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 ××、昨日自殺したってさ。


 まじかよ、どうやって?


 ビルの屋上から飛び降りたらしい。


 猿も木から落ちる、じゃなくて、豚もビルから落ちるってやつか。


 別に上手くねえよ、バカ。


 最後に××に接触したのって誰だったっけ?


 東郷だろ、確か。







「はあっはあっ……」


 尊は肩で息をしながら、鉄製の扉に手を伸ばした。丸いドアノブを回して、引く。ただそれだけの作業が、重労働のように感じられた。

 扉を開いた瞬間に感じる、冷たい空気。日は沈みかけており、赤い夕陽が空の色を変えていた。

 尊は正面の一点を見つめる。本来ならばそこにあるはずの、エメラルドグリーンのフェンスも、今は設置されていなかった。

 ――すべては、


「お前が作り出した世界、だからか?」


 そこに立っている『少女』は、恐怖に歪んだ顔で尊を見た。



 彼女の名前を、尊は覚えていない。ハンプティ・ダンプティのようなずんぐりむっくり……というか、単なる肥満体型の女子だ。にきびだらけの顔に、脂肪で潰れた一重まぶた、血色の悪い唇。禿げているわけではないが全体的に薄い髪の毛は、腰の高さまである。二つくくりにされた髪の毛は、妙に不似合いで不気味だった。


 手首に刻まれている無数の赤い線が、不気味それを強調しているように見えた。


 とにかくぱっとしない、動作の鈍い女子だというのが尊の印象だった。要領の悪いところが秀と似ていて、イライラすると思った記憶もある。猫背で、いつもノートに何かを書いていた。


「おいこいつ、詩なんか書いちゃってるぜ。気持ちわりいー!」


 彼女の書いているノートを取り上げ、朗読したのは本田だった。


「汚れても目立たぬ黒い翼がほしい!! 僕は鳥になりたーい!! そうだなあ、お前は豚だもんなあ」

「か、返してよ!」


 彼女は横に大きい割に、身長は低かった。本田は、ノートを取り返そうと必死になっている彼女を突き放すと、尊に向かってそのノートを投げた。尊は受け取ったノートを掃除用具入れの上に置き、笑った。


「ほら、鳥になって飛んでみろって」

「…………」

「なんだ、できないの? 鳥になりたい僕ちゃん?」


 顔を赤くしている彼女を見て、クラスの全員で、笑った。



 尊は、彼女の名前を覚えていなかった。

 だが、『ブス』と『ブタ』をかけて、『酢豚』というあだ名がついていたことだけ、思い出した。



「どうして……」


 どうして今まで、彼女のことを忘れていたんだろう。

 尊は頭を掻き、彼女の元へ近づこうとした。だが、


「来ないでよ……!」


 今にも飛び降りそうな彼女を見て、足を止めた。

 自分の記憶が正しければ、彼女が飛び降りたのは学校の屋上ではなく、ビルだったはずだ。だが、彼女は今、学校ここから飛び降りようとしている。


 通話できる公衆電話。鍵のあいた扉。フェンスのない屋上。

 作り変えられた、世界。なのに。


「――……この世界でも、自殺おなじことを繰り返そうってのか」


 尊はじりじりと距離を詰めながら、彼女に問いかけた。ここから彼女の元までは、若干距離がある。尊が走るのと、彼女が飛び降りるのでは、後者の方が遥かに早いだろう。


「……お前のせいじゃないか」


 尊の方に身体を向けながら、少女は呟いた。その言葉に、尊は眉をひそめる。


「俺のせい、だって……?」

「……覚えてないんだね。お前のせいで僕は、」



 【死ぬ】のに。



 その言葉と同時に、少女の身体が後方に傾いた。


「待て!!」


 バランスを崩し、徐々に落下する彼女に尊は手を伸ばす。だが、数センチ届かない。

 尊の視界から、彼女の身体が消えるまで。数秒もないはずの、わずかな時間。だが、尊は、その言葉を確かに聞いた。


「僕じゃないよ」


 徐々に後方に傾く身体。見下すような目で尊の顔を見た少女は、――泣いていた。



「この世界を作り出したのは、僕じゃない」




 視界から消える少女。下から聞こえる、何かを叩き潰したような音。

 ――間に合わなかった。結局この世界でも、止められなかった。


「……くそ!!」


 尊はゆっくりと下を覗きこみ、刮目かつもくした。


 下には、頭から血を流して倒れている先ほどの少女。そしてその隣には、



 血だらけの麻衣の死体が、横たわっていた。



 尊の身体が、がたがたと震えだす。麻衣は、半分潰れた顔でこちらを見ていた。


「嘘、だ……。どうして、麻衣も、麻衣が……」



 両親も、秀も、麻衣も、少女も、――そして如月も、死んでしまった。

 誰も、救えなかった。

 救えたかも、しれないのに。


「おかしいだろ、こんな……こんな世界」


 お前のせいで。

 先ほどの少女の言葉が、尊の頭の中で再生される。



 お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいで



「……違う」


 尊は頭を抱え、その場にうずくまった。


「違う、俺のせいじゃない!! 俺のせいじゃ……!!」


 この世界がおかしいんだ。

 言葉で人が死ぬ、この世界が。

 人の死をなんとも思わない、この世界が。

 この世界がおかしいんだ。

 この世界の奴らが、おかしいんだ。


 俺は悪くない。俺は――……!



「…………消えちまえよ」


 尊は笑う。

 ――そうだ。おかしいのは俺じゃない。悪いのは俺じゃない。おかしいのは、悪いのはすべて、この世界だ。この世界の、住人だ。


「ははっ……。皆、消えちまえ」


 おかしいのはこの世界だ。狂ってるのはこの世界だ。俺は悪くない。おかしいのはこの世界なんだ。悪いのはこの世界。俺は、何も悪くない。


 こんな世界、なくなってしまえばいいんだ。



 言葉が凶器になる。なら、簡単じゃないか。

 尊は空を仰ぎ、大声で笑いながら、叫んだ。



「この世界の奴ら全員、【死んじまえ】!!」



 空が、大地が、世界が、真っ黒に染まった。





「それが君の答えってわけだね。よく分かった」


 尊の叫びを聞いた創世主しょうねんは、笑った。


東郷とうごうたける


 少年は大地に手をかざし、時空を歪める。



「おめでとう。……君はゲームオーバーだよ」




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