多色の心配
「別れよ」
俺の目の前は真っ白になる、チカの口からこんな言葉が発せられるなんて夢にも思ってなかった。
そして頬を伝う熱い何か、それは俺の涙だった、全てが崩れ去り、全てが失われ、全てが終わろうとしてる瞬間、でも心の奥底でまだ信じていない俺がいる。
「嘘だろ?冗談だよな?」
「本当だよ、もう、別れよ、終わりにしよう」
チカも泣いてる、俺はすがるようにチカの両肩を掴んだ、何にも代えがたい、何よりも大切なチカ、チカを失うなんてあり得ない。
「何でだよ?俺の何がいけない?俺の何が足りない?何で別れなきゃいけないんだよ?俺が何をした?」
まくしたてるように質問の嵐を浴びせる、チカは俺と目を合わせようとはしない、そればかりか肩に乗せた手を払われた。
「もう嫌なんだ、カイといると、ダメになりそうで」
「何がダメになるんだよ?」
「甘えちゃいそうで、アタシが成長出来ない」
「…………甘えろよ」
「アタシにカイは完璧過ぎたんだよ」
チカはそのまま俺の横を通りすぎて行った、俺は止める事も追う事も出来ず、静かな夜にチカの足音が消えるまで立ち続け、聞こえなくなった瞬間その場に崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そこからの記憶がない、どうやって帰ったのかも、いつ帰ったのかも、何でベッドに寝ているのかも分からない、扉の所には本棚があり開かないようになってる、それも分からず、朝気付いたらベッドの上にいた。
昨日、カイが死にそうな顔をして帰って来た、部屋に入った途端に大きな物音、そしてカイの部屋の扉は開かなくなった。
私とツバサはチカに話を聞いて愕然とした、カイと別れた、その一言だけを残して電話を切られてしまった。
カイは全てを失ったんだと思う、チカと別れるなんてカイには想像を絶するような事、そう、カイの中の世界が失われた、また、いや、昔以上に孤独なカイに戻ってしまったのかもしれない。
お兄ちゃんは家に籠ったまま、今日という日を迎えちゃった、そう、今日は僕達の卒業式、6人でお祝いして、6人で馬鹿騒ぎをする予定の日だったのに、それなのにお兄ちゃんは何も言わずに部屋に籠ってるんだ。
その理由は簡単、チカチカと別れたから、そんでそのチカチカも学校を休んでる。
この事は学校でも大きな話題になってる、そしてあらぬ噂も飛び交っちゃうし、…………2人で駆け落ちした。
それだったら僕達はまだ喜んだんだけど、でも2人は駆け落ちどころかもう今までの関係じゃないだよ、そんなの嫌だよ、全てを失って、全てを壊された。
何でチカチカはお兄ちゃんと別れたの?
カイとチカちゃんが学校に、卒業式に来てない、ツバサ君からの情報によると二人は別れたらしい、最初は俺だって冗談だろ?と笑って流してた、でもあんなツバサ君の表情を見たら否定出来ないって。
別れの理由は知らない、でも、二人が別れるには大きな理由があるはず、いや、むしろ俺にはどんな理由があれど、二人は絶対に別れないと思ってた。
カイの事だから死ぬ気でチカちゃんと一緒にいるもの、でもその大方の予想は簡単に裏切られた。
何があったのかは誰も知らない、いや、誰も聞けない、あの二人が別れた、それはあの二人にとって一生消えない傷になるんだろうな、だから、その傷には絶対に触れてやりたくない、そっとしておくしか出来ないと言われたらそれまでだ。
俺達には何も出来ない、親友が傷付いた時、俺には何も出来ないんだ。
あのチカとカイが別れた、そんな事が信じられると思う?仮にそれが事実としてまじまじと突き付けられたとしても、私は絶対に信じたくない、だってあの二人の愛は絶対的なものだと思ってたから、絶対的だと思ってたものがこんなにもあっけなく崩れた、そんなのを信じたらコガネとの関係も絶対的じゃない、そう思えてしまう、だからあの二人の別れは信じたくない。
二人の関係は私からしたら憧れ、そして目標でもあった、全く歪みのない二人、絶対に別れない、絶対的な関係だと思ってたのに。
確かに違う人間なんだから別れもある、けど二人からそういうのが感じられなかった。
怖い、今の私とコガネの関係も絶対的じゃないと思うと、何を信じて良いのか分からなくなる。
ありえへん、このわいが言うのも説得力があらへんけど、何であのチカはんとカイはんが別れてしもたんやろ?
チカはんにはカイはん、カイはんにはチカはんしかおらんかったはずや、せやから二人はお互いに依存しあって、お互いが離れる事なんて考えへんものと思っとったのに。
わいにはチカはんの選択が正しいか間違ってるかはわからへん、せやけど、わいらには理解できひんくらいの覚悟と理由があったはずや、あのチカはんがカイはんを切った、ほんま考えられへん。
アタシは昨日カイに別れを告げた、今までのアタシの少ない人生の中でも一番辛い瞬間って言える、それだけでおかしくなりそう、別れてから余計にカイの事ばかり考えてる。
兄貴が卒業式から帰って来た頃、アタシはやっと荷造りを始めた。
アタシは明日アメリカに飛び立つ、アメリカの大学に進学する、これがアタシが出した答え、カイに埋もれないために考え出した、アタシがカイから離れる方法。
兄貴までが反対したけどアタシにはそれしか考えられない、どうしても会えない状況にならなきゃアタシはカイから離れられないんだ。
「やっぱり荷物少ないなぁ、いっぱい送ったってのもあるのかな?」
「チカ、本当に良いのか?」
ほら、兄貴までこんな事を言い始める。
「兄貴は嬉しくないのか?カイの事嫌ってただろ?」
「でも最近分かった、チカから四色を取ったら何も残らないんじゃないのか?」
さすが兄貴だ、アタシの事なら何でもお見通しなのかな?
「そうだよ」
「ならなん――――」
「何も残らないから離れるんだ、アタシはアタシの、カイに負けないような人生を歩むんだから、一回リセットしなきゃいけないだろ?」
アタシは荷造りを終えて再び机に向かう、もう勉強なんて必要ない、お別れの言葉を言い忘れちゃったからな、手紙くらいは書いてやらないと。
この3年間本当に色々あったな、凄い濃密な3年間だった、……………でもその全ての思い出の中にカイはいる、アタシの思い出の中でカイがいない事なんてあり得ないんだ。
ダメだ、これ以上書けない、もう苦しいよ、心がぐちゃぐちゃになりそう。
「兄貴、これ、渡しておいてよ」
「これで良いのか?」
「もう書けないから」
アタシはこれからカイなしで生きていく、本当にこんなので大丈夫かな?でもココで少しでも後悔したらカイに失礼だから、いつか立派になってまたカイに会える時が来たら、アタシは胸を張ってカイと歩きたい。
カイ、こんな一方的に終りにしちゃってごめんね、カイといた4年間は凄く楽しかった、だからありがとう、幸せになって下さい。