3
尊はリビングで、かじりつくようにテレビを観ていた。
夕方のニュースをはしごしてみるが、自分の知りたい情報は一切得られない。――普通、あれだけ不審死が続けば、ニュースで取り上げられてもおかしくないはずだが。美人キャスターは先ほどから、不審死ではなく、議員の汚職事件について深刻な顔で語っている。あれほどの事件なら新聞に載るだろうとも思っていたが、こちらにも一切取り上げられていない。
「タケル、なんでさっきからニュース見てるの?」
後ろから不思議そうに、妹の麻衣が声をかけてきた。中学一年生の妹は、高校二年生の兄とは違い、超が付くくらいの優等生だった。おまけに彼女は、子役としてデビューできそうなくらいに整った顔で、同級生からは「容姿端麗、品行方正」とかなんとか言われているらしい。……兄のことは、常に呼び捨てだったが。
「――なんか、変な事件でも起きてんじゃねえかと思って」
「なにそれ」
笑いつつも眉をひそめる麻衣に、尊は尋ねた。
「なあ。今日さ、……お前の周りで、人が死んだりしなかったか?」
「ええ?」
麻衣は苦笑し、
「いっぱい死んでたけど、それがどうかしたの?」
当たり前だと言わんばかりの顔で、そう言い放った。尊は目を丸くする。
「いっぱい死んでたって……。そんな当たり前みたいに言う話じゃねえだろ。どうしたんだよ、お前」
「タケルこそどうしたの? 人が死んで、それで? なんか困るの?」
「…………」
「変なタケル」
麻衣は笑いながら、自分の部屋へと引きあげていった。
――……おかしい。
尊は腕を組み、『自分の知っている麻衣』のことを思い出した。
平気で虫を踏み潰していた尊に、可哀そうだからやめてよと叫んでいた。飼っていたハムスターが死んだ時、一週間は泣いていた。祖父が死んだ時は、一か月以上泣いていた。
その麻衣が、「人が死んで、それで?」と、言った。
「……おかしい」
声に出したところでどうにもならないと知っていたが、声に出すしかなかった。何かが、確実におかしい。
「たけるお兄ちゃん」
苦虫を噛み潰したような顔をしている尊に、弟の秀が話しかけてきた。小学五年生の割に小柄な弟は、……名前とは正反対で、何をやらせても今一つな子供だった。勉強は中の下、運動は下の下だ。ただし、温和で性格のいい子供だった。
「どうしたの? 頭いたいの?」
「……いや」
「なにかあった?」
「……別に」
秀に相談したところでどうしようもない。尊はため息をついた。それを見た秀が、悲しそうな顔をする。
「僕に話しても、どうしようもないって、思ったの?」
……こいつはたまに、勘がいい。
「そうだな。だから早くあっち行けよ」
何をやらせても鈍くさく、人の足を引っ張る秀は、尊にとって鬱陶しい存在でもあった。犬を追い払うような手つきで「しっしっ」と言うと、秀は肩を落としながらリビングから出ていった。尊はため息をつく。
何かがおかしい。その「何か」が何なのか、大体分かっていた。
――人の死、だ。普通ならあり得ないような死に方で人が死んで、なのに誰もそれを気に留めてすらいない。まるで当たり前のように、……いやむしろ鬱陶しそうに、人が死ぬのを眺めている。
ここは自分の知っている世界なのか、という疑問が浮かぶ。漫画の読みすぎかと思われるかもしれないが、どう考えても『ここ』は、自分のいた世界だとは考えにくかった。しかし、自分の家も、学校も、友人も、家族も。皆、自分の知っている物で構成されている。
「……パラレルワールドってやつか?」
思いついたものを言ってみたものの、尊はパラレルワールドの意味を知らなかった。
「ご飯できたわよ。尊も早く食べなさい」
考え事をしていた尊に、母親がエプロンを外しながら声をかけた。今日の夕飯は、――ハンバーグだった。
「……要らねえよ」
惨たらしい死体を散々見た後で、誰がハンバーグなんて食べられるか。尊はそう思っていたのだが、母親は単なる反抗だと思ったらしい。
「またそんなこと言って! いいから早く食べなさい」
頭ごなしに怒られると、尊も腹が立ってくる。ここで落ち着いて説明できればいいのだが、尊の年齢と性格では、そう上手くいかなかった。
尊はわざと反抗的な態度で、『その言葉』を、口にした。
「うっせえんだよ、ババア! これ以上なんか言ったら【殺す】ぞ!」
数分後。尊は、血まみれのリビングに立ち尽くしていた。足元には、首のない母親の身体。いや、首はある。かろうじて、頭は身体とつながっていた。
尊が反抗的な態度を取った直後、母親の首が、見えない力によって引きちぎられた。
それはまるで、足を固定された状態で、首から上だけを持ち上げられたヌイグルミのようだった。ブチブチと音を立てて首が千切れはじめ、――生身の人間であった母親の身体から飛び出たのはもちろん、綿などではなく。
「――うそ、だ……」
尊は母親の元へと近寄ろうとして、けれどもそのままトイレへと駆け込んだ。
「あーあ。言っちゃったね」
尊の様子を見ていた少年は、声を出して笑った。
「犠牲者その四。母親。斬首……とは言わないな。これはなんだろうね」
母親の死体を見ながら、少年はほほ笑む。
「彼女を殺した言葉は、――殺すぞ、でした」