黄へのありがとう
今日、親父は空手の何かで家にはおらへん、空手と一言言うて出ていったからわいにはさっぱりや。
せやからメグはんを家に読んどる、まぁ前々からこないな事はようあったんやけど、今は訳が違う、今のメグはんはわいの彼女やさかい、あ〜んな事やこ〜んな事しても………、多分しばかれるんやろうな、ホンマメグはんはうぶで乙女やからそないな事したらマジで殴られるん間違いなしや。
夕飯も食い終わって一息ついた時、飲み物切らしてたの気付いた、まぁ水でどうにかしろ言うたらそれはそれでええんやけど、さすがに気分的な問題で何か欲しいんやなぁ。
「やっぱりわいコンビニ行ってくるわ」
「うちも行くよぉ」
「えぇって、パッと行ってパッと帰って来るさかい、待っとってや」
「う〜ん、わかった」
わいは財布を持って上着を着て外に出た、年も跨いでより一層寒くなってきたなぁ、ほんま寒いのは苦手や。
コンビニは案外遠いんやなぁこれが、わいが住んどるのは住宅街のど真ん中さかい、駅の方まで歩かなコンビニもあらへん、ほんま東京なのに不便やわぁ。
コンビニに入るといつものように店員のやる気の無い声、ほんまにいらっしゃいって思っとるんやろうか?もうちょいハキハキ喋れっつぅ話やな。
わいは籠を持って適当に飲み物を放り込む、メグはんが家で待っとるさかい、早う帰らなあかんやろ?
次にお菓子のコーナーを物色してる時、わいはあんまっつぅかかなり見とうない顔が、向こうもわいに気付いたらしい、ほんま最悪やわぁ、まさかこないな所で会うなんて思いもしなかった。
「…………ツバサ」
「久しぶり烏丸君!」
あぁ、痛い響きやなぁ、もうわいは遠い友達にしかすぎないんやな、まぁあないな別れ方してこないな笑顔してくれるだけ有難いっちゅう話や、本来なら無視して行ってもええところなんやけどな。
「何でこないな所に?」
「お仕事の帰りだよ、僕声優さんやってるんだぁ」
わいは自分の耳を疑った、あんまり学校に来てないと思ったらまさかそないな事やってたなんて。
「また何で声優なんか?」
「スカウトされちゃった」
「声優にスカウトなんてあるん?」
「僕は異例らしいよ、僕の輝く才能をアニメ界は欲してたんだね」
ピースサインを作るツバサ、そのいつも通りの笑顔がわいには怖い、ほんまにわいの事を恨んでないのか、何でそないに笑ってられるのかわいには理解できひん。
「ねぇ聞いてよ、僕今度ヒロインやる事になったんだよ!僕をスカウトした監督さんに気に入られちゃって是非ともだって、どうしよう、ついに僕も有名人かな?」
「凄いやん、…………ほんま凄いで」
「どうしたの烏丸君?」
ツバサはわいの事を心配しとる、それは前までの心配ではない、友達を気遣うただの優しさ、せやけど今のわいにはそれすら刺々しい。
ツバサが空元気なのかふっきれたのかはまだ分からへん、せやけどわいがまだ引きずっとるのは確かや。
「ちょっと外で話そうや」
「良いよぉ」
わいとツバサは駐車場の片隅に腰を下ろした、ツバサは腹が減ったらしくあんパンを食べとる、ほんまふっきれたんやろうか?
「どうしたの?」
「ちょっと聞きたい事があるんやけど、ええかな?」
「ええよぉ」
わいの口調を真似するツバサ、仕事の声で真似とる、ほんまわいを悩ますのが得意らしい。
「ツバサは大丈夫なんか?」
「何が?」
「せやから、…………ふっきれたんか?」
ツバサはその笑顔を微妙に崩した、今日わいの前で初めて見せた笑顔以外の表情、そりゃそうやで、わいがあないなふりかたしてふっきれたか?あらへんよな。
「僕はもう大丈夫だよ!」
「はい?」
思ってもいなかった返事、強がりかもしれへんけど、そんな強がりを言えるくらいの余裕か、強がりを言わなやってられへんちゅう事なのか、わいにはわからへん。
「僕にはお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるもん!それにお仕事だってあるし、そんなに過去の事考えてる余裕なんてないんだよ?」
「せやかてわい酷い事してもうたし、やっぱり罪悪感が………」
「確かに辛かったよ……」
ツバサの口から初めて出た弱音、やっぱりツバサにこないな話聞くんは間違ってたんやないか?
「でも僕はメグちゃんには勝てないもん!いくら頑張ってもやっぱり烏丸君にはメグちゃんがお似合いだし、烏丸君にもメグちゃんにも幸せになってほしいもん!」
痛い、ツバサの気持ちが苦しいくらいや、わいはほんまに最低な男やな。
「ほんま、ゴメンな」
「ゴメンは禁止!やっぱりありがとうの方が良いでしょ?」
「せやけどわいは謝る事しかできひん、ツバサに別れてくれてありがとうなんて口が裂けても言えん」
「ならこの大きい口を裂いちゃえ!」
ツバサはわいの両頬を持つと思いっきり引っ張った、わいは痛いと連呼しても放してくれる気配はない。
「痛いって言ってるやろうが!」
ツバサの手を掴んでやっとの思いで放させた、ツバサは相変わらずの笑みでわいを見とる、ほんま訳の分からんやっちゃ、何がしたいんか全くわからへん。
「何でこないな事したん?」
「口が裂けたら言えるかな?って思って」
「アホちゃう?口が裂けても言えん言ったんやで、口が裂けたところで言えんもんは言えん」
ツバサはオーバーリアクションで驚いとる、ほんまそういうところは変わっとらんなぁ、まぁこんな短期間で、しかもわいとの別れで変わられたらそっちの方が困る。
「じゃあ僕のありがとうから言っていい?」
わいにありがとう?別れてくれてありがとうなんてあるん?
それにわいの胸が痛い、せやけどツバサの満面の笑み、それは悪気やその類の感情は全く読み取れん。
せやからわいはえぇでと言う事しかできひんかった。
「じゃあ僕のありがとうから、ぼくはお兄ちゃんとお姉ちゃんの大切さを改めて実感出来たよ、やっぱ烏丸……………コテツの事も大事だけど―――」
別れてから初めてツバサがコテツって言ってくれた、そして“大事”、ニュアンスから言って現在進行系らしい。
「―――僕にはいつでも支えてくれるお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだって再確認出来たのが一つ。
それともう一つ、何かを探してて見付けた声優、僕の将来が決まったんだ、それがもう一つのありがとう。
お兄ちゃんとお姉ちゃんを食事に連れて行けたし、人生嫌な事だらけじゃないんだね」
ありがとうそういう事なんやな、別れた事自体やなくて、それで得られた結果、如何に今回の別れで自分達が前に進めたかっちゅう事やな。
「さぁ、今度はコテツのありがとうの番だよ、コテツもあるでしょ?」
「あぁ、それならわいにもあるで」
ツバサの前と同じような笑顔、ツバサだって傷付かないわけじゃない、ただ、わいとツバサの大きな違いは確かに前に進めたか否かや、それなら今がわいの前に進むべき時。
「わいはメグはんの大事さを痛いくらいに分かった、近くにいすぎて逆に分からんかったけど、じっくり考えて、本能で動いて改めてアイツじゃなきゃアカンっちゅう事に気付いたんや。
それだけやないで、わい烏丸道場の跡を継ぐ事にしたんや」
「コテツが!?」
「あぁ、わいと親父はホンマに仲が悪い、っちゅうかお互い素直やないんやな、せやからわいは意地をはって親父と違う進路を歩こうとしてた、それを話したらメグはんに怒られてな、わいは師範以外に出来る事なんてないってずばり言われてもうた、まぁこれがすばり的を射とるんや。
せやからわいは烏丸道場を継いで親父を少しでも楽にさせてやろう思ってんねん、これはツバサがいなくなって周りに目を向ける事が出来た事による収穫や、っちゅう事で、……………ツバサ、ホンマありがとう」
ゴメンを百ぺん言うよりもありがとう一回言った方がすっきりするんやな、わいが思ってたよりもツバサは大きな奴やったんやな。
「じゃあ僕はコレで帰るね、“コテツ君”」
「あぁ、もう遅いからな、カイはんやアオミはんが心配せぇへん内に帰り、“ツバサはん”」
わいとツバサは軽く手を振ってお互いの背中を見ることなく反対の道に足を向けた、そう、コレがホンマの別れや、無かった事にする事はない、せやけど引きずる事もない、良い思い出の内の一つなんや。
ツバサ、ホンマありがとうな、ツバサといた長い時間はわいにとって大切な時間や、ホンマツバサに会えて良かった、せやから、お互いまた笑って話そうや。
最後に、ありがとうツバサ。
ツバサとコテツのエンディングです。やっぱり二人には暗い雰囲気は似合わないのでこういう終り方にしました。
もうラストまであと数話です、ラストに向けて色んなキャラクターの色んな一面を見せたいと思います。