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8.

 イーダッドとブリューデルの話し合いが決裂したため、イーズは自力で笛の練習をしなければならなくなった。敵対してしまった相手のところにノコノコとでかけていっては、何をされるか分からない。


 だが、まだ習い始めて一か月半ほどだ。ようやく曲のようなものが吹けるようになったばかりだった。皇太后からは竜王祭での作法やしきたりについても教わる予定だったので、通えなくなったことは痛手だった。


「だれか教えてくれる人、いないかなあ」

「イーダッド様に相談して探してみます。先王様の手紙の件もありますからね」


 先王の手紙のことを忘れていたイーズは、シャールの言葉に頭をかかえた。しかし、イーダッドがいれば大丈夫だという思いがあり、そう悲観していなかった。曲がりなりにも肉親だ。苦手だが、そばにいると心強い。


「今日の午後はどうなされます? 皇太后様の笛の練習がなくなりましたから、自由になさってください」

「え? いいの?」

「急なことで講義も入れられませんでしたから。笛の練習をなさってもいいと思いますが」

「あは。じゃあ、今日は遊びに行ってくる。ずっと忙しかったから、うれしいや」


 イーズはうきうきしながら午後の予定を考えた。しかし、シグラッドは執務中、庭師や兵士も勤務中だ。適当な遊び相手が見つからない。


「どうしようかな。久々に――」


 イーズはレギンの名を喉もとで止めた。以前、イーダッドに、レギンと深くかかわらないようにといわれたことが頭をかすめたのだ。おずおずとシャールにたずねる。


「レギンのところ、行ってきてもいい?」


 シャールは困ったように眉根をよせた。イーズ同様、レギンとの付き合いをいい含められているようだった。


「最近、全然会ってないし。危なかったところを助けてもらったお礼もいいたいし」

「お礼ならば、私が行ってまいりますから」

「シャール」


 イーズは強い調子でいった。ニールゲンに来た時から一緒にいるシャールなら、どれだけレギンに助けられてきたか身近で分かっているはずだ。味方してくれると期待したので、イーズの落胆は大きかった。


「すみません、アルカ様」

「……いいよ。今日はオーレックのところに行ってくる。夕食までにはもどるから」


 イーズは果物の盛られたかごとランタンを手に取った。シャールの方をほとんど見ずに、一人部屋を出る。いつもイーズに付き添うシャールも、地下へはつきそえない。


「なんでこう、体面とか立場とか気にしないといけないんだろ」


 深くため息を吐き、イーズは地下へ降りた。地下へ行くのは好きだった。一人になったときはアルカでなくイーズにもどれた気がして、気が楽だ。地下に生えた光るきのこを観察したり、新しい道を開拓してみたり、地上とつながっている管に耳を澄ませてみたりと、寄り道をして自由を楽しむ。


「…すこし……目を見てもらいましょう」

「まったくです。あんな片輪の田舎者が……」

「宮廷での序列というものを教えてやらねば」


 たまたま耳を寄せた管から、ひそひそとした、不穏な話し声がした。イーズはよく耳を澄ませたが、会話を十全に聞き取ることはできなかった。話し合いが終わり、人々が散っていくけはいを感じると、イーズはあきらめて管にふたをした。胸が不安にざわめく。


「おや、そこにいるのはアルカか?」

「オーレック!」

「久しぶりだね。元気にしていたか?」


 身体のほとんどを黒いうろこでおおわれた女性――地下の主であり、黒い竜であるオーレックは、イーズの姿にほほえんだ。番人たちもイーズに鼻面を押しつける。おみやげ、と果物を差し出すと、番人たちはかごに顔を突っこんでむしゃむしゃと食べはじめた。


「ねえ、オーレック。ここの上って、どのへん?」

「本宮だな。休憩室のひとつだったはずだ」


 不特定多数の人間が利用しているのだろう。さっきの話し声がだれのものか特定することは難しそうだった。イーズはひとまず懸念を頭の隅に置いた。


「探検は気が済んだか? 済んだなら、私の住処へ行こう。今日は青竜の小僧も来ているんだ」

「レギンも?」

「図書館でたまたまお互いの存在に気付いたものでな。地下へ誘ったのさ」


 思いもしなかったところで会いたかった人物と会えることになり、イーズは胸をはずませた。レギンの方もこの偶然をよろこび、イーズを笑って出迎えてくれた。


「こんな時間にアルカが出歩いているなんてめずらしいね」

「急に暇ができたんだ。前はこの時間、皇太后様に竜笛を習っていたんだけど、事情があって習えなくなっちゃって」


 皇太后という単語に、レギンは心配そうに眉尻を下げた。


「何もされてない?」

「大丈夫だよ。皇太后様のところにはもう通ってないし、全然」

「気を付けてね。ブリューデル様は宮廷に強い影響力を持っているから、何かされても泣き寝入りの人が多いんだ」


 ニールゲンは大小十二余りの属国を従えているが、アスラインはその中でも三本指に入るほど富んだ国だ。出身の属国に序列を左右される宮廷で、アスライン宗主の姉である皇太后に歯向かう者は少ない。


「大丈夫かな……。パッセン将軍のことで、うちの軍師のイーダッド様は皇太后様と対立しちゃったんだ。それで笛の指導も頼める状態じゃなくなったんだけど」

「竜笛、今年はアルカが吹くんだ」

「そうなんだ。笛の練習とか竜王祭のときの作法とか、本当にどうしよう。はじめての皇妃らしいお仕事なのに」


 竜王祭で大勢の前に立つというだけでも憂鬱だというのに、準備も不完全な状態だ。イーズが逃げ出したいの気持ちでいると、レギンが助け舟を出した。


「それならアルカ、僕の侍女のアニーはどう? ブリューデル様が演奏する前は、ずっと僕の母上が演奏をしていたんだ。アニーはずっと母上に仕えていたから、笛も作法もよく知っているよ」


 ありがたい申し出だったが、アニーが苦手なイーズは尻込みした。しかし、夫人に習えることになれば、レギンのところへ堂々通える口実ができる。


「じゃあ、お願いしていい? いつなら都合が……」

「アルカってば、畏まらなくてもいいよ。今日中に僕がアニーに話をしておくから、いつでもおいでよ」


 快く請け負ってくれるレギンに、イーズは後ろめたい気持ちをおぼえた。レギンに関わるなといういいつけに、強い反発を抱く。


「いつもありがとう、レギン。困ったとき、助けてもらってばっかりだね、私」

「僕だってアルカに助けてもらっているし、僕を頼ってくれる人なんてアルカぐらいなものだから、頼ってもらえて逆にすごく嬉しいよ」

「明日、行くね。必ず」

「ぜひ来て。久々に近くで竜笛の音が聞けると思うと、楽しみだな」


 いって、レギンはふと不可解そうにした。


「それにしても、シグラッド、どうしてブリューデル様になんか習いに行かせたんだろう。アニーでも教えられたことは知っているし、ブリューデル様が危険だってこともよく分かっているはずなのに」

「忘れていたんじゃない?」

「いいや。皇太后のところから先王の手紙を盗んで来てもらいたかったからさ」


 オーレックの補足に、イーズはぽかんと口を開けた。


「オーレック、何で知ってるの?」

「クノルから聞いたんだよ。地下牢に入れられて、ずいぶん暇そうにしていたからね。先王の手紙のありかを吐く代わりに命乞いをしたとか、いろいろと話してくれた。あとは得意の盗み聞きだ」


 オーレックはにやりと笑った。そのそばで、レギンが固い顔をしていた。薄暗いので顔色は分からないが、青ざめているようだった。


 このとき、イーズは先王の手紙がレギンにも影響を与えるものだということに、ようやく思い至った。シグラッドの身の心配ばかりに注意がいって、失念していたのだ。


「レギン、どうする。手紙に次の王を選定する一文があったら」

「やめてください、オーレック。想像したくもない」


 オーレックのからかいに、レギンは憤った。眉根を寄せて、イーズを見る。


「アルカ、手紙、手に入りそうなの?」

「可能性はあるけど、安心して。私、もし手紙を手に入れられても、公開するつもりはないよ」

「でも、それじゃあ」

「レギンは私の恩人だもん。それに、手紙の内容のせいでレギンとシグが争うようなことになるのも嫌なんだ。捨てるって約束する」


 勝手に処分したことがばれれば、イーダッドやシグラッドやシグラッドの側近たちから非難を浴びることは間違いない。だが、イーズはそれでも、二人が争うようなことになるよりはましだと思った。


「……やっぱり、ブレーデンを頼って早く手に入れるしかないかな」

「アルカ?」

「ううん、なんでもない。独り言」


 イーズはまぶたを閉じ、硬く両手を握り合わせた。ブレーデンを巻き込むことはしたくないと考えていたが、今は心が決まっていた。


 地下を出ると、イーズはブレーデンに会ってから部屋へと帰った。

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