紅の休日
学校や部活、つまり仕事が無いとこれだけ楽だとは思わなかった、でも慌ただしい毎日に慣れて、ゆっくり休むという事を忘れた俺は車に乗っていた。
特に用事は無い、チカもいないんだから家でゆっくりすれば良いんだが、マグロ症候群か動いていないと落ち着かない。
車に乗ってれば何か思い浮かぶと思ったんだが、何もする事がない、ハヤを誘えば来るかもしれないが、奴といるなら暇な方がましだ。
暇な俺は代官山で一人の女を見付けた、女は店の中に入って行く、俺はその店の前に車を止めると、窓を開けて店内を見た、左ハンドルだから難なく見れる、服を選んでるらしい。
髪を下ろして女らしい格好をすればまともなんだな、いつもジャージかラフなスーツしか見てないから私服は新鮮だ。
暫くすると、女は紙袋を持って店から出てきた、俺がクラクションを鳴らすとビックリして紙袋を落とした。
そして俺に気付くと、紙袋を持ち、不満を撒き散らしならが近付いて来た。
「驚かすな、コウ!」
「脅かしたわけじゃない、勝手にミドリが驚いただけだ」
「クソッ!サングラスなんか付けて気取りやがって!」
「お、おい!」
ミドリは俺からサングラスを奪って自分で付けた、怒りとは正反対の笑顔がどこから来るのは分からないが、怒っていないことは確かだ。
「私のストーカーでもしてたのか?」
「たまたま見付けただけだ」
「それなら暇だな!?うん、暇に間違いない、私に付き合え!」
「拒否する」
「それを拒否する!」
ミドリは後ろの席のドアを開けると荷物を放り込み、グルリと回って助手席に座った。
まだチカしか座った事が無い助手席に座りやがって、あのハヤですら座らせ無かったんだぞ。
「二つ目の角を左に曲がってすぐだ」
「俺はタクシーじゃない」
「頼む!荷物が大量になりそうなんだよ」
「それなら自分の車で行け」
「私が車持って無いの知ってるだろ」
そうだった、ペーパードライバーなんだよな、ミドリに何言っても聞かないだろうし、さっさと終らせるか。
俺はミドリに言われた通りに二つ目の角を曲がった、車1台がやっと曲がれるような所にある1軒のアクセサリーショップが。
俺は隣にある駐車場に車を止めると、ミドリはサングラスを付けたまま出ていった、人質代わりか。
何で俺はミドリを待つような事をしたんだよ?素通りすれば一人で暇なままだったのに。
それともこうなる事を期待してたとか?馬鹿馬鹿しい、そんな事あり得るわけ無いだろ。
遅い、もう1時間近く経つ、ミドリは何をしてる?面倒だが見に行かないと更に面倒だ、仕方ないから行くか。
俺は車の鍵を閉め、隣のアクセサリーショップに向かった。
中は良く見える、ミドリはショーウィンドウの前で屈んだまま動かない。
俺は中に入りミドリに近付き、頭を鷲掴みにした。
「痛たたたたたた!何する!?」
「遅いんだよ」
ミドリは頭を押さえながら立ち上がった、顔は怒っていたが、俺を確認すると何故か顔が膨らんだ。
「早く帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何で?」
「この二つで悩んでるんだよ」
そこにはピアスが、羽をモチーフにしたやつとハートをモチーフにしたピアス、どっちも5千円でそこまで高くは無い、でもミドリは真剣にピアスと睨み合ってる。
「両方買ってやる」
「で、でも…………」
「いるのかいらないのかハッキリしろ」
「じゃあ半分出すから、割り勘で」
「論外だ」
俺は1万円を財布から取り出すと、ショーウィンドウの上に置いた。
「俺の見てる前で女に財布は出させない、そう言っただろ?」
「でも悪いって、何でも無いのに」
一々長いから嫌なんだよ、別に1万円くらいいつもチカにせびられてるから大した事は無い、小遣いとしてやった事は無いがな。
「じゃあ俺とミドリが出会って111日目の記念だ、それなら文句無いだろ?」
「そんな出鱈目信じるわけ無いだろ」
「じゃあ数えてみろ」
ミドリは携帯を取り出し、カレンダーを開いて必死に数えてる、俺はその間にピアス二つの会計を済ました。
ミドリの話から推測すると、行くのはココだけじゃないはず、それなら尚更早く終らしたい。
「本当だ!流石サイボーグ」
「誉め言葉として貰っとく、コレ持って次行くぞ」
俺はミドリの手の上にピアスを置くと店を出た、ミドリは走って出てくると俺の前まで走り回って来た。
「それでもまだ悪いって、私も何かさせろ」
「じゃあ体で払ってもらおうか?」
「えっ?う、嘘だろ?」
「嘘だ」
俺がミドリを追い越して歩き出すと、ミドリは背中をポコポコ叩きながら追って来た。
俺が車に乗ると、ミドリは助手席に乗り込み、シャツの胸ポケットに入れてた俺のサングラスを付けてうつ向いた、サングラスをしても顔が真っ赤なのはバレバレなんだけどな。
「次は何処に行くんだ?」
「…………ホテル」
「分かった」
俺がエンジンをふかしてハンドルを握ると、ミドリは必死に俺の腕を掴んで引っ張ってきた。
「う、嘘だよ!コウから一本取ろうと思って………」
「分かってる」
「何でいつもコウペースなんだよ?」
「今の俺はミドリのタクシーとして、振り回されてるけどな」
段々暇つぶしレベルにはなってきたから良しとするか、一人でドライブよりはましだろ。
ミドリといると不思議と飽きないし、ハヤといると無駄に疲れてある意味飽きない、どちらかといえばミドリのほうがましか。
俺は再びミドリのナビで車を走らせた、にしてもコイツのナビはあり得ないくらい下手、曲がり角を通り過ぎるのは当たり前、右と左を間違えるとかは有り得ないだろ?
「次はどうするんだ?」
「え〜と、…………あ!」
「今度は何だ?」
「通り過ぎた」
はぁ、コイツ笑ってるけどわざとやってるんじゃないよな?まぁミドリがわざと迷う理由も無いだろ、俺はタクシーなんだから。
俺は再び通りすぎた所に車を停めると、ミドリを見た、ミドリは何故か苦笑いを浮かべながら俺を見てる。
「ココじゃ無かった」
流石の俺でも付き合いきれない、どうやればココまで間違えられる?才能として前向きに捉えるしか無いだろ?
「まさかわざとじゃないよな?」
「え、え〜と、それは………」
「わざとだな?」
「ゴメン!本当にゴメン!」
ミドリは頭の上で手を合わした、まさか俺の推測が当たるとはな。
もうココまでくると怒る気も起きない、薄々感付いてて放っておいた俺も悪いしな。
「何でだ?」
「だって、終わったらコウは帰るだろ?」
「それはな、俺はミドリのタクシーだし」
「コウと少しでも長くいたかったんだよ」
ミドリのその赤らめた顔を見て、若干心拍数が上がった自分が不思議でならなかった。
まぁ俺も暇だし、ミドリも暇だろうから付き合ってやるか。
「今日は暇だから夜まで付き合ってやるよ」
「本当か!?」
「あぁ、これから遅めの昼でも食べに行くか?」
「行く!」
俺は知ってる店が近くにあるからそこに向けて車を走らせた、自分から女を誘うなんて、柄にも無いことしたな。
近くにある洋食料理屋、ハヤに無理矢理連れて来られた店だけど案外美味かった、ハヤ曰くココに女を連れて来る時は、その女を死んでも愛すと決めた女だけらしい、その無駄な決意の意味が分からないがな。
中に入ると人の量にビックリした、昼過ぎだというのに人で溢れかえってる、座れるのか?
「コウ!」
俺を呼ぶ男の声、この気の抜けたような声、俺が聞き間違えるわけがない、嫌というほど聞いた声だ。
「ハヤ?」
奥の方に座ってたのはココを教えてくれたハヤだ、俺はゆっくりと近寄ると、我が目を疑った、近寄るにつれ疑いは増す、ハヤの隣にはかなり綺麗な女性がいる。
「スゲー、コウが女連れてるよ」
「そんな事よりお前、ココに女を連れて来たって事は―――」
「四色さん?」
俺が言い切る前にミドリが俺の後ろから顔を出し、ハヤの前に座ってる青髪の女性に話しかけた。
にしてもハヤの(多分)好きな人、こんな綺麗な人がいるんだな、ミドリの知り合いとは思えない。
「あっ、ミドリちゃん?」
「やっぱり四色さんだ!」
ミドリは満面の笑みで青髪女性の隣に座った、俺も仕方なく、ハヤの隣に座ると、何故か青髪女性が引っかかった、何故だかは分からない、だけど何かがおかしい。
「コウ、四色さんはコウの妹の彼氏のお姉さんだぞ」
俺の妹はチカ、チカの彼氏は四色のガキ、そっか、だからさっきからミドリが『四色さん』って呼んでるのか。
「四色さん、コレは――」
「チカのお兄さんでしょ?」
「知ってるのか?」
「同じマンションだから何度かチカと一緒にいるのを見たから」
俺は全然知らなかった、それにミドリの扱いも心なしか粗雑だな。
多分ココにいる奴で気付いたのは俺くらいだろう、ハヤがやけに静かなのを、その理由は常に四色姉を見てるからだ。
「それで四色さんは何でココにいるんだ?」
「ハヤさんに誘われて……」
ミドリはハヤを見ると固まった、ミドリの奴、もしかしてハヤの存在に今気付いたのか?それに近寄って見すぎだ。
「も、もしかしてあの蘭葉夜!?」
「多分そのもしかしてだね、貴方はコウの彼女さん?」
「か、彼女!?」
ミドリは顔を真っ赤にして驚いてる、それにミドリでもハヤの事を知ってるをだな、俺もテレビで何度かハヤを見たけど、あの気取った感じに腹を抱えて笑ったな。
「歳は一緒だが上司だ」
「へぇ、コウが女連れてるなんて珍しいね」
「お前に言われたくない」
「何で?好きな人を食事に誘っちゃダメ?」
やっぱり、コイツが女の事を好きになるとはな、ハヤが外見だけで人を好きになるとは思えないし、四色のガキとは違って四色姉は立派な人なんだろうな。
「す、好きな人って、蘭葉夜が四色さんを?」
「そうだよ、ダメかな?」
「ダメじゃないけど、何か世界って狭いんだな」
俺からしてみればそこまで遠い関係でも無いと思う、まぁミドリからしてみればハヤはテレビの中の存在だもんな。
「それにしてもコウが女と二人でいるなんて、奇跡以外の何物でもないね」
「そうなの?コウって案外モテそうだけど………」
「モテるだけだよ、人が嫌いだからあんまり他人と関わらないんだよね、特に自分に積極的な人とかはね、俺はモテる上に人付き合いもばっちり、コウとは大違いだと思わない?」
ミドリが呆れてる、そりゃそうだろ、コイツの嘘を付けないのは最早病気だ、救い様の無いただの馬鹿だからな。
「まぁこんなだからエッチどころかキスもまだなんだよね」