表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

3

 尊はリビングで、かじりつくようにテレビを観ていた。


 夕方のニュースをはしごしてみるが、自分の知りたい情報は一切得られない。――普通、あれだけ不審死が続けば、ニュースで取り上げられてもおかしくないはずだが。美人キャスターは先ほどから、不審死ではなく、議員の汚職事件について深刻な顔で語っている。あれほどの事件なら新聞に載るだろうとも思っていたが、こちらにも一切取り上げられていない。


「タケル、なんでさっきからニュース見てるの?」


 後ろから不思議そうに、妹の麻衣まいが声をかけてきた。中学一年生の妹は、高校二年生の兄とは違い、超が付くくらいの優等生だった。おまけに彼女は、子役としてデビューできそうなくらいに整った顔で、同級生からは「容姿端麗、品行方正」とかなんとか言われているらしい。……兄のことは、常に呼び捨てだったが。


「――なんか、変な事件でも起きてんじゃねえかと思って」

「なにそれ」


 笑いつつも眉をひそめる麻衣に、尊は尋ねた。


「なあ。今日さ、……お前の周りで、人が死んだりしなかったか?」

「ええ?」


 麻衣は苦笑し、



「いっぱい死んでたけど、それがどうかしたの?」



 当たり前だと言わんばかりの顔で、そう言い放った。尊は目を丸くする。


「いっぱい死んでたって……。そんな当たり前みたいに言う話じゃねえだろ。どうしたんだよ、お前」

「タケルこそどうしたの? 人が死んで、それで? なんか困るの?」

「…………」

「変なタケル」


 麻衣は笑いながら、自分の部屋へと引きあげていった。

 ――……おかしい。

 尊は腕を組み、『自分の知っている麻衣』のことを思い出した。

 平気で虫を踏み潰していたじぶんに、可哀かわいそうだからやめてよと叫んでいた。飼っていたハムスターが死んだ時、一週間は泣いていた。祖父が死んだ時は、一か月以上泣いていた。

 その麻衣が、「人が死んで、それで?」と、言った。


「……おかしい」


 声に出したところでどうにもならないと知っていたが、声に出すしかなかった。何かが、確実におかしい。



「たけるお兄ちゃん」


 苦虫を噛み潰したような顔をしている尊に、弟のしゅうが話しかけてきた。小学五年生の割に小柄な弟は、……名前とは正反対で、何をやらせても今一つな子供だった。勉強は中の下、運動は下の下だ。ただし、温和で性格のいい子供だった。


「どうしたの? 頭いたいの?」

「……いや」

「なにかあった?」

「……別に」


 秀に相談したところでどうしようもない。尊はため息をついた。それを見た秀が、悲しそうな顔をする。


「僕に話しても、どうしようもないって、思ったの?」


 ……こいつはたまに、勘がいい。


「そうだな。だから早くあっち行けよ」


 何をやらせても鈍くさく、人の足を引っ張る秀は、尊にとって鬱陶しい存在でもあった。犬を追い払うような手つきで「しっしっ」と言うと、秀は肩を落としながらリビングから出ていった。尊はため息をつく。


 何かがおかしい。その「何か」が何なのか、大体分かっていた。


 ――人の死、だ。普通ならあり得ないような死に方で人が死んで、なのに誰もそれを気に留めてすらいない。まるで当たり前のように、……いやむしろ鬱陶しそうに、人が死ぬのを眺めている。

 ここは自分の知っている世界なのか、という疑問が浮かぶ。漫画の読みすぎかと思われるかもしれないが、どう考えても『ここ』は、自分のいた世界だとは考えにくかった。しかし、自分の家も、学校も、友人も、家族も。皆、自分の知っている物で構成されている。


「……パラレルワールドってやつか?」


 思いついたものを言ってみたものの、尊はパラレルワールドの意味を知らなかった。



「ご飯できたわよ。尊も早く食べなさい」


 考え事をしていた尊に、母親がエプロンを外しながら声をかけた。今日の夕飯は、――ハンバーグだった。


「……要らねえよ」


 むごたらしい死体を散々見た後で、誰がハンバーグなんて食べられるか。尊はそう思っていたのだが、母親は単なる反抗だと思ったらしい。


「またそんなこと言って! いいから早く食べなさい」


 頭ごなしに怒られると、尊も腹が立ってくる。ここで落ち着いて説明できればいいのだが、尊の年齢と性格では、そう上手くいかなかった。

 尊はわざと反抗的な態度で、『その言葉』を、口にした。



「うっせえんだよ、ババア! これ以上なんか言ったら【殺す】ぞ!」




 数分後。尊は、血まみれのリビングに立ち尽くしていた。足元には、首のない母親の身体。いや、首はある。かろうじて、頭は身体とつながっていた。


 尊が反抗的な態度を取った直後、母親の首が、見えない力によって引きちぎられた。


 それはまるで、足を固定された状態で、首から上だけを持ち上げられたヌイグルミのようだった。ブチブチと音を立てて首が千切れはじめ、――生身の人間であった母親の身体から飛び出たのはもちろん、綿などではなく。


「――うそ、だ……」


 尊は母親の元へと近寄ろうとして、けれどもそのままトイレへと駆け込んだ。





「あーあ。言っちゃったね」


 尊の様子を見ていた少年は、声を出して笑った。


「犠牲者その四。母親。斬首……とは言わないな。これはなんだろうね」


 母親の死体を見ながら、少年はほほ笑む。



「彼女を殺した言葉は、――殺すぞ、でした」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ