら?」


 どうやら僕が今大きな音を立てた事にご立腹のようだ。無理やり引き起こされた僕は、姉に見下ろされていた。165㎝とあまり背が高い方では無いが、それでも女の人から見下ろされる事はそうそう無い。この巨人以外は。


「ごめんなさい。ちょっと転んで」


 一体自分の部屋で転ぶ馬鹿が何処にいるのかと思ったが、そう言うしかなかった。なんせ身長だけでなく、あちこちが巨大な姉には腕力でもいまだに敵わない。口答えしようものなら、一瞬で張り倒される事だろう。僕は、嵐の通り過ぎるのをただ俯いてやり過ごすべきか、姉の機嫌が良くなるような事を言うべきか考えあぐねていた。


 「えっと今日は何日だったっけ?」


 二日程家を空けていたはずなのに、それについて何の反応も示さない姉に僕は尋ねるのだった。そして僕の予感は的中した。なんとスフィアの中で過ごしたあの二日間は、こちらでは何分にも満たない時間だったのだ。正確な時間は分からないが、おそらくはあの間、全くこちらの時間は過ぎていないのではないだろうか?


 「あんた、頭でも打ったの?」


 僕の質問に答えた後、様子がおかしいと感じた姉は言うのだった。


 「ちょっと、肩の所破れてるじゃない。それに、なんか汚れてるっていうか臭いよ。犬みたいな匂いがする」


 僕の服装に異変を感じた姉は怪訝な顔をする。無理もない、スフィアに吸い込まれてからの二日間ずっとこのままの服装で過ごしていたからだ。獣人達に寄り添って眠り、強い日差しの中で作業し、挙句の果てには恐竜に咥えられて崖から転落。


 今考えてみてもすごい体験だった。あれでよく生きてるものだと思う。


 「もう、縫ってあげるから。着替えなさい」


 心配そうに言う姉。こんな彼女を見たのは久しぶりと思うと同時に、忙しい時に無駄な心配をかけてしまった事で少し胸が痛んだ。



 替えのパジャマに着替えた僕の前で、黙々と破れた個所を縫う姉。粗暴なイメージしかないが、意外と家庭的な一面も持ち合わせていたのだと再確認させられる。2メートル近い身長の姉には、こういったチマチマした作業は似合わないな。そんな事を考えていると、ふと姉の料理について思いだすのだった。そういえば母が用事で家を空けた時なんかは、姉が料理を作ってくれているんだったっけ。


 姉の料理……、母の作った料理よりも遥かに美味しいが、品数自体が多いうえ分量もやたら多い。そのうえ残すと怒る。姉の料理には主菜、副菜、メインディッシュが二品ずつぐらい並べられるのだ。どう考えても二人前の料理を、当然のように一人分として割り当てられる。その為、毎回テーブル一杯に料理が並べられて、まるで中華料理を食べているような気にさせられる。


 姉自身はその異常な分量をペロリと平らげてしまうので驚きだ。この巨体を維持するためにはそのくらいの栄養が必要なのかもしれない。大した運動もしていないのに、体型がまったく崩れないのは不思議としかいいようがなかった。


 「はい、終わったわ。あんまりお母さんに心配かけないようにね」


 優しい口調で言う姉。その表情はどこか憂いを帯びており、寂しそうでもあるのだった。さあ続きを書かなきゃ、短くそう呟いた後立ちあがり僕の机を一瞥し、自分の部屋へと戻っていく姉。


 僕にもやるべき事が残っている。立ちあがった僕は机の上に置いたままのスフィアを一度見て、それからパソコンで調べ物を始めるのだった。僕は少しでも彼ら獣人達の為にしてやれる事を探さなくては。



 次の日、違う事を考えていた為、まったく頭に入らなかった授業を終えた学校からの帰り道にて。隣を歩いている僕の彼女、高橋理恵はいつものように授業の事、親の事、今後の進路といった他愛のない事を喋り続けている。僕は適当に相槌を打ってはいるものの、頭はここにあらず、ずっとスフィアに残してきた獣人達の事を考えていたのだった。


 「ねえ、今日はパパもママも夜遅いんだけど……、家来る?」


 一旦僕より前に進み、大袈裟に振り返って喋る理恵。その表情は、どこか小悪魔めいたものを感じる。子供がいたずらをして、まだ見つかっていない事をほくそ笑んでいるような表情だ。


 「悪いけど、ちょっと今日は用事があるから」


 短くそう告げると、脇道へと入る僕。この道からは商店街まで真っ直ぐに続いているのだ。彼女には悪いが、今の僕には獣人達の事しか考える余裕は無いのだった。きっと彼らは今でも僕の身を案じているのではないだろうか?悲観していたりはしないだろうか?


 彼らを創った責任感とかではなく。これは純粋な彼らに対する恩返しのような感情だった。ひたすらに僕に尽くしてくれた彼らへの、僕の想い。


 商店街にて必要になりそうなものを探す僕。書店にて百科事典、花屋では野菜の種を数種類買い込み、他にもホームセンターでナイフやロープ、シャベル等。持てるだけ様々な物を買い込んだ僕は、すぐに家へと戻るのだった。


 今回、何よりも大事なのは知識であると実感した僕は、まず百科事典を買った。電子辞書だと電池や耐衝に不安がある。百科事典に詳しい物の作り方なんて書いてはいないが、大まかにでも物が分かれば十分だ。多少工夫すれば何とかなるだろう。


 そして野菜の種、あの地方にしか存在しない品種だけではどうも心もとない。こちらから種を持ち込めば食料事情が大きく改善されるだろう。何か植物の病気が流行った場合でも、全滅は免れるはずだし。


 買い物袋を提げたまま家の階段を駆け上がる僕。ガサガサ音に興味を持った小学生の妹、石打茉莉耶イシウチマリヤが部屋から首を出して見ている。


 「おかえりー。何買ったのー?」


 「お菓子とかは無いよ。学校で使う物」


 僕の返答に対してふくれっ面で首を引っ込める妹だった。野菜の種を渡されても困るだろうから、これでいいのだ。


 部屋に戻った僕は、荷物を持ったままスフィアを覗き込む。机に置かれたままのスフィアに顔を近づけるようにして、その中を覗き込んだ。


 数秒間そうしていたが、一向に何も起こらない。あれ?覗いたら吸い込まれるんじゃなかったっけ?


 今度は買い物袋を左手に集め、空いた右手でスフィアを持ちあげる。そしてスフィアを部屋の蛍光灯にかざす様にして覗き込む。中に緑色の斜面が見え、その中心部分は黄土色に染まっていた。更に黄土色の部分には、何か小さな虫のようなものが動いている姿が見える。


 結局、それだけでまったくスフィアの中に入れそうな気配が無い。どうしたのだろうか?なにか手順がまちがっていたのか?


 僕は考えてみたが、なにも思いつかない。石板から得られた知識は、スフィア内での事に限られている為、スフィアに入り込む術はわからないのだ。


 それから何度もスフィアを覗き込む動作を繰り返してみたが、一向に入り込めるような気配は無かった。


 疲れて床へとしゃがみ込む僕。ひょっとしたら物を持ったままだと入れないのか?そういった考えが頭をよぎる。いや、あの時は虫眼鏡を持ち込んだはずだ。持ち込める量に制限があるのか。


 荷物を置いて、百科事典だけを手に持ってスフィアを覗き込む僕、これでどうだ。神に祈るように覗き込んだが、結果は変わらないのだった。


 もう彼らと会えないのかと思うと、胸が詰まるような感覚に陥る。とうとう百科事典すら捨てて、なりふり構わず両手でスフィアを握りしめ、額に石を当てて目を瞑る。たのむ、彼らと会わせてくれ。



 そう思った瞬間、スフィアに両手がめり込むような感覚を覚え、視界が真っ暗に変わるのだった。



 「神様。神様」


 身体を揺すられる感じがする。なんかたくさんの手が僕に触れているようだ。僕の頭、肩、背中、足といたるところに手を触れられている感じがする。それに大勢の人の話し声が聞こえる。


 全身が鉛のように重い。まだ寝ていたい、あと五分と言いたい気分だった。目を瞑ったままでいると、次第に記憶がはっきりとしてくる。今誰かが僕を神様と呼んだような。


 起き上がった僕の目の前に並んだ、見知った顔。兎にライオンにジャガー。だがその顔の数は、やたら多い。数十人はいるだろう獣人達が皆一様に僕に対して、尊敬の入り混じった目を向けているのだった。

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