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 尊は、バス停のベンチに座っていた少女の姿を見下ろした。


 年齢は分からないが、中学生のようだった。フード付きの黒のコートに、すすけた紺色のジーパン、底の擦りきれたスニーカー。全体的に、地味なコーディネートだ。どうも、お洒落に興味がないらしい。……フリルつきのフェミニンな服を好んで着ている麻衣とは正反対だな、と尊は思った。

 座っているせいか、彼女はかなり小柄に見える。いや、実際小柄なんだろう。恐らく身長は、百五十センチほど。柔らかそうな黒髪は、――男性としては長く、女性としては短い、微妙な長さだった。


「……俺」


 尊は頭を掻きながら、言うべきことを考えた。しかし、まとまらなかった。


「俺、この世界は狂ってると思う」

「――わたしも、です」


 少女が若干、顔をあげた。遠目からでは分からなかったが、くっきりとした二重瞼ふたえまぶたの目立つ顔で、童顔好きの男子からは、ちやほやされそうだった。いやその前に、彼女の年齢を知らないので、童顔なのかどうかも分からないのだが。

 少女は、尊の服を見ていた。尊は自分の服を見下ろす。評判の悪い学校の制服ブレザー。そこには、母親の血液がべったりと付着していた。


「……あ」


 彼女が怯えていた原因は、これか? 尊はもう一度頭を掻くと、「違うんだ、これは……」と言い訳しようとした。その様子を見ていた彼女が、小さく首を振る。


「お願いですから、あんまり話さないでください」

「え?」

「あなたが軽い気持ちで言ったんだとしても、人が死ぬ可能性があります」

「……あんた、なんか知ってんのか?」


 少女は答えない。俯く彼女に、尊はため息をついた。普段なら、そして相手が男なら、イライラして殴り飛ばしているところだが、今はそんな体力も気力もなかった。


「――俺の名前は東郷尊。尊でいいよ。あんたは?」


 尊の自己紹介を聞いて、少女は何かを考えた後、


「……如月きさらぎ、です」


 蚊の鳴くような声で、言った。尊は首をかしげる。


「それ、苗字? 下の名前は?」

「…………」

「分かったもういい。ちなみにあんたいくつ? 俺、十六なんだけど」

「同じです。十六歳」


 童顔だな、と尊は思ったが、声には出さなかった。今大切なのは、彼女の顔の話でも、年齢の話でもない。


「なあ、この世界はどうなってんだ? ……簡単に人が死ぬんだ。それも、普通ならあり得ないような死に方で」


 尊は、先ほどカップルが『弾けた』場所を見ながら、如月に問いかけた。


「なのに皆、知らん顔だぜ? ――おかしいだろ、こんなの」

「……きっと、この世界ではそれが普通なんです。だから皆、何も言わないんですよ」


 尊とは対照的に、如月は俯いたまま、振り絞るように声を出した。


「わたしと尊さんが認識している『普通』と、この世界の『普通』は、違うんです。だから……」

「どういうことだよ。やっぱりここは、俺達の知ってる世界じゃねえのか?」

「わたしにも分かりません。でも、……ここは、わたしの知ってる世界とは、違います」


 尊は、ゲームや漫画から得た知識を絞り出した。


「……俺達が異世界に飛ばされたか、知ってる世界が変わっちまったか。どっちかってことか?」

「――その可能性が高いと思います」

「なんで俺達が、そんな目に」

「それは分かりません。――わたしも、どうして自分がこんなところにいるのか、分からなくて……」


 如月はそこで言葉を切ると、一点を見つめながら肩を震わせた。


「……?」


 尊は、彼女が見ている方へと目をやる。若いサラリーマンが二人、わめき散らしながら歩いているのが見えた。泥酔しているらしい。二人は、上司の文句をあれこれと言っている。


「――お願い、言わないで……」


 如月が小さな声で祈る。だが、サラリーマンにはそんな祈りなど聞こえていない。彼らは真っ赤な顔で、



「あのハゲー!! 早く【死んじまえ】ってんだー!!」



 軽い口調で、そう叫んだ。それを聞いた如月が、


「ああぁぁ……!!」


 小さな悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。尊は如月の方に目をやる。彼女はがたがたと肩を震わせながら、お辞儀をするように俯いた。


 遠くで聞こえる、ブレーキの音。タイヤと地面のこすれる音。――何かが何かを跳ね飛ばしたような、鈍い音。


 尊はその音の意味を、瞬時に理解した。顔を覆って俯いているせいで、如月の顔は見えない。けれど、彼女の顔は今、真っ青になっているだろう。





「……どいつもこいつも、簡単に言っちゃうんだねえ」


 少年は笑いながらも、淡々と語り続ける。


「犠牲者その六。中年男性。交通事故。――事故というかなんというか、ね」


 少年は笑う。……いや。



「彼を殺した言葉は、――早く死んじまえ、でした」



 少年の目だけは、笑っていなかった。




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