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 尊は、如月の姿を上から下まで確認した。その様子に気付いた如月は失笑する。


「なんなら、胸でも見せてあげようか? こう見えて、結構あるんだよ? ……忌々いまいましいくらいにな」

「…………如月、お前は」

「GID」


 最近聞いた単語だと尊は思ったが、それが何だったのかは思い出せなかった。

 呆けた顔をしている尊を見て、「記憶力が悪いんだな」と如月は鼻で笑った。


「性同一性障害。簡単に言うなら、身体と心の性別がばらばらってこと。――おれは、身体は女だけど、中身は男。FtM(Female to Male)なんだよ」


 FtMも、最近見た単語だ。尊は頭を捻り、そして思い出した。

『GIDの世界 FtMの世界』という、ブログを。


「お前……」


 口を開く尊に、如月は笑いかけた。


「……丁さんのブログにコメントしてた『たつはる』。あれ、おれのことだよ。如月由梨ってのが本名なんだけどね。ユリって名前、大嫌いなんだ。――おれはゲイじゃないから、女の子を好きになる。けど、おれの身体はこの通り、女だ。つまり傍から見たら、女の同性愛者……百合みたいに見えるだろ」


 なのに名前が、よりにもよってユリだなんて笑えるだろ?

 如月はそう言ったが、尊は笑えなかった。


「如月。二月といえば、立春りっしゅん。そこからもじって、『たつはる』。……あまりにも単純すぎてばれるかと思ったけど、あんたのお馬鹿な脳みそじゃ、そこまで気付けなかったみたいだね」


 如月を下の名前で呼んだ時、彼女――いや、彼が嫌そうな顔をしていたことを思い出す。

 丁のブログに出入りしていた『たつはる』のことも。


「如月。――どうして、こんなこと」

「どうして?」


 如月は一瞬だけ眉をひそめ、だがすぐに笑いはじめた。楽しそうに、けらけらと。


「どうしてだって? ――そんなこと、おれのほうが何回も考えたよ。なあ、東郷。どうして、彼女を殺したんだ? 彼女が何をしたっていうんだ」


 お前のせいで、僕は死ぬのに。

 少女の言葉を思い出し、尊は首を振った。


「俺じゃない。俺のせいじゃ――」

「お前が殺したんだよ」


 如月は、尊から目を放さずに言い放った。



「お前が彼女に言ったんだろ? 『お前なんか、――――』……って」



 尊は目を見開き、驚愕した。そして、思い出した。

 二年前の、十月のことを。





 その日、彼女はゴミ箱に捨てられている自分の『ノートだったもの』を拾い集めていた。

 バラバラになったそれらを、泣きながらかき集めている少女を見て、尊たちは笑った。


「お前さあ。自分の世界に浸ってて、気持ち悪いんだよ。わざとらしく手首切ってさあ」


 これが誰のセリフだったかは分からない。だが、その言葉に彼女の身体が大きく震えたのを覚えている。


「死にたい死にたいって書いてあるけどさ。死にたいなら死ねばいいだろ? 死にたい僕ちゃん可愛そーってか」


 これが誰のセリフだったのかも、覚えていない。だが、この言葉で彼女以外の全員が笑った。

 ひとしきり笑い終わると、尊は言った。


「……どうせお前なんか、生きてようが誰の役にも立たねえんだ。むしろ目障りなんだよ」


 尊が、言った。



「お前なんか、【死んじまえ】」





「――……たった、それだけの言葉ことで?」

「……それだけ? それだけだって?」


 如月は愉快そうに笑う。閑散とし始めたホームに、その笑い声は大きく響いた。だが、その声は急にぴたりと止まり、



「お前にとっての『それだけ』が、他人にとっても『それだけ』だとは限らないんだよ」



 今まで聞いたこともないような低い声で、如月はそう言い放った。言葉を失う尊に、如月は優しくほほ笑みかける。そこには、なんの感情も感じられなかった。


「――言葉というのは、不思議な力を持っています。人を励ますことが、できます。けれど言葉は、人を殺すことも、できます」


 微笑みながらも声を出した如月は、国語の教科書を音読する小学生のようだった。なんの感情も込めない、棒読みの口調。

 如月が言葉を吐き出し終わると、目の前を特急電車が通過した。唸りながら通り過ぎるそれを見届けると、如月少年は目を細めた。


「あんたが殺した彼女のことばだ。覚えてるか?」

「…………」

「――あんたにとっては『それだけ』の話かもしれない。だけど、おれは彼女の言葉に救われてたんだよ。言葉には確かに、人を救う力があるんだ」


 如月の声に、何かが加わり始めた。憎悪。嫌悪。憐憫れんびん寂寥せきりょう。――喪失。


「彼女は、おれのことを認めてくれた。おれの姿を見ても。同情とかそんなのじゃなくて、本当に普通の人間として、……男として、接してくれた。おれは、彼女のことを愛していた。だけど」


 俯いた如月少年の目から、



「おれは、彼女のことを、救えなかった」



 涙が一粒、零れおちた。




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