創造神の誕生
右手に持っていた石板が突然光へと変わり、ゆっくりとした動作で僕の胸元へと吸い込まれていく。あわてた僕はその光を掴もうと激しく手を動かすが、むなしく空をきるだけだった。やがて、さっきまで石板だった光が完全に僕の胸に消える。
次に僕の頭の中に大量の情報が入ってくるのだった。何かを記憶するのとも、思い出すのとも違う、突然色々な考えが泡のように浮かびあがっては消えていく。石板に描かれていた信仰は僕に対する獣人達の信仰で、貢献とは僕が獣人達に対して何をもたらしたかを示したもののようだ。そして、今この瞬間僕はこの世界で創造神となったのだ。
新たな、おそらく石板に記憶されていたと思われる情報を得た僕は、自らに出来る事を知った。石板に記されていた数値の意味、ラビ達獣人をどうして得たのか。ただ、僕が得た知識は何が出来るのかだけであり、この力を使って何をすればよいのかは分からない。石板がどこからもたらされたのかも、結局のところ分からずじまいだ。
神となった僕は信仰を消費してさまざまなものを創造することが出来るようだ。それは物や生物であり、獣人や人間、他にも悪魔や龍等も創りだせるようだ。そして最初に生み出した知的生命体は神官や王または昆虫でいう女王蜂といった能力を備えているようだ。この特徴は、生み出す時に多めにポイントを割り振ったり、生み出した後でもポイントを与える事でその能力を与える事が出来る。この手の能力を備えた者は「長」として振る舞う。
獣人の場合は、種類に限らず繁殖可能で獅子と兎といった異なる種であっても互いに繁殖が行える。その場合、どのような混血が生まれるかは実際生まれてみなければわからない。この能力は創りだす生物の種類によって異なるらしい。虫類の場合は、創造主である僕以外に女王が繁殖によって他の虫を生み出す事が出来るようだ。創った種族によって繁殖方法や命令体系が異なっているものの、すべてに共通して言えることは創られた全ての生物は僕に従うらしい。
正確には、もっとも上位の僕がいて、その下に「長」が存在し、その下に他の生物が続く。この上下関係は破られることはないようだ。石板から得た知識の為、どのような条件であっても当てはまるかどうかは不明ではあるが。
命令がどのような強制力をもっていたとしても、彼らが生物である以上自己を滅ぼすような命に従うとは思えない。まずありえないことだが、僕が死ねと命じれば、はたしてそれに従うのだろうか?また、危険が待ち受けていると分かっていても僕が命令すればそれに従うのか?この辺りは僕や長の命にどれほどの効力があるのか分からずじまいだ。
新しい力を得るきっかけとなった貢献は、僕が直接獣人達に何かを与える他に、獣人達が自ら何かを得た時にも加算されていく。そしてある程度ポイントが貯まると自動で僕の能力が強化されるようだ。今回は力の使い方を知ることが出来たが、これから強化されるにしたがって僕に出来る事は無限大に広がっていくだろう。
今回知ったことだが、今の僕には信仰ポイントがいくらあっても小さな小屋ぐらいしか創ることが出来ないらしい。だが、貢献を貯めて能力を強化していくことで、僕は城塞や大都市を創る事が出来るようになる他、雷や雨といった気象すらも操る事が可能になっていくらしい。今の僕でも雨ぐらいなら降らせることが出来るらしいが、これが強化されていくと地殻変動を起こす事も可能になるようだ。これはまさに神通力というのにふさわしい、創造主らしい力だ。
今回の神通力の強化に更に嬉しいものがあった。それは創造する際に消費するポイントが分かるという事だ。獣人の長の場合は40ポイント、そして生産者の場合が20ポイントとなっているようだ。一般人には生産者と戦士、技術者といった区分がある。生産者は狩りや農業、採集等を行う者だ。戦士は30ポイント消費して創る事が出来る戦闘用の住人だ。戦士は狩りや戦闘に秀でており、他の生物を捕えたり命を奪う事で信仰を生み出してくれる。技術者も30ポイント消費することで創る事が出来る。様々な技術の研究や建物の建築を行う事が出来、彼らは色々な物を作る事で僕に貢献ポイントを提供してくれる。
これらのポイントは種族によって異なっており、強大なドラゴンは「長」だと5000ポイントも必要だったりするようだ。区分が違うと、新たにポイントを与えて調整を行わなければ繁殖が不可だったりする為、虫と獣人を両方同時に創ったりする事は避けたほうが良さそうだ。お互いが争ったりすることは無いようだが、異種間での繁殖が出来ない為、種族の繁栄に直接繋がらないだろう。
これらの情報を得た僕は、極力住居等の自分達で作れる物は自作し、住人の増加に努めたほうが良いという結論に至るのだった。10ポイント加算してレオかジャーを戦士か技術者に変えるのもいいだろう。住居に竈、他にも色々な物を作る必要がある為、技術者も欲しいがそれよりも他者の命を奪う事で信仰を生み出す戦士がいいだろう。
技術者の貢献も必要だが、当面は住人の数を増やす事を優先したい。勿論貢献を貯めて、先に僕に出来る範囲を広げる方法も長い目でみれば効率が良さそうでもあるが、ここは信仰をとることにしよう。当面は食料の調達は狩猟によるものになる。戦士にそれをやらせて数を増やそう。
次にどちらを戦士にするかだが、僕はジャーを戦士にすることにした。戦士に生産者、技術者は己の得意とする仕事以外の仕事は能率が悪かったり、出来なかったりする。その為、専門の職人として用意する必要があった。レオは耐久力も力もある、彼にはその力を生かしてもう少し働いて欲しい。住居の作成等は彼の力が必要不可欠だろう。
ジャーには狩りに必要不可欠な素早さを持っている為、戦士が適しているといえるだろう。勿論これは野生動物相手の狩猟に限った話であり、他の知的生物との戦いであれば戦士となったレオに分がありそうだ。
長について、長は様々な規則の作成や祀りを行う事で信仰に貢献を生み出してくれる。また、預言を行う事もあるようだ。生産者、戦士、技術者全ての特徴を備えているようだが、本職に比べるとその影響力は少ない。
長は、僕らにとって貴重な人材である為、本職の戦士と比べると得られる量の少ない、狩りによって得られる信仰ポイントの為に、危険を冒して狩猟をさせる事は避けたほうがよさそうだ。
急を要する状況でない限りは、狩りや戦闘は戦士、畑仕事や採集は生産者、建築や技術の研究は技術者に任せたほうがいい。
僕が新たに得た知識を再確認している間に、火の回りを覆うように石が並べられていた。いまだに空いたままの上部を除けば竈の完成だ。更に、竈の付近には乾燥した枝が積み上げられている。これは火にくべる為の薪となる。ラビが泥を練って作った平皿の形をした土器を竈の上に置く。直接火に当てて固めるつもりなのだろう。他にも様々な形の土器が用意されている為、そのうちの一つはうまくいくだろう。
「みんな良くやってくれた。食事にしようか」
薪の用途として集められた木の中から串になりそうなものを探し、猪の肉に刺して火の近くに置く。しばらくすると、分厚い脂肪部分が音を立てて地面へと落ちる。辺りに肉の焼ける美味しそうな匂いが立ち込め、それを嗅いだレオはよだれを垂らしそうな勢いだ。猪の肉は僕も初めて食べるが、多分豚とそれほど変わらないだろう。石板から得た情報でここが地球では無い為、地球の常識がそのまま通じるとは思えないから、なんとも言えないが。
焼けた肉を手に取り、ラビ、レオ、ジャーの順に渡す。皆驚いた顔をして、何故かすぐには受け取らなかった。たしか獣人はみな雑食で僕らと同じ食生活のはずだけど。
「私達は、神様の残されたもので十分です。まず神様が満足いくまで召し上がってください」
ラビが申し訳なさそうに言うのだった。どうやら皆、僕に気を遣ってくれていたらしい。獲物を取ったのも解体したのも皆で僕は火を起こしただけなのに。遠慮せずに食べるように伝えると、本家肉食獣の二人は恐ろしい勢いで肉に食らいつくのだった。彼らの食べっぷりを見て、もっと肉を焼こうとする僕にラビが近寄ってくる。どうやら肉焼き係を代わってくれるらしい。
僕はラビに感謝しつつ肉に齧りつく。想像していたよりもずっと不味く硬かった猪肉。焼き肉のタレはおろか塩コショウすらない為、食べるのが苦痛になってくる程だ。そして食べなれた豚肉よりもずっと癖が強くて臭みがある。これは、昔アメリカで食べた鹿の肉に似ている不味さだ。
僕は数年程、親の仕事の都合でアメリカに住んでいた時期がある。その頃、仲の良くなった友達とその家族に弓を教えて貰っていた。向こうでは弓=狩猟のようでよく狩りに連れていって貰った。滑車や照準のついた短めの弓に、獲物に当たると開く隠しナイフのような大きな矢じり、獲物を狙う為に用意された隠れ場所、効率を重視したゲームのような狩猟だった。そこでエルクとかいう名前の大型の鹿を食べた事があった。獣臭かったが、ソースをかけたり、煮込んだりすると食べられない程では無かった。
そうだ、弓を作るのもいいかも知れない。ラビの作った石縄、ボーラと言われているらしい、獲物を生け捕りにするには悪くないが弓があれば効率よく獲物を斃せるだろう。すぐに僕は手ごろな木と木のつるを組み合わせて簡素な弓を作った。そしてなるべく真っ直ぐな枝を選び矢にする。矢じりは石や猪の骨を使い矢に縛り付ける。そこに来て僕は重要なことに気がつくのだった。矢羽にするための鳥の羽が無い。矢ばねが無ければ矢は真っ直ぐには飛ばず、簡素な作りの弓の為あまり期待できなかった飛距離や命中精度は更に酷くなるだろう。
僕は、ある種のジレンマのようなものを感じた。「矢を作る為に羽が必要で、鳥の羽を得る為には弓矢が必要だ」うまいことを考えたかもしれない。この格言でいくらか貢献が増えたかも知れない。
この手の経験は何度か経験した気がする。テレビゲームで新しい町に行きたいが、その町の付近には見たことも無いような強い魔物が生息している、でもその町には強い魔物なんかものともしない強力な武具が店頭に並んでいる、みたいな。
更に、飛距離や命中精度が心許なくとも、人数を揃えて矢を射かければ一本くらいは当たるだろう、でも人数を揃える信仰ポイントがあれば鳥の羽根どころか、ちゃんとした弓矢を手にすることも出来る。なかなかうまくいかないものだと思った。
美味しくもない猪の肉に齧りつく僕。目の前では十分に肉を食べ終えた獣人達が僕のほうを見ている。多分命令を待っているのだろう。そこで僕は、ジャーに対して10ポイント使い、彼女を戦士へと変える。戦士への変化は特に何の現象も起こらなかった。ただ成功した感じがして、更に僕の保有していた信仰が0になったのを感じられた為、失敗はしていないようだ。
それと、いつの間にか僕は見た目では分からない獣人達の性別を理解出来るようになっているのだった。創るときに意識すれば性別は自由なのだが、そんなこと知らなかった為にランダムで性別が決まっていたようだ。ちなみにレオだけが♂だ。そもそも彼の場合はたてがみの有無で判断出来るのだけどね。
「ボーラを使って、なるべく獲物を生きたまま捕えよう。繁殖させて数を増やしたい。生きていれば肉の保存にもつながるし。ジャーとレオで狩猟を頼む」
二人を見送った後、僕とラビは簡素な住居の作成を始める。竈のそばに大きな岩と岩の間を見つけ、片側に石を積み上げて風を遮る空間を作る。屋根は長くて太い木に葉のついたままの木の枝を縛りつけた。原始的で不衛生だが、とりあえずはこれで雨風を凌げるだろう。作業している時に気がついたのだがだいぶ日が傾いていた。ここは、日中は日差しがきつく暑いが夜はとても寒くなる。出来る事なら、なるべく住みやすい場所への移動を考えたい。
移動が難しくても、今のような急拵えの住居は早めに改築したいところだ。石器しかないとはいえ、皆で力を合わせればログハウスくらいは出来るだろう。もしくは、木や毛皮を使ってドーム状の幕家を作るのもいいかもしれない。皮が多く必要になる代わりに、移動時に持ち運べるという利点が出てくる。
猪からはぎ取った毛皮は、脳漿と水の混合液を塗りたくって岩の上で乾かしてある。ラビがやってくれた。僕には毛皮の処理の知識は無いので、それが正しいのか分からない。ただ僕には彼女を信じるしか出来る事もなかった。
辺りが薄暗くなってきた頃、レオとジャーが戻ってくる。彼らの手にはボーラしか握られていなかったため、狩猟は失敗だった事を悟る。申し訳なさそうに上目遣いで僕の顔を窺う彼らに励ましの声をかけ、簡素な作りの住居へと彼らを招き入れた。僕なんか殆ど何もしていないのだから、彼らを責める事なんて到底出来ない。
この地域は夜間は相当冷え込む、僕なんかは獣人達の間に入るようにして眠らなければ凍死してしまうだろう。最初から普通の人間を創らなかった事は、僕の最高の功績だろう。もし僕が何も考えずに普通の人間だけでポイントを使ってしまっていたら、目も当てられない状況になっていたことだろう。多少匂いが気になるが、彼ら獣人の毛皮があって本当によかった。
毛布のような暖かさに包まれ、適度な疲労感も手伝ってすぐに眠りに落ちる僕、その日は住みなれた実家で布団に包まって寝る夢を見たのだった。