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「如月、何か知ってんのなら教えてくれ。この世界はどうなってんだ?」
尊は如月の隣に腰掛けると、顔を覆ったままがたがたと震える彼女の肩に手を置いた。如月はびくりと震えた後、小さく首を振った。両手で顔を覆ったまま、くぐもった声で呟く。
「――……死ぬんです。人が」
「死ぬ……?」
尊は眉をひそめた。『この世界』で、人が頻繁に死んでいることは、尊も知っている。今日一日で、何人もの人が死んだ。それも、何の前触れもなく、突然に。
「……死ぬ原因とか、分かってねえのか?」
尊が尋ねると、如月は両手を少しずつ顔から放し、呟いた。
「これはわたしの憶測ですけど、……『言葉』で」
「言葉?」
如月は大きくため息をつき、再度、口に手を当てた。
「……多分、ですけど」
目を瞑り、隣に座っている尊以外には聞き取れないんじゃないかと思えるくらいの小さな声で、如月は呟く。
「死ねとか、殺すとか。そういう『死に関する言葉』で、――人が死ぬんです」
尊はぎょっとして、あたりを見渡した。だが、誰も死ぬ気配はない。尊の様子を見ていた如月が、先ほどと同じように小さく首を振った。
「これも恐らくですけど、『誰か』に向かって言った言葉が、凶器になるんです。私が見ている限り、……例えばニュース番組で『有名俳優が「死亡」しました』と報道されても、誰も死にません。けれど、友達同士でふざけて『死ねよ』と言ったりしたら、――――」
「言われた方が、……死ぬ?」
「誰かに向かって言った言葉なら、本気だろうが冗談だろうが関係なく、『そう』なるみたいです」
そういえば、と尊は思い出す。最初に見た、駅での喧嘩。
『おい、ぶつかってきておいて、なんだよその態度!!』
学生が、中年男性に向かって吐き捨てた言葉。
『てめえなんか死んじまえ!!』
あの時確かに、中年男性に向かって死んじまえと叫んでいた。――どう考えても、あの言葉自体には殺意がない。今時、『死ね』や『殺す』なんて、躊躇いもなくふざけて言う言葉だ。なのに。
なのにあの中年男性は、確かに『死んだ』。
「――……ああ」
尊は思わず声を漏らした。そう考えると、すべて合点が行く。
尊の学校では、死ねなんて言葉は、当たり前のように使われていた。恐らくそれを言われた生徒の何人かが、首を吊ったりして、死んだ。
桑原の時もそうだ。確かあの時は、誰かが『死ねばいいのに』と言った。それを聞いた途端、桑原は窓から飛び降りて――。
そこまで考え、尊は気付いた。
――母親が死ぬ直前、自分は何を言った?
「…………尊さん?」
絶句する尊の顔を、如月が覗きこんできた。尊は首を振る。
「悪い。……何でもない」
気分の悪そうな尊の様子を見て、如月が頷く。
「普通、人が死んだら驚いたり、悲しんだりしますよね。……この世界では、そういったこともないんです。目の前で人が死んでも、何も感じてないみたいで。――それに、『自分の言葉のせいで誰かが死ぬんだ』ということにも、気付いてないみたいで……」
「――そうだな」
母親の死体を前にしても、平気で食事をとっていた妹と弟を思い出す。……あの二人は今、母親の死体が転がった部屋で何をしているのだろう。
如月は困ったような顔で、尊の方を見た。
「わたしも、ここに来てから、まだ一日も経ってなくて……。他のことは何も分からないんです。ごめんなさい……」
「――いや。俺もまだ来たばっかりだけど、そんな分析できてなかった。あんた、頭いいな」
尊は、血まみれの制服を見下ろした。べったりとついた母親の血は茶色に変色し、パリパリに乾いてこびりついている。
「……もしもこの世界が、俺達のいた世界とは全くの別世界だとして」
尊は母親の最期を思い出しながら、言った。徐々に首が千切れ、血を噴き出しながら倒れた母親の姿。
「もしも『この世界の親』が死んじまったとしても、『俺達がいた世界の親』は、生きてると思うか。それとも――――」
大型バスが、ゆったりとバス停にやってきた。ドアを開け、ベンチに座っている尊たちが乗車するのを待っている。尊が首を振ると、運転手は憮然とした態度でドアを閉め、バスを発進させた。
その間無言だった如月が、首を振りながら言った。
「……分かりません。こっちで死んだら向こうも死ぬ、という場合もありますし」
「――だよな。変なこと訊いて悪かった」
自分たちが、異世界に紛れ込んだのだとして。
その世界で、親が死んだとして。
自分たちの世界にも、影響が出るのだろうか。
尊は思い出す。母親が死ぬ直前に言った、自分の言葉を。
『うっせえんだよ、ババア! これ以上なんか言ったら【殺す】ぞ!』
尊は考える。
――あの言葉で、自分の母親は、死んだのだと。
尊の姿を見て、少年は笑う。ここからだと。
ここからどう動くかによって、お前の生死は決まるのだと。