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 尊は驚愕していた。


「ハンバーグおいしいね」

「うん!」


 母親の無残な死体がすぐそこにあるというのに、妹の麻衣も、弟の秀も、何事もなかったかのように夕飯を食べている。テーブルには赤黒い血が飛び散っており、――とてもじゃないが、普通の神経なら食べられたものじゃない。それに、


「お前ら、……母親、死んでんだぞ」

「知ってるよ。ちゃんと警察も呼んだし。お父さんも仕事が終わったらすぐに帰ってくるって」


 おいしそうにハンバーグを食べながら、麻衣がのんきな声を出した。


「――……何考えてんだよ!!」


 尊は妹弟きょうだいに向かって、吠えた。麻衣と秀は、怒鳴られた意味も分からずぽかんと口をあけている。


「人が、――親が死んでるんだぞ!? なのにそんな……」

「変なのはタケルだよ。何をそんなに怒ってるの?」

「ああ!?」

「どこかの誰かが、毎日死んでるんだよ? 誰も死なない日なんてないんだよ? なのにどうして、そんなに驚いてるの」


 今度は尊が、唖然とする番だった。黙りこんだ尊を見て、麻衣はため息をつく。

 おかしい。この家は、いや、この世界は、おかしい。

 尊は財布と携帯をひっつかむと、外に飛び出した。




「――……絶対にここは、俺の知ってる世界じゃない」


 日の沈み始めた薄暗い道を走りながら、ぐちゃぐちゃの思考をまとめようとする。けれど、まとまらない。

 母親が死んだ。母親が死んだ。母親が死んだ。母親が、死んだ。


「……俺の住んでた、世界じゃない。違う。こんな……」


 尊は駅前に辿り着くと、足を止めた。息を切らしながら、あたりを見渡す。幸い、死体は見えなかった。尊はため息をつき、これからどうしたものかと考えた。

 違う世界に飛ばされたのだとして、――元の世界に帰る方法は?

 ……分かるはずがない。なぜこの世界に飛ばされたのかも、分からないのに。


「ちくしょう……」


 尊の隣を、仲のよさそうな男女が通り過ぎた。手を繋ぎ、笑いながら歩くカップル。そのカップルを見ていた女子二人が、ひそひそ声で話しているのが聞こえてきた。



「いちゃつきやがって、リア充めー。【死ね、爆発しろ】」



「……うぐっ」


 背後から聞こえてきた奇妙な声に、尊は振り返った。

 先ほどすれ違った男女の身体が、異様に膨れている。――太っている、というわけではない。風船に空気を入れているように、徐々に身体が膨らんでいるのだ。


 ……まさか。

 

 見たくない。そう思っているのに、尊は目を放せなかった。

 パンパンに膨らんだ男女の身体は空に浮かぶこともなく、風船の割れる音を数十倍大きくしたような音を立てて、割れた。真っ赤な霧が周囲を覆い、景色が赤く染まる。

 しかしその様子を見ても、叫びだしたりする者は誰ひとりとしていない。先ほどまでカップルの方を見て「リア充め」と言っていた女子たちも、彼らが『爆発した』ことに関してはまるで無関心だった。

 何もなかった。誰もがそんな顔をして、各々の目的に向かって歩いていた。

 そんな中。


 一人の少女だけは口元に手を当て、顔を真っ青にして、カップルが死んだ場所を見ていた。


 それは、尊がこの世界で初めて見た反応だった。少女の反応は尊の知っている世界では普通のもので、けれどもこの世界では酷く浮いていた。

 彼女は尊の視線に気づいたらしく、軽く会釈をしてきた。気分が悪いのか、口元は手で覆ったままだ。しかし、尊の求めている反応は、むしろそちらだった。


 尊はすがるような思いで、少女の元へと近づいた。彼女は身構えつつも、尊が側に来るのをじっと待っている。


「……なあ」


 尊が声をかけると、少女は肩を震わせた。話しかけられたことに、怯えているようだった。


「――あんたも、この世界はおかしいと思うか?」


 尊が訊くと少女は無言で、小さく頷いた。





 風船のように身体が膨れていくカップルを見ながら、少年は笑っていた。


「あちゃー。あれは死んじゃうね。残念」


 音を立てて弾けた人間を見て、少年はほほ笑む。


「犠牲者その五。男性一名、女性一名。……爆発死、でいいのかな? また、分かりにくい死因だ」


 少年は苦笑し、そして付け加えた。



「彼らを殺した言葉は、――死ね、爆発しろ、でした」



 そこまで言うと、少年は口を閉ざした。顔面蒼白の尊が見ている、その先。


「――ああ、いよいよだね。やっとというか……」


 少年は満足そうに、笑った。




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