蒼の喜び
カイとツバサがいなくなって大きな部屋には私だけ、マミコも島に帰っちゃったし、ハヤさんは仕事だよね?
………はぁ、私ハヤさんを考えるようになってる、みんなが言うように本当に私はハヤさんの事を好きになってるのかな?
あの時、私は樹々下君を諦めた、それはマミコが必死に見えたから、勘が鋭いマミコは私が恋出来ないのに気付いたんだと思う、それで私がユキに興味を示したから、マミコは一時樹々下君を諦めた。
まぁ私の好意も、伝える前に樹々下君がマミコに対する気持ちを、私に打ち明けたからフラレる前に終わったんだけどね、それがあったから私はマミコに樹々下君を譲れた。
ハヤさんに対する気持ちはまだ整理が出来てない、でも、ハヤさんを誰かに渡したくは無い、それが恋だと言うなら、私はハヤさんに恋してるんだと思う。
外に出る気がしなくて家でテレビを見てる時、机の上の携帯が震えた、あまりの音の大きさに私の心臓が騒いでるのを抑えながら、携帯を手に取った。
ディスプレイには知らない番号が、少し怖いけど友達だったら失礼よね?
「も、もしもし?」
『アオミちゃん?』
「どちら様?」
『私、………マミコ』
マミコ?マミコってあのマミコ?私の親友で、樹々下君が死んだせいで喋れなくなったあのマミコ?でも喋らないはず、あり得ない。
『私喋れるようになったよ』
「ほ、本当にマミコなの?」
『そうよ』
「本当の本当にマミコなの?」
『そうよ』
嘘だ、誰かが絶対に私に嘘を付いてる、もしかしてカナコ?でもカナコはこんなたちの悪いイタズラはしない、じゃあ誰?
「高1のミスコンの時にアピールタイムにした事は!?」
『私は歌、アオミちゃんは何もしなかった』
「体育祭で二人三脚の時転んだ理由は!?」
『アオミちゃんがユキ君の事を呼んで私の集中が切れたから』
「スリーサイズは!!?」
『私は96・60・88、アオミちゃんは人には87・56・81って言ってるけど、本当は80・59・91、オシリが大きいのを気にしてる!』
悔しい、マミコとカナコしか知らない事を知ってる、カナコの奴喋ったわね、カナコはケーキ一つ奢れば何で言う口軽女なのよね、紗早屋の‘クリームチーズケーキ’なら確実に言ってる、カナコを信じた私が甘かった。
「カナコに何ケーキ奢ったの?」
『奢って無いわよ、むしろアオミちゃんに‘カボチャとマロンのモンブラン’をご馳走したいくらい』
な、何でそんな事まで!?ずるいカナコは宿題を写す時にそれをだしにして来た、しかも絶対に誰にも教えないという徹底ぶり、宿題が私に殺到して自分が写せなくなる事を心配して、実際に写そうとするのはカナコだけだと思うんだけど。
カナコは紗早屋で、私とデートを目論む男子に私の弱点を聞かれた時も、ケーキの事だけは言わなかったらしい、他は殆ど暴露したのに(ちなみに、その時にカナコが男子に奢って貰ったケーキの総額は1万円、カナコ恐るべし)。
「何で知ってるの?カナコの口をどうやって割った?」
『じゃあこれは言いたく無かったんだけど、アオミちゃんはカイ君との同棲初日に夜這いをして、カイ君の唇を奪った』
ななな、何でその事まで!?マミコを心の底から信用してたから、ついうっかり言っちゃった事なのに、もしかして裏切ったのはカナコじゃなくてマミコの方!?
それにしても電話口が騒がしいな、男の人2人と女の人が1人、それに何故かマミコが慌ててる。
『おいアオミ!どういう事だ!?』
「か、カイ!?」
私がカイの声を聞き間違える訳がない、色んなカイの声を録音してMP3に入れてるくらいだから。
おっと、このダークサイドは秘密だよ。
『アオミさん酷いですよ!アタシだけのカイだと思ってたのに』
「チカもいるの!?」
『ご、ゴメンねアオミちゃん、でもコレで信じてくれた?』
「わ、分かったわよ、仮にマミコが喋れたとしたら、それは何で?」
マミコは事細かに説明してくれた、樹々下君が神奈川の大磯で生きていた事、樹々下君が記憶を無くしていた事、カイとチカが大会を放棄して樹々下君と島に戻った事、そして、二人が声と記憶を同時に取り戻した事。
私はマミコの話を聞きながら泣いてた、これは心の底からの嬉し涙、外れた歯車がやっと戻った。
「よ、良かったね、マミコ」
『ありがとう、アオミちゃん』
「良かった、良がった、良がっだ」
『アオミちゃん、泣きすぎだよ』
私は笑顔になりながら号泣してた、とめどなく流れる涙、でも緩んだ顔は笑顔を作り出す、他人の事なのに最高に幸せ。
「こ、今度……、カナゴと一緒に、ケーギパーティー、……だよ?」
『良いわよ。
それで悪いんだけど、お兄ちゃん仕事中らしくて電話に出ないから、アオミちゃんが電話してくれない?お兄ちゃんアオミちゃんの電話だけは出るから』
「分かっだ」
『じゃあ、また帰ったら会いに行くから、バイバイ』
「ばいばい」
電話が切れた、私は泣き続けながら、携帯の電話帳でハヤさんの名前を捜す前に着信履歴を見た、殆どがハヤさんの名前、最近はクイックボタンのように使ってる。
『もしもしアオミ!?デートのお誘い?』
「は、ハヤざん、ま、マミコ、マミコが………」
泣いて上手く喋れない、本当にこんなに泣いたのは初めてかも、カイが電車に飛込んだ時より酷いよ。
『大丈夫アオミ!?』
いや、私の事じゃなくてマミコの事なのに、妹の名前が出て泣いてるのに私の事を心配するなんて、嬉しい半面薄情。
「ち、ちがくて、マミゴが」
『分かった!今行く待ってて!』
切れた、私とした事が焦るあまり今の状況で一番電話しちゃいけない相手だって事を忘れてた、でも、少し泣く場所が欲しかったとか思ってる、本当は私はハヤさんの事が好きなの?
20分位家で待ってると、インターホンが鳴った、私はゆっくり歩きながら玄関に向う。
そっと鍵を開けると、勢い良く扉が開いた、ハヤさんは息を切らしながら不安そうな目で私を見る。
「アオミ!」
ハヤさんの大きな体で私の体はすっぽり包まれた、私は拒む事も受け入れる事もせずになすがまま。
嫌ではない、でも応えるにはまだ気持ちが足りない、私の曖昧な気持ちがこんなところで露になった。
「ハヤさん、マミコが――」
「マミコに何かされたの?」
はぁ、妹より自分の好きな人重視か、嬉しいけどちょっとマミコが可哀想、マミコも慣れてるとは思うんだけど。
「違う、マミコが喋れるようになったの」
「…………………嘘?」
「本当よ」
ハヤさんは一人で何かブツブツ言ってる、本当に低くて小さい声だからよく分からない、でもハヤさんのこういう顔も好きかも。
「それは良かったね!」
「ハヤさんの妹の事よ、何でそんなに他人事なの?」
「だってアオミの方が大事なんだもん」
呆れた、でも世の中の女性が一番ハヤさんに言われたい言葉かもね、ここは有り難く受け取っておこう。
「マミコに電話してあげて」
「でも番号知らないよ」
「マミコはハヤさんに電話したって言ってたよ」
ハヤさんは携帯電話を取り出して、恐らく着信履歴を見てるんだと思う。
「もしかしてコレ?」
ハヤさんが見せて来た携帯の画面には、私の名前の下に番号が、登録してないから番号だけが表示されてる。
「そうよ」
「アドレスしか必要無かったから登録して無かったんだね」
ハヤさんは携帯に耳を当てた、私は玄関を離れてソファーに向うと、ハヤさんも話しながら着いて来た。
私は進路を変えてキッチンに向うと、ハヤさんの真剣な後ろ姿が、ドレッドにヘアバンドをして仕事をした後ってのが判る、その生活感があるハヤさんの後ろ姿に、2人だけというのもあり、少しドキドキしてる。
私はコーヒーを入れてミルクと砂糖を取り出した、ミルクは3つ、砂糖は小さじ1杯、3日に1回ペースで来てれば覚えるよね。
お盆に乗せて持って行き、テーブルの上にお盆を置くと、ハヤさんは私の手を掴んできて、そのまま引き寄せた。
多分ハヤさんも私と同じ気持ち、もしかしたらそれ以上かもしれない、私は握り返してあげると、ハヤさんは優しい顔になった。
暫く穏やかな感じで話した後、電話が終わった、ハヤさんは携帯を置くとその手でマグカップを掴み、口に運んだ、マグカップをテーブルに置くと、私を見て微笑む。
「良かったぁ!」
再びハヤさんに包まれた、本当に暖かい人、カイよりもマミコよりも樹々下君よりもツバサよりも、ずっと暖かい。
「でも何か情無いよな?」
「何で?」
「俺は毎日一緒にいたんだよ、それなのにユキは一瞬会っただけでマミコを治しちゃうんだもん、まぁ薄々感付いてたんだけどね、ユキしかいないって」
ハヤさんには悪いけど私もそう思ってた、マミコの世界は樹々下君中心に回ってる、多分それ以外は見てるようで見てない、だから樹々下君がいなくなる事はマミコの世界が崩れる事、埋める事が出来るのは私やカナコでなければ、ハヤさんでもない、ユキ君だけなんだ。
「俺にはアオミがいるから良いもん!」
更にキツく抱き締めてきた、私の心臓の音なのかハヤさんの心臓の音なのか分からない。
「こんな事ばっかりされてたら、みんなに怒られちゃうよ」
「みんなって?」
「ハヤさんのファン」
「ハハハ、アオミに害を与える奴は例えマミコでも許さないから」
本当にハヤさんならマミコにすら何かしそうだから怖い、今やハヤさんは道を歩けば誰もが振り返るくらいの人気、テレビとかに出てるハヤさんは少しクールで見ててくすぐったい、そんなハヤさんが私のためなら何でもやるって言ってる、それが私は怖い。
「俺、今あり得ないくらい恋してる、今ならマミコの気持ちも何となく判るんだ」
「でも私の心の整理はついてない、そんなんでハヤさんを受け入れる事は出来ないよ」
「気にしないよ、何年経っても何十年経っても良い、死ぬ前にアオミが俺の事を本気で‘好き’って言ってくれれば」
私は何でハヤさんに恋が出来ないんだろう、多分あの事が無ければ私はハヤさんと溺れるような恋が出来たと思う、他人から言わせれば些細な事だと言われるかもしれない、だけど私の人生を狂わしたのは間違いなくあの時の事。
「私が好きって言わなかったらどうするの?」
「俺の努力が足りなかったのかな?」
「私が他の人に恋したら?」
「それは無いよ、アオミが恋出来るようになったら俺以外は見えないもん」
悔しいけど確かにそうだと思う、今の私はハヤさんは許せても男の人は許せない、こんな良い人が目の前にいるのに好きになれない私が許せない。
「俺が初めて好きになったのがアオミだってのは知ってるよね?」
「うん、初めて付き合った時は断れなかったのよね?」
「そうだよ、俺って顔も良いしカリスマ性あるじゃん?」
普通自分では言わないよ、自慢とかそういう領域を越え過ぎてる、なんか清々しいくらいだよ。
「それに妹も完璧過ぎたんだよね、可愛いし性格良いし運動出来るし兄思いだし家庭的だし」
今度は妹自慢?それも嘘じゃないけど、本当に嘘が付けない人なんだな、多分高校時代は周りに女の子しかいなかったじゃない?男子は着いて行けないと思うもん。
「アオミみたいに可愛くて頭が良くて家庭的な女の子なんて今までいなかった」
それも聞いた、確かに嬉しいけど、私が家庭的になったのはカイのため、何もかも私よりも出来たカイに見放されないように頑張っただけ、だからそんな私を好きになってくれるハヤさんに申し訳ない。
「でもそれだけじゃ無いんだ、アオミを初めて見た時、可愛いとか云々じゃなくて運命を感じたんだ、その次に思ったのがなんて悲しい人なんだろう、笑ってるのに悲しそう、みんなでいるのに一人ぼっち、カイ君を欲してるようでカイ君にすがり付いてる、そんな悲しい心の奥が見えちゃったんだ。
その時から俺は決めた、死んでもこの人に愛されてみせる、何も考えずに笑わせてやる、ってね」
何でそこまで判るの?しかもハヤさんに言われるまで気付かなかった事もある、確かに私はカイにすがり付いてるだけかもしれない、でもそれは姉弟を無くしたく無いから、今はツバサがいるからまだましな方だと思う。
「それともう一つ、この言葉を言う最初で最後の人。
愛してるよ、アオミ」
私の目からは自然と涙が溢れ落ちた、多分ハヤさんはこの言葉を私にしか言った事が無いから、良くも悪くもハヤさんは嘘が付けない。
ハヤさんは私の事をそっと抱き締めてくれた、私の手は自然とハヤさんの背中に周り、ギュッと抱き締めてた。
ハヤさん、私もしかしたらハヤさんの事好きかも、でもね、私は小さな過去を引きずってる、まだ恋してた頃の傷を、だから怖い、また傷付くのが。