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8

 尊は緩慢な動作で立ち上がり、腕で乱暴に涙を拭った。


「――落ちつけ」


 自分に言い聞かせるよう、声を出す。


「秀はまだ、死んだと決まったわけじゃないんだ」


 そう。ここにあるのは、『秀のものらしき腕』だけだ。秀の腕だと決まったわけではないし、秀の死体が見つかったわけでもない。もしかしたら別人の腕かもしれない。秀の腕だとしても、死んでいないかもしれない。


「……探すんだ、秀を。――麻衣もだ」


 学校の周囲が真っ白だったことを、尊は思い出す。どう考えても、学校の外には『何もない』。となると、二人ともまだこの校舎にいるはずだ。そう、秀もまだ、この校舎にいるはずだ。


「探さないと……」

「東郷? 何してんだ、そんなとこで」


 ふらふらと歩きはじめていた尊は、振り返った。そこに立っていたのは、体操着姿の本田だ。これから、体育の授業でもあるらしい。

 本田は尊の足元を見て、「うげえ」と声を漏らした。


「お前それ、あとでちゃんと掃除しとけよ? 血って、乾燥するとこびりついて取れにくくなるからなあ」


 暢気な声でそう言った本田を、尊は睨んだ。掃除しておけ? 足元の血だまりは、そんなレベルじゃない。普通なら、叫び声をあげてもおかしくないのに。


 やっぱりこの世界でも、あの法則ルールは適用されているんだ。


 誰の死にも、動じない世界。

 誰かの言葉で、誰かが死ぬ世界。


「東郷? どうしたんだよ、怖い顔しちゃって」

「……本田」


 尊は何かを言いかけて、思いとどまった。かわりに、違う言葉を吐き出す。


「俺達のクラスでいじめてたやつ。名前とか、覚えてるか」

「はあ? いじめなんか、なかっただろ?」

「……あったはずだ。俺の記憶が正しければ――」

「あれは、いじめじゃないって」


 本田は笑い、心もち首をかしげて肩をすくめた。



「あれは、ただのゲームだろ?」



 尊は目を見開く。なくしていたパズルのピースを、一つだけ見つけ出した感覚。

 ――そうだ。俺達は、ゲーム感覚で……。




『なあ、賭けようぜ。あいつがいつ自殺するか』

『ああいう奴は、案外死なないんだよなあ』

『だったら、殺そうか。なーんちゃって』

『直接手を下すのは、なしだからな』


『どうやったら、あいつ死ぬかな?』




 ――俺達はゲーム感覚で、『奴』をいじめていたんだ。




『さあ始めましょう ここは楽しいゲームの世界

 あなたの言葉で 誰かが死にます』




「誰だ!?」


 尊は、本田の胸ぐらをつかんだ。本田が顔をゆがめる。


「俺達がいじめてたやつは、誰だ!? 今、どこにいる!!」

「なんなんだよ、お前――」

「答えろ、本田!!」


 尊の剣幕に戦いた本田が、弱々しく両手をあげた。降参、といった感じのポーズだった。


「い、今どこにいるのかは知らねえよ。ていうかアイツ、ここんとこずっと学校休んでたじゃねえか」

「そいつの名前――」


 尊の言葉に、携帯の着信音が重なる。尊は本田から手を放すと、慌てて携帯を取り出した。

 ディスプレイには、『如月由梨』の文字。


「……なんだよ、今日変だぞお前」

「――悪い」


 咳込む本田に、尊は素直に謝った。そして、


「もう終わらせようぜ。その、『ゲーム』を」


 尊はそれだけ言うと、階段を昇りはじめた。再び、パソコン室に向かうために。

 走りながら通話ボタンを押し、尊は叫んだ。


「もしもし、如月か!? どうした!?」

「……尊さん」


 明らかに抑揚のない如月の声に、尊は一抹の不安を覚える。今の如月の声は、秀の最後の声と、よく似ていた。

 如月は小さな声で、言った。


「わたし――……です」

「なんだって!? もう一度言ってくれ!」


 階段を昇りながら通話しているせいで、息が切れる。尊は必死に走りながら、携帯を耳に押し当てた。電波状態が悪いのか、周波数の合っていないラジオのようなノイズが断続的に入るうえ、如月の声も近くなったり遠くなったりを繰り返している。

 ただでさえ小さな如月の声は、ほとんどノイズに押しつぶされていた。


「わ――、や……分かった……です」

「なにが!?」

「――この世界と、わたし……繋がりが……です」

「如月!! さっきから、お前が何を言ってんのかほとんど分かんねえんだ! 今からそっちに行くから、それから話を――」

「……ったんです。ひのとさんは……」


 恐らく向こうも、尊の声が聞こえていないのだろう。如月は話を辞めようとしない。


「丁さんは、わたしの――……たんです」

「なに!? なんだって!?」


 さっきから息が苦しい。尊は必死に呼吸をしながら、ノイズに負けないよう大声で叫んだ。そんな尊とは正反対の、泣きだしそうな、消え入りそうな如月の声は。



「丁さんは、――わたしの、大切な人、だったんです」



 如月の声は確かに、そう言った。




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