金の諦め
俺が実家に戻って、つまりヒノと別れてから1週間が経った、その間は全て勉強、1日10時間も勉強させられている。
勉強の間だけはヒノがいない苦しさを忘れられる、頭に何かを詰め込んでる間だけは何かを考える余裕がない。
でも、一度勉強から解き放たれると、頭の中はヒノでいっぱいになる、あの家に帰りたい衝動が抑えられなくなる、今はヒノに会えない、会ったらヒノに被害が及ぶ。
そういう時は馬鹿みたいに広い家をリフティングしながら歩いてる、ボールに触らなきゃ全てがおかしくなりそうで、家という小さな空間でリフティングするのは集中力が必要だ、それに気付いてから、勉強とリフティングの毎日が続いてる。
「またリフティングしてるの?」
「シロもするか?」
俺は目の前にいたシロにボールを蹴り渡した、シロは受け取ると何回リフティングして俺に返した。
俺がサッカーを始めた理由、それは家に来たサッカー選手が俺とシロにサッカーボールをくれたから、それから俺とシロはサッカーばかりしてた。
「なんだ、お前も出来るじゃねぇか」
「僕はサッカー部のキャプテンだよ」
「奇遇だな、俺もだ、それに部活なんてやってたんだな」
俺とシロは喋りながら地面にボールを落とさず行き来させる。
「当たり前だよ、将来部活のキャプテンをやってたって肩書きは役に立つんだよ、リーダーシップや行動力があるように見えるんだ」
「それだけでキャプテンねぇ」
シロは嘘を吐いてる、経歴欲しさでキャプテンになれる程甘いスポーツじゃない、それにコレだけ上手くなるには相当努力したはず。
「兄さん、本当に後を継ぐの?」
「当たり前だろ」
「何を企んでるの?」
「何も、…………でも強いて言うなら、最大の反抗かな?」
俺はボールを手で取ると自分の部屋に引き返した、シロには俺の言ってる事を理解出来ないよ。
俺は確かに親父にこの道に引き込まれたのかもしれない、でも、結局全ては俺の意志で決まる、俺は親父の言いなりになるんじゃない、親父の方針と合致しただけ、俺の唯一の精神的反抗だ。
そして翌日の昼、珍しく親父が家にいた時だ、家はいやに慌ただしく勉強に集中しきれない。
そして何とか日本史を頭に叩き込もうとしてる時、俺の部屋の扉が勢いよく開いた。
そこにたのはお袋だった、お袋は息を切らしながら目を丸くしてる。
「こ、コガネ、ヒノリちゃんと、お友達が、来てるわよ」
お袋が肩で息をしながら言った事を疑った、ヒノと友達が来てる?
「お袋、ヒノ達はどこに?」
「今は書斎に」
俺は走って親父の書斎に向かった、今更ヒノ達は何しに来た、俺を戻すために頼むならもう少し早いはず。
俺が書斎に行くと扉は開いてた、外には秘書の進藤がいる、俺は息を整えてゆっくりと中に入ると、ヒノとカイが親父の前に立ってる。
「ヒノ、カイ、何してるんだよ?」
「コガネ、取り戻しに来たぞ」
「馬鹿だろ!お前この親父がどんな奴だか知ってるのかよ?それに何でヒノまで」
コイツら馬鹿だ、下手な事したら俺がせっかく家に戻った意味が無いだろ、誰にも危害を加えないようにするにはコレしか無かったのに、何されるか分からねぇのに。
「対抗しうる力が俺にはあるんだよ、五百蔵議員」
「ふっ、子供風情に何が出来る」
「まぁあんたから見れば子供だろうな、でもな、俺の親父は違うんだよね」
カイの親父?確か今の親父さんは島にいるサーフィン野郎、前の親父さんはカイを捨てたクソ親父とか言ってたな。
でもあいつのあの自信に溢れた顔、カイは頭が良いから勝てない試合であんな顔はしない、でもこの親父には勝てる見込みは無いはずだ。
「俺の事知らないの?」
「コガネのチームメイトだろう、それがどうした?」
「五百蔵議員も少しは週刊誌読もうよ、新聞やワイドショーだけじゃ勉強不足だね。
俺は四色海、俺の親父はフォーカラーグループの社長、四色真人、これが五百蔵議員、あんたに対抗しうる力だ」
フォーカラーグループ、それは俺でも知ってる大企業だ、もしカイが言ってる事が本当だとしたら、確かに親父に対抗出来るかもしれない。
「それだけで何が出来る?」
「木下建設、飯島重工、柳川商事、棟方通運、蒜山施工、後は………」
親父の顔が徐々に曇ってきた、カイはその後も長々と会社の名前を紙を見ながら言ってる、コイツ何がしたいんだよ?
「…………これらは全て五百蔵議員、あんたの汚職、談合等をやった会社だ、これをマスコミにばら蒔いたらどうなるかな?」
「資料を見せてくれないか?」
「別に良いけどそれだけじゃないからな、他にはあと3人が同じのを持ってる」
カイは笑いながら分厚い紙の束を机に置いた、俺はその時本当にカイの事を怖いと思った、運動神経や頭脳明晰なだけじゃない、カイには情報力がある。
「しかしコレくらい揉み消すくらい楽な事だ、君はまだまだ大人の世界を知らないようだな」
「あぁ、でも海外のマスコミには無理だろうな、しかもアメリカでそういうのがバレるのは好ましく無いんじゃないのか?」
「口だけなら何とでも言える」
「じゃあ楽しみにしてろよ」
カイは情報を使うだけの頭脳を持ってる、そしてそれを悩まずに使える勇気、もしかしたら一番議員に向いてるのはカイかもな、人気取るのも得意だしな。
「ちょっと待て!何が望みだ?」
「コガネを元の平穏な生活に戻せ」
「それだけで良いのか?」
「あぁ俺の周りとコガネとヒノリの周りに危害を加えない、それを約束すればこの情報はお蔵入りだ」
親父が交渉に応じようとしてる、カイ、お前はどれだけ頭が回るんだよ、俺はカイの事を頼もしいを通り越して怖くなってきた。
「しかし子供の言う事など――」
「ばら蒔かれたらどうせ俺らに危害を加えるんだろ?情報を使うにはそれなりの覚悟と嘘を吐かない事が大事だ、それくらい心得てるよ」
「……………仕方ない、コガネを自由にしよう、その代わりに情報全てを私によこしなさい、それが条件だ」
カイは振り向いて親父に近寄る、机に手を付いて身を乗り出し、親父に顔を近付けてる、本当に怖いもの知らずだな。
「交渉決裂だ、こっちは俺の身を賭けてる、情報が唯一の盾なんだよ」
「貴様!大人をナメるのもいい加減にしろ!」
カイは怒鳴った親父の胸ぐらを掴み、立ち上がらせる、後ろ姿でも分かるカイの威圧感。
カイは携帯を取り出して親父にチラつかせる、それがさす意味が分かる奴は誰もいない。
「あのさぁ、今ココで俺が電話一本掛ければあんたは職を失うんだよ、何か勘違いしてるみたいだから言っとくけど、今のあんたは提案出来る程の身分じゃねぇんだよ」
カイは掴んでた親父の胸ぐらを突き飛ばした、後ろでは秘書やら使用人やらが騒いでる、でもこの重い空気に割って入るのは当事者の俺やヒノでも出来ない。
「さぁ、早く選べよ、コガネか、自分の地位か」
それがカイの狙いか、親父が俺を真に利用しようとしてるのかどうか、でもこの親は何よりも自分の身が大事な奴だ、俺と天秤にかける事自体が間違ってる。
「しょうがない、コガネを持っていけ」
「さすがクソ親だ、自分の身可愛さに息子を売りやがった」
カイは笑うように喋ってる、本当に怖い奴だ、つくづく敵に回さなくて良かった。
「コガネ、後はお前が選べ」
「カイ、ありがとな」
「礼ならいらないよ、久々に楽しめたし」
やっぱりこいつ、マジで怖い、今の交渉を楽しんでたのかよ、確かに教師との言い争いの後とかすがすがしい顔をしてるけど、こんなギリギリの綱渡りすら楽しんでた、スゲー奴だよ。
「それとヒノリ、あの事を話しておけよ」
カイはそのまま書斎を出て、近くにいた使用人に出口の方向を聞いて帰って行った。
俺もヒノリの手を取って玄関に向かう、俺達が書斎から出た後、使用人達は慌ただしく親父に群がった。
実家から今住んでる家は歩いて20分くらいの距離にある、元々中学校の学区の端と端なんだけどね。
「やっぱりカイを頼ったんだ」
「それは、カイしかそういう事できなかったから」
「隠さなくても良いよ」
ヒノは凄い悲しそうな顔で俺を見上げる、もう何も目を反らさない、ヒノがカイに傾いたのも俺がふがいないからだ、それなら必死に隠そうとしてるヒノを見てるのは辛い。
「一回家に帰って頭冷やせよ、俺達近くにいすぎたんだ」
「それはダメ!」
「別に別れるわけじゃない、ただ、一回気持ちの整理をしろって言ってるだけだ、俺はどんな結果だろうが待ってるから」
「違うの、今の私にはコガネしかいないの」
ヒノは急に止まってうつ向いてしまった、俺だって好きでこんな話をしてるんじゃない、ヒノに完璧を求めてるわけでもない、ただここ半年、近くにいすぎたから、だから一旦距離を置いた方が良い、そう思っただけだ。
「私が帰る家はあのマンションだけ」
「何言ってるんだよ、実家に帰れば良いだろ」
「高校生の同棲、しかも女を許す親がいると思う?」
「まさか、ヒノ………」
「とっくに勘当されてるの、コガネと住むなら家に帰って来るなだって、だから今の私にはコガネの家しか無いの」
ヒノは振り向いた俺に抱きついてきた、俺のせいでヒノは家族を失った、俺のせいでヒノを苦しめてる、そんな自責ばかりが俺の頭を駆け巡る。
「ゴメン、気付けなくて」
「良いんだよ、嘘を吐いたのは私なんだから」
でもコレじゃあカイへの気持ちがうやむやのままだ、ヒノの中のカイを追い出せないまま俺らは同棲を続ける、本当にそんな事が出来るのか?
カイ、本当にお前には敵わないよ、全て俺の上を行きやがる、でも、ヒノだけは死んでも渡さない、ヒノが俺の全てだから。
コレでコガネとヒノリの物語は終了です、若干中途半端なのは次回作があるからです。
コレから全員の物語がエンディングに向かいます、どうか楽しみにして読んでいてください。
ちなみにツバサとコテツの物語はまだ終わってません、別れて終わりっていうのも味気ないので、こちらも楽しみにしていて下さい。