6
パソコン室の鍵は、かかっていなかった。
「……普段ならかかってるはずなんだけどな」
尊は首をかしげながら、扉をあけた。部屋の中には、誰にもいない。尊は適当な席に腰掛けると、パソコンを立ち上げた。如月は尊の隣に座る。
「如月、ブログの名前は?」
「――『人を殺すGAME』、だったと思います」
如月の口から出た言葉に、尊は眉をひそめた。
「えらく物騒なタイトルだな」
尊は頭を掻きながら、『人を殺すGAME』を検索した。
「――……あった。これだ」
それは、簡単に出てきた。黒い背景に白い文字という、目に悪そうなデザインのサイトだ。ブログの紹介文は、『中学生が綴る日記、詩、小説。死にたい毎日』となっていた。ブロガーの名前は、
「……なんだこれ。ちょう?」
「丁、ですね」
「――俺のクラスに、そんな名前の奴がいた覚えはねえぞ」
「ハンドルネームでしょうね。そもそも、この手のブログを本名でやってるケースの方が珍しいと思いますし」
「ふーん……」
普段、あまりパソコンに触れない尊がもたもたと操作をしているのを見て、如月が「変わりましょうか?」と声をかけてきた。尊はいそいそと、椅子を交代する。如月は慣れた手つきで、パソコンを操作し始めると、『丁』の書いていた日記の最終日をチェックした。
「十月十四日までしか更新されてませんね……」
「今日の分は、まだなのか」
「はい。でも今朝、詩は更新されてます」
如月は、詩のカテゴリーの最新データを表示させた。
詩のタイトルは、『君の言葉で誰かが死ぬGAME』だった。
『その言葉で人は死にます
そんな言葉で人は死にます
誰でも口にできる言葉
誰でも口にできる呪文
死ね 死ね 死ね
さあ始めましょう ここは楽しいゲームの世界
あなたの言葉で 誰かが死にます』
尊も、如月も。どちらも言葉を失った。授業終了を告げるチャイムが鳴り、二人とも肩を震わせた。尊は前方にある時計で時刻を確認する。気付けば、昼過ぎになっていた。
「……これ」
声を出したのは、如月だった。
「この世界のこと、ですよね」
『あなたの言葉で 誰かが死にます』
「――そうだな」
同意せざるを得なかった。実際に、その現場を何度も目撃しているのだから。如月は画面をスクロールさせながら、震える声で言った。
「丁さんは、どうしてこんな文章を……」
「――分かんねえ」
如月の手が、不意に止まった。詩の感想欄に、何かが書かれている。尊は、パソコンの画面を覗きこんだ。
『丁さん、なにかあった?
なにかあったらいつでも相談してね
心配してます
From:たつはる』
「たつはる?」
「このブログの読者さんでしょうね。多分、この人もブログをやっているんだと思います」
如月は、『たつはる』の名前をクリックした。たつはるのブログへと、ページが移動する。
たつはるのブログには、丁がコメントした形跡が残されていた。ブログ仲間という奴らしい。
ブログのタイトルは、『GIDの世界 FtMの世界』だった。
「なんだこりゃ、ギド?」
「GID。性同一性障害、ですね」
如月が口に手を当てながら言う。どうも、口に手を当てるのが癖らしい。尊は如月の様子とパソコンの画面を、交互に見比べた。
「せいどういつ……? なんだそれ。それも心理学か?」
「心理学というか……。最近テレビでも取り上げられてるんですけど、知りませんか? 身体は男なのに、心は女だったりする――」
「つまり、オカマってこと?」
「それとはまた違うんですけど……」
呆れたような、困ったような如月の顔。どう説明すればいいのか分からないらしい。尊も、それ以上の説明を聞くことを諦めた。聞いたところで理解できそうにないし、いま重要なのは『たつはる』ではなく『丁』の方だ。
「分かった。たつはるの方はもういいや。丁のサイトに戻ってくれる?」
「はい」
如月がマウスを動かそうとした時、尊の携帯が鳴った。尊は電話をかけてきた相手を見て、眉をひそめた。
「――公衆電話?」
普段なら放置するところだが、今の状況では取った方が良さそうだ。如月の顔を見ると、彼女は無言で頷いた。尊は通話ボタンを押し、受話口を耳に当てる。
「……もしもし、たけるお兄ちゃん?」
聞き慣れた声に、尊は安堵した。
「なんだ、秀か。どうした?」
「――…………だ」
「ああ? はっきり喋れよ」
如月はパソコンを操作しながらも、尊の様子を見ている。尊は携帯を耳に押し付け、「でかい声で、もう一回言えよ」と催促した。
しばらく沈黙が続いた後、消え入りそうな秀の声が聞こえてきた。
「僕……学校でいじめられてたんだ。今まで黙ってた、けど。もういやだ。しんどい」
「――……あ?」
若干鼻声になっている秀の声を、尊は聞き逃さないように注意する。――この学校ではまだ、『その現場』に遭遇していない。だが、あの法則が適用されている可能性は、十分にある。
「秀、落ち着け。今どこにいるんだ?」
「もうやだ。お兄ちゃんごめんね」
「落ち着けっつってんだろ! いいか、それ以上何も言うな!」
「僕は……」
「秀! 待て!!」
「もう【死にたい】」
――ブツンッ
「秀!!」
通話終了を告げる無機質な音だけが、そこに残った。




