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教室に到着するや否や、尊は目を見開き、尻餅をついた。
本来ならばカーテンがかかっているところに、首吊り死体が並んでいた。窓の外の景色なんて見えない。見えるのは、横並びになっている死体だけだ。その死体はクラスメイトのものだったり、他クラスの生徒のものだったり、――教師のものまであった。カーテンレールは今にも折れそうで、ミシミシと不気味な音を立てている。
床にも数体、死体が転がっていた。首にボールペンが刺さっているもの。大量の血液と、内臓のようなものを吐きだしているもの。首から上が、ぐちゃぐちゃに潰れているもの。
そんな中で、クラスメイトは楽しそうに談笑している。尊が学校に到着したのはちょうど昼休みで、時間だけを考えるのならば、おかしくない光景だった。
だが、死体の転がる教室の中で見るその光景は、明らかに異常だった。
「よお、どうしたんだよ東郷。尻餅なんかついて。だっせえー」
友人の本田が、いつも通りの口調で話しかけてきたが、尊はそれに反応できなかった。尊は、賭け麻雀をしている本田に問いかける。
「……お前ら、なにしてんの」
「は?」
「人、死んでるじゃん……」
「で? よっしゃ、それロン!」
本田の意識は、死体よりも麻雀の方にあるらしい。死体に関しては、「で?」程度の認識。尊は今度こそ、自分の頬をつねった。――痛みはあるし、夢から覚める気配はない。
――どうなってるんだ。
尊は頭を捻り、昨晩のことを思い出そうとした。しかし、昨晩何か変わったことをした覚えはない。そこらじゅうに死体がごろごろ転がっていた覚えも、ない。
「どうなってんだよ……」
尊の呟きと、昼休み終了を告げるチャイムが重なる。廊下の向こうから、あらゆる生徒に嫌われている英語の教師がやってきた。『くわジジイ』というあだ名の、五十代後半の教師だ。
教師は、扉の前で立ちすくんでいる尊を見て、眉をあげた。
「東郷、なにしてる。早く席につけ」
「いや、くわジジ……桑原先生」
尊は言い直し、教室の方に目を向けた。
「なんか、すごいことになってて……」
尊の言葉を聞いた桑原は教室を見て、面倒くさそうに言った。
「ああ、本当だな。あとで警察に電話しないとな」
「……それで終わり?」
「他に何か言うことがあるのか? ほら、早く席につけ」
尊は絶句した。桑原は血まみれの教室に足を踏み入れ、頭の潰れた死体を踏みつつ、教壇に立った。
「お前ら、席につけ。今から抜き打ちテストをやる」
「はああ!? そんなの聞いてねーし!!」
教室中で、大ブーイングが巻き起こる。その様子を、尊は教室の外から呆然と眺めていた。自分の机のすぐ側には血まみれの死体が転がっており、とてもじゃないが近づきたくなかった。――いや、教室に足を踏み入れことすら、恐ろしいと思えた。
だが、教室内にいる生徒は、死体のことなど気にならないらしい。それよりも今は抜き打ちテストに腹を立てているらしく、
「――くわジジイ、まじでキモい。【死ねばいいのに】」
誰かがぽつりと、そんなことを言った。
その途端、桑原の顔つきが変わった。
桑原が、ふらふらと窓際に近寄る。嘘のように、死体の吊り下がっている窓際だ。
「……まさか」
尊は『それ』を止めようとした。しかし、膝にうまく力が入らず、立ち上がれない。桑原は今にも折れそうなカーテンレールを見て「これじゃあもう、吊れないな」とため息をつくと、
「ここからだと高さが足りんが、……頭から落ちれば死ねるか」
そう呟いて、窓の外へと、消えた。
一瞬間をおいてから聞こえる、何かを潰したような音。
「嘘、だろ……」
バキンと音を立ててカーテンレールが折れ、吊り下がっていた死体がバタバタと床に落ちる。それを見ていた生徒会長の女子が、がっかりしたような声を出した。
「あーあ、カーテンレール壊れちゃった」
首の骨を折り、息絶えている桑原の死体の前で、少年は笑っていた。
「なかなかのペースだね」
少年は桑原の死体の死体を見たあと、それが降ってきた窓へと視線を移した。それから息を吸い込み、抑揚のない声で記録するように呟く。
「犠牲者その二。男子生徒二名、女子生徒二名、国語教師一名、首吊り。男子生徒一名、女子生徒一名、失血死。男子生徒一名、撲殺。……いずれも、言葉は不明」
そこまで一気に読み上げた後、少年は首をかしげた。犠牲者その二にまとめるべきかな、と呟いた後、まあ分けてもいいかと一人納得する。
「犠牲者その三。英語教師。飛び降り」
目を見開いたまま息絶えている桑原を見て、少年はほほ笑んだ。
「彼を殺した言葉は、――死ねばいいのに、でした」
言い終えると、少年は桑原の顔に白いハンカチを被せた。