邂逅
僕の目の前には、人型をしたウサギが立っていた。見た目は、よくお皿とかに描かれている服を着たウサギに似ている。人間と同じ等身に人間と同じ長さの手足をもっているから相当に滑稽だ。燕尾服できめているようだが、ぽっこりと出たお腹の自己主張が強すぎていまいち決まっていない。燕尾服の隣には、ドレスを着たウサギもいるのだった。顔から全身、白い毛で覆われている為、♂なのか♀なのかまったく見分けがつかない。
多分ドレスのほうは♀なんだろう、スカートだし、長い耳の辺りにはティアラに似た飾りをつけているし。そう考えるとなんだか真っ赤な目もおしゃれなように見えてくる。もっとも顔は完全に動物のウサギそのものの為、♂♀は勿論年齢すら分からないが。
「神様。神様」
どこからともなく声が聞こえてくる。目の前のウサギが喋っているわけではなさそうだ。この世界全体に響いているような声だ。
ふと我にかえった僕は、一瞬でさっき見ていた光景が夢だったと悟る。どんな鮮明なものであっても、目が醒めれば夢だと理解出来るのだから不思議だ。たまに寝ぼけることもあるけれど。
今も寝ぼけているね。僕の目の前に、抱きつくようにして僕を覗き込んでいるウサギがいる。そいつは普段見慣れているウサギとは違い相当な大きさだ。人間と同じくらいの。
「神様。おはようございます」
目の前の大ウサギが喋った。思わず飛び退く僕と首を傾げる大ウサギ。人間同様に長い手足を持ち、人間とかわらない等身を持っている。
僕は目の前の存在に目を疑った、先ほど夢に現れた極めて人間に近い形態の兎が当然のようにそこにいたからだ。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが神様が震えておられたので、私の毛で暖めて差し上げようと」
申し訳なさそうに喋る大ウサギ。神様って誰だ?まさか僕のことだろうか?
「神様って僕の事?え?どういうこと」
「神様が私をお創りになられた事は存じております。私がこの世に生を受けると目の前の神様はとても弱っておられるように見えました。そして寒さで震えておられましたので」
左手に握られたままの石板に目をやる僕。そこには信仰50ポイントと書かれていたのだった。そして石板の文字が読めた事から、もうすっかり辺りが明るくなっている事を知る僕。夜の寒さが嘘だったかのようにとても暑く、強い日差しが照りつけているのだった。
そうか。僕は知らないうちに大ウサギを創造していたのか。そして、創られた大ウサギはそれが僕の仕業であると知っていて、それで僕を神様とよんでいるのか。
「どうぞ。召し上がってください」
大ウサギによって目の前に置かれる大きな葉っぱ、そこには赤や黄と色取り取りの木の実が乗せられているのだった。グミの実に似たその木の実は、やわらかそうでとてもみずみずしい。正直あまり食欲は無かったが、少し食べてみようかという気にさあせられるものであった。
「水分を多量に含んでいますので、喉を潤せます。足りなかったら遠慮なく仰って下さい」
口に含むと甘い果物のジュースを口に含んだような感じがする。柿のようなビワのような何とも言えない不思議な味だ。僕は気がつくと夢中で木の実を口へ運んでいた。
「あ、ごめん。君の分も考えずに」
木の実が残り3粒になったところで僕は、我にかえるのだった。どうやら一人で木の実を貪っていたようだ。貰ったものとはいえなんともみっとも無い。栄養を身体が求めていた為、これはしょうがない事だ、僕は自分にそう言い聞かせる。
「お気になさらずに。私は神様のものですから。それにこれは私が創られた時に最初から持っていたものですし」
「ありがとう、助かったよ。ところで君の名前は?」
冷静になったところで、僕は大ウサギの名前も知らない事に気がついたのだった。勝手に創っておいて、更に助けてもらって
、食べ物を分けてもらった癖に相手の名前すら知らないとか人としてどうなんだろう。
「私はまだ名前を神様に頂いておりません。どうかお好きなようにお呼びください」
「よし、じゃあ君は今日からラビだ」
我ながら偉そうな態度だが、ずいぶんと安直な名前だ。まあ、こういうものは悩んだってしょうがないし、覚えやすく呼びやすいほうが良いだろう。僕自身、親に命名の由来を聞いたところ呼びやすいようにと考えてつけられた名前だったらしいし。
「ありがたき幸せ」
大げさに両手をあげ、正座して僕を拝むラビ。すごく忠誠心も高く素晴らしい家臣のようだ。
「そうだ。石板に信仰って書かれているんだけど、ラビは何か知って……」
「神様。危ない」
突然僕に飛びかかるラビ。僕はラビに抑えつけられ、地面へと伏すのだった。
「一体、何が」
僕の上に覆いかぶさるラビのすぐ真上を大きな鷲が通っていく姿が見えた。どうやらラビは鷲から僕を救ってくれたらしい。鷲が再び空へと舞い上がった姿を確認したラビは、すばやく起き上り鷲に注意を払いつつ、僕に手を伸ばす。
「でかい鷲だ。ありがとう」
ラビの手を借りて起き上る僕。先ほどの鷲は体長1メートル程もある大きなものだった。翼長は2メートルを超えていただろう。掴まれても持ちあげられる事はなさそうだけど、鋭い爪や嘴は相当危険だろう。
「あの手の動物は頭が良く、自分より大型の生物には足で掴んで崖から転落させて貪るようです」
ラビが恐ろしい事を言う。そういえば僕自身テレビで見たことがある。大型の鳥がヤギの身体をつかんで崖際まで引っ張る光景だ。そしてヤギは崖から転落していた。
「諦めていったようです」
空の彼方へと消えていく鷲。僕らは鷲の餌にならずにすんだようだ。ラビのおかげで僕は何もしてないけど。
「よく鷲がくるのが分かったね。僕は全然気がつかなかったよ」
「私は耳が良いので、周囲の音を拾う事で危険を察知することが出来ます。危険の回避だけでなく、足音から周囲の動物の種類もある程度わかるので狩りのお役にも立てると思います」
ラビはウサギだけあってやはり耳はいいようだ。人間とは可聴域が異なっているのか、遠く離れた場所から聞こえてくる音も聞き分ける事が出来るらしい。
だだ音を聞くだけでなく、それがどういった音質を持っているのかも分かるようだ。聞こえてくる方向や音量で距離や位置関係が分かる。更に、音源が大勢か単独か、対象の足裏の形状、四足歩行か否か、正確に離れた距離にある対象の情報を掴む事が出来るのだった。
足音だけで種類までも特定出来るなんて、と思ったが肉食の獣は肉球で足音を消すように近づいてくるだろうし、鹿とかは蹄の音がするのだろう、鳥は羽音がするだろうし、僕には無理だけど理解できない程難しい事では無いのかもしれない。
「差し出がましいようですが、もしよろしければ他にも獣人を創っては頂けないでしょうか?神様は私の命に代えてもお守り致しますが、食料の調達や住居の作成等、手が必要ではないでしょうか」
ラビのいうことはもっともだ、鷲以外にも危険な肉食獣が存在しているかもしれない。いくらラビが危険を察知してくれたとしても、僕は動物のように速くは走れない。襲ってくる相手が豹とかであれば、先に接近を察知して逃げてもしばらくすると追いつかれるだろう。そうなるとウサギのラビでは豹に勝てるとは思えないし。それよりも、人型をしている為ラビは獣人というのか。なるほど、獣のようでもあり人のようでもある、ゆえに獣人か。
「そうだね。何がいいだろう。ライオンとか強そうでいいかな」
そう言ってすぐに気がついた。いくらなんでも肉食獣はまずいかもしれない。創ったライオンが僕やラビに襲いかかって来たら困る。僕のことを神様として扱ってくれるのであれば心配はないけど、ラビの事は餌としか思わないかもしれないし。
「ライオンなら戦いも得意で力もありますし、いいですね」
「大丈夫かな?逆に襲われたりとかしないのかな。肉食だろうし」
「平気だと思いますよ。私もそうですが、獣人はすべて雑食で尚且つ、共食いをしたいとは思いませんから。たとえ種が異なっていても同じ獣人として分かりあえますし、神様にたいしての忠誠も変わらないと思います」
「よし、ライオンを創ろう。僕らを守る勇敢な戦士だ」
ラビのお墨付きを貰い、ライオンの獣人を創るべく僕が石板に祈りを捧げると、瞬く間に周囲が虹色の光に包まれるのだった。
ラビ同様に、人間と同じ等身をしたライオンが光の中から現れる。毛皮の上からでも分かる筋骨隆々とした身体、立派なたてがみ。開いた口からは大きな牙が覗いていた。
「神様。お初にお目にかかります」
片膝をついた姿勢で、野太い声で挨拶をするライオンの獣人。すごく強そうだ、これなら先ほどの鷲なんかはこっちに近づこうとも思わないだろう。創った僕ですら、ちょっと怖いぐらいだ。
「う、うむ。君はレオと名乗ると良い。僕やラビを守ってくれ」
つい偉そうな態度になってしまった。神様らしさを演じたつもりだったが、まずかったかな。レオを怒らせたら僕なんか一瞬でやられてしまいそうだ。
「ははっ。神様から授かったこの名に誓いましょう」
僕の心配は杞憂だった。レオもまた高い忠誠心を持った獣人のようだ。なんか武人みたいな印象だな。頼りになりそうでいいことだ。
ふとラビがおとなしいのが気になり後ろを振り向くと、ラビはなにやら地面を注意深く見て何かを探しているようだった。
「どうしたの?なにか落とした?」
「武器になりそうな尖った石を探しています。狩りの役に立つものが欲しくて」
それだったら石板で創ると良いかもしれない。鉄砲とかはさすがにポイントが厳しいかもしれないけど、弓とかなら大丈夫だろう。流石に拾った石を投げつける狩猟法では、獲物が手に入るのはいつになるかわからない。
ポイントを確認すべく石板を見る僕。そこには驚くべきことに、30ポイントと書かれていたのだった。予想では残り10ポイントだと思っていたのに。
あれ?たしかラビを創った時は90から50になったはず、ラビが40ポイントで創れるのは分かった。でも、今回は50から30になっている、レオは20ポイントなのか?強そうだしレオのほうが消費するポイントが高そうだけど。まさか創るたびに消費するポイントが減っていくとか?なんにせよ、もう一人仲間が創れるのであれば創っておいたほうがいい。長い目でみれば仲間のほうが、武器の一つや二つよりもずっと役に立ちそうだ。
「もう一人仲間を作るとしたらどんな仲間がいいかな?」
正直ポイントは温存しておきたくもあったが、この消費の謎については確かめたくもあった。それにポイントに余りがあるのであれば人手を増やしておいて損は無いだろうし。いや、損どころか安全を買えると思えば安いものだ。猛獣がこの辺りにいないという保証はないし。
「素早い豹とかはいかがでしょうか?獲物を捕える能力が高い為、きっと役に立つと思います」
「戦闘では俺にかないませんが、素早さでは俺がかないません。それに木に登るという能力を備えています」
なるほど、それは便利そうだ。この付近にはあまり高い木は生えていないけど、森とかにいけば豹の獣人の独壇場かもしれない。
新しく創った獣人はジャーと名付けることにした。レオとは異なり、しなやかな筋肉を持ったジャーはとても素早そうだ。獰猛なネコ科の猛獣といった出で立ちだ。……ライオンもネコ科だったかな。
「武器が出来ました」
ラビが自信満々に差し出したそれは、縄状に編んだ草が拳代の大きさの石とつながった物だった。三つ又や四つ又になった縄の先にそれぞれ石が括られている。さくらんぼに似たこんな物、どう使うのだろうか?普通に石単体を投げつけたほうが投げやすそうな気がする。
レオやジャーに作った武器を渡すラビ。レオ達も何も言わずに受け取る辺りを見る限り、これは一般的な武器なのだろうか?ひょっとしたら僕が無知なだけかもしれない。ここは神様らしく、堂々と、君たちに任せるよ、といった振る舞いをしておこうか。
「あちらに獲物が見えます」
豹の獣人ジャーが、鋭い眼光を放ちつつ遠く彼方を指差した。そして獲物のほうへと歩き出す獣人達。その方向を見たが、残念ながら僕には獲物等まったく見えないのだった。僕と彼らでは根本的に身体の作りがちがうらしい。
どれだけ傾斜の厳しい丘を歩いただろうか。地面には大小さまざまな石が落ちており、とても歩きにくい。傾斜の為、踏んだ石ごと滑って転びそうになること数回。疲れた為、休憩をラビ達にお願いしようと思ったその時、僕の目の前で一斉に身を屈める獣人達の姿。僕は彼らの行動に釣られるようにして身を屈めるのだった。
目の前には、灰色の長い毛に覆われたヤギに似た動物が複数匹、ゆっくりとした動作で草を食べていた。獲物を前にした獣人達の周りの空気が変わる。なんとなくだが、それは感じることが出来た。
ラビ達は、先ほどの武器の縄の部分を片手で持ち、頭上で振り回し始める。レオやジャーも示し合わせたように同じ動作を行っている為、これはそうやって使う道具で間違いないのだろう。多分、遠心力を乗せて獲物に石をぶつけることで、ただの石を放り投げるよりも高い威力を発揮するとか、そういった類のものだろう。狩猟の道具として効果に不安を覚えるが、石の部分が頭に当たればなんとかなるかもしれない。
一斉に獲物に向かって投げつけられると、石の部分がそれぞれ離れようと縄の張った状態で広がりつつ、回転して飛んでいく。そして獲物の首元や足に当たると、まるで縄が意思をもったかのようにして当たった場所に絡みつくのだった。そうか、あれは石をぶつける目的の道具ではなく、縄の部分が重要な効果をもっていたのか。投げるのが難しそうな印象を受けるが、縄の部分がとても長い為に命中率は悪くはなさそうだ。といっても練習無しで扱える程、単純な物でもないだろう。