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8

 重い沈黙を破ったのは、尊の携帯の着信音だった。

『受信メール 1件』


「……麻衣からだ」


 首をかしげる如月に「妹だ」と説明しながら、尊はメールを開いた。


『タケル、いまどこにいるの?

 急に出ていったから、びっくりしたんだけど。

 とりあえず、家に帰ってきてれない?

 お父さんがさっき帰ってきたんだけどさあ、

 タケルはどこにいるんだってうるさくて、ウザいの。』



 ――お父さんも死んでくれたら、静かになるのに。



 最後の一文を見て、尊は愕然とした。足元で潰れているピンク色の携帯に目をやる。

 匿名だろうが、掲示板だろうが、ブログだろうが、文章にしてしまったら『それ』は効果を発揮する。


 ――お父さんも死んでくれたら


「如月、わりい。俺、家に帰らねえと……!」


 尊の様子を見て、如月も何かを察したらしい。


「わ、わたしも一緒に行っちゃダメですか?」


 おろおろしながらも立ち上がった彼女に、尊は「駄目だ」と言いたかった。恐らく、いまさら家に帰ったところで、父親を救うことはできない。惨たらしい死体を如月に見せつけることになるし、駅前ここから家まで走って帰ろうとしている尊にとって、如月は邪魔だった。

 だが、彼女は今のところ、尊が唯一知っている『まともな人間』だ。人の死に恐怖し、安易にその言葉を口にしない、唯一の。

 そんな女の子をここで一人きりにするのも、気が引ける。


「――分かった。俺についてきてくれ。なるべく急ぎたい」


 尊は如月に気を遣いつつも、走りだした。

 走りだしてから気付いたが、如月には気を遣う必要がなかった。彼女は、駅前から尊の自宅までの一キロほどある道のりを、尊の全力疾走とほぼ変わらないスピードで走りきった。




 家の周りは、いやに静かだった。騒がしい住宅街というのもどうかと思うが、この世界での静寂はやけに不気味だ。尊は門扉をあけながら、自分の家を見上げた。青みががったグレーの外壁に、黒の屋根。ベランダには洗濯物が干されたままになっている。


「……如月も中に入れよ。外、寒いし」

「でも……」

「いいから入れ」


 困惑している如月を半ば強引に、家の中に押し込む。幸い、玄関先に父親の死体が……ということはなかった。尊はため息をつくと、


「――ここでちょっと待っててくれ」


 そう言って、一人で靴を脱いだ。如月を玄関に残したまま、尊はリビングに足を踏み入れる。そして、


「やっぱり……」


 父親の死体を、発見した。

 首の千切れた母親のすぐそばに倒れている父親には、両手首がなかった。そこから流れ出している大量の血液が、フローリングの溝を伝って、部屋中に血のにおいをまき散らしている。


「あ、タケル。おかえりー」


 そんな匂いも死体もお構いなしといった様子で、麻衣が笑った。


「ねーねー、玄関にいる可愛い子、だれ? まさか彼女?」

「…………」

「うっそ!! タケルと付き合うとか、どんだけゲテモノ好きなの!!」


 楽しそうに笑う麻衣を、尊は睨む。


「――お前」

「ん?」

「お前が、親父を殺したんだぞ」

「はあ?」

「お前が、死んでくれたらなんて言うから、親父は……!!」


 激昂する尊に、麻衣は呆れたと言わんばかりの表情を作る。


「タケル、本当にどうしちゃったの? 死ぬはずじゃないじゃん」

「……ああ?」



「そんな言葉で、人が死ぬはずないじゃない」



 ……本当に、こいつらには自覚がないのか?

 自分の言葉で人が死んだという、自覚が。


 尊は無言で、麻衣の目を睨み続ける。麻衣は、尊のどす黒いブレザーに目をやって、「うげっ」と声を出した。


「タケル、いくらなんでもその恰好はどうかと思うよ。とりあえず着替えたら? 血まみれの服を着るのが趣味なのかと思われちゃうよ? 彼女にさ」


 麻衣の言葉を最後まで聞かず、尊はリビングを後にした。

 玄関で待っている如月に、「ごめん、着替えてくる」とだけ言い残し自室へと向かう。如月は不安げに尊の顔を見ていたが、何も言わなかった。





「……自覚がないんだねえ」


 少年は、笑った。


「まだ、思いだせないんだね。これでも結構ヒントをあげてるつもりなんだけど。――もう少し分かりやすくしたら、思い出してくれるかな?」


 少年は、地面に、――世界に手をかざす。


「……世界を作り変えようか。もう少し、思い出しやすいように」


 創世主しょうねんはそう言ってから、思い出したように呟いた。


「そういえば、カウントするのを忘れてたな。――面倒だから、今回は一つだけでいいや」


 新しい世界を創りながら、少年は記録する。



「犠牲者その七。中年男性。両手首切断による失血性ショック。彼を殺した言葉は、――死んでくれたら、でした」



 少年は地面に手をかざすのを辞めると、微笑んだ。




「さあ、楽しいゲームの再開だ。次のステージは――――」




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