青と白と赤
目の前で笑顔で接客しながらレジを打ってるのは間違いなく、俺の義兄、チカの幼馴染み、樹々下雪。
真っ白の柔らかく逆立った髪の毛は耳が隠れるくらいに長くなってる、その他に変わった事は無い、その優しい笑顔も、力の抜けた独特な口調も、何も変わってない。
チカはユキの接客が終ると、俺の手を離してレジの所に走って行った、必死な顔で泣きそうなチカを見てユキは困った顔をする。
「何かお探しでぇ?」
「ユキ、アタシだよ、髪型変わったけどチカだよ」
「申し訳ありません、人違いじゃないですかぁ?」
ユキの困った顔、それを見てもまだ冗談と言える程軽い空気じゃない。
チカはその場に崩れ落ちた、俺は駆け寄ってしゃがみ、軽くチカの頭を撫でると、立ち上がってユキを見た。
「本当に俺らの事が分からない?」
「…………はい」
「じゃあ名前は?」
「清野白です」
清野白?まだ苗字は分かるけど、そのふざけた名前は何だよ、でもユキの顔は嘘を付いてるようには思えない、いや、仮にユキだとしても性格的に嘘は付かない、それだとしたらこの自称シロは大切な事も忘れてるのか?
「じゃあこの人は?」
俺は財布の中に入ってる一番大切な写真を見せた、それは俺とチカが高校に上がってすぐの時、俺とチカとマミ姉とユキで家の前で写真を撮った。
バラバラに写った写真は何枚もあるけど4人で写ったのはコレだけ。
「この黒髪の女の子、知ってる?」
ユキはその写真を見ると顔を歪めて頭を押さえた、ユキは顔を苦痛に歪めながら首を横に振った。
「じゃあその一番デかい白髪は?」
ユキは驚いた顔をして写真に釘付けになった、当然4人写ってるんだからユキもいるはず、俺らを知らないはずのユキがこの写真に写ってるのはおかしい。
「俺が写ってるぅ」
「最後に一つ聞いて良い?」
「良いですけどぉ」
「記憶無くしてるでしょ?」
ユキは苦笑いを浮かべて俺を見る、恐らく図星だろう、今までの反応は記憶を失ってなきゃ出来ない反応ばかり。
「もしかして君達は俺の事を知ってるのぉ?」
「知ってるも何も俺は義理の弟、ココで泣いてるのは幼馴染みなんだからな」
チカは涙を拭いて立ち上がり、俺の手を掴んでユキを見る、ユキは俺とチカを交互に見てから写真を見た。
「もう少しで終るから話したいんだけどぉ、暇あるぅ?」
「俺は大丈夫だよ」
「アタシも」
「じゃあ悪いけど待っててぇ」
俺とチカは店の外に出て隅の方に座った、チカはまだ静かに泣いてる、その間もずっと俺の手を握り震えてる。
確かにコンビニでバイトしてるのはユキだ、質問の内容と本人が認めた記憶喪失がその確固たる証拠、喋り方も小さな気配りも何も変わってない、記憶があるか無いかの差だ。
でもあのフェリーの事件で失ったモノは多すぎる、マミ姉の言葉、ユキの記憶、二人の時間、全てが俺やチカにとっては心苦しい現実、昔みたいに笑って4人で一日を過ごしたい、でも二人が元に戻らなきゃそれも叶わない。
「カイ、ユキは本当に記憶が無いの?」
「無いだろうな」
「ユキが嘘を付いてるって事は?」
「ユキが嘘を付けるか?仮に全てが嘘だとしても、急に俺らが現れて気丈にしてられる奴もいないだろ」
チカはまた目をうるませてきた、俺はチカの手を離して、チカの肩を掴んで引き寄せた、チカはしがみつきながら俺の肩で泣く。
俺の中でありとあらゆる可能性を考えても、ユキが記憶が無いのを前提で考えないと繋がらない。
生きてただけマシだけど、神様は何でユキとマミ姉をそんなに離したがる。
「カイ、ユキの記憶は戻るよな?」
「多分な、ユキはマミ姉の写真を見た時に頭を押さえてた、俺はそれが何かの兆しになればって考えてる」
「やだよ、ユキがマミ姉を憶えてないなんて信じたくない」
確信は持てないからチカには言わなかったけど、ユキの指にはマミ姉とのペアリングが填められてた、多分心の奥底にいるユキがそのリングを外そうとしないんだ、じゃなきゃあんな独特なモノを着けようとはしない。
「お待たせぇ」
見上げると柔らかい笑みを浮かべたユキがいる、チカは立ち上がりスカートの埃を払うと俺に手を差し出してきた、俺はその手を取り立ち上がる。
「家に来てよぉ、今居候させてもらってるおじさん紹介するからぁ」
「チカは明日試合だろ、大丈夫か?」
「ユキの方が大事だよ」
チカは俺の手を確り握ると二人でユキを見る、ユキは変わらない爽やかな笑顔で笑うと踵を返して歩き出した、俺はチカの手を引っ張ってユキの後ろを追う。
生暖かい風に揺れる白い髪の毛、前の髪の毛はいつも潮が付いててゴワゴワしてたのに、それに思い出でずっと短くしてた。
「髪の毛長いね」
「え〜とぉ……………」
「あ、ごめん自己紹介して無かったよな、俺はカイ、コイツはチカね」
「カイ君の方が長いよぉ」
「前のユキは短かったから」
ユキはふ〜んって言いながら髪を触った、ネコ毛なのは見てても分かる、ネコ毛は将来禿げるからユキは気にしてた。
「何かさぁ、短くされたく無いんだよねぇ、短くしたいんだけどぉ、何故だか美容師にやられたくは無いんだぁ、何でか分かるぅ?」
やっぱり、ユキは何も変わって無い、ユキは絶対にマミ姉以外に髪を切らせようとはしなかった、多分その名残で他人には短くされたく無いんだと思う。
「分かんないよ、ユキってよく分かんない奴だったから」
「そうなんだぁ………」
チカはビックリした顔で俺を見る、多分チカもユキが短く出来ない理由を分かったんだと思う。
俺はチカに目で合図を送ると何かを察してくれた、今のユキにはなるべく過去の情報は与えたくない、ユキの事だから気を使ってそれで嘘を付くはずだ。
「着いたよぉ」
そこはいたって普通の家、海に近いし見慣れた漁師の道具があるから多分漁師なんだろうな、少しずつ読めてきたかも。
「入って入ってぇ」
ユキは門を開けて家の扉を開けた、漁師ならこんな時間に起きてる訳無いよな、本当に迷惑じゃないのかな?
「ココにいてぇ、おじさんとおばさんを呼んで来るからぁ」
「漁師だろ?こんな遅くに呼んだら迷惑だよ」
「良く分かったねぇ、でもあと2時間もすれば起きてくるしぃ、俺もおじさん達も聞きたい事あると思うんだぁ」
そう言って居間を出ていった、今の時間は12時を回ってる、コガネとかには一応メールしたけど、帰ったら殴られるんだろうな、構えとかなきゃ。
暫くの間待ってると身長が高めの黒いおじさんと、小さな小太りのおばさんが居間に入ってきた。
俺らの前に二人は座るとユキはその間で仕切る形となった。
「とりあえずぅ、今お世話をしてくれてるおじさんとおばさん」
「「こんばんは」」
おじさんの方は豪快さは無いものの威厳が体から滲出てる、その隣の小さなおばさんが物凄く優しそうに見える。
「まずは俺達がコイツを見付けた事から話さなきゃいけないな」
意外にも最初に口を開いたのはおじさんの方だった、ユキは緊張感の欠片も無く笑みが止まない、記憶を無くす前からの疑問だな、ユキの笑顔は。
「俺が遅めの漁から帰って来るとき、普通じゃあり得ないが人が浮いてたんだ、半分は死体を引き上げるような気持ちで引き上げたら、そいつは水をちっとも飲んで無かったんだ、気を失って身体中の筋肉が緩んで長い間浮いていられたんだろう。
本人は記憶が無いし浮いていたのは海のど真ん中だ、俺達には子供がいたが自立してるからコイツを育てる事にした、その時にコイツの身元を証明するモノも名前が書いてあるモノも無かったから俺達は‘白’と呼んでる。
本当は記憶が戻るまで安静に暮らさせようとしたんだが、コイツがどうしても恩返しがしたいと勝手にバイトを始めた、金は全部俺達へくれると言ったんだが悪いから全て貯金してある。
それとコイツの事で分かるのは海が大好きな事だけだ、特にサーフィンは知り合いの元プロサーファーも太鼓判を押すくらいの腕前らしい、俺達が語れるのはコレくらいだ」
多分水を飲まなかったのはサーフィンをやってて波に呑まれた経験が何回もあるからだ、そんで性格的にユキがバイトをして恩返しをするのは必然だな、サーフィンをやったのは本能としか言いようが無いな。
「お二人がシロと呼んでるのは‘樹々下雪’っていいます、年は俺らの1個上の18歳、今度の10月で19歳になります、出身は島の育ちでサーフィンはその頃にココにいるチカと一緒にユキの親から教わりました。
ユキがいなくなったのはフェリーの事故で海に落ちたからです、そして行方不明のまま現在に至る訳です」
俺はユキの事について簡潔に話した、ユキやおじさん達には悪いけど、もっと重要な事は話せない、今のユキには荷が重すぎるし無理をしてほしく無いから。
その後、俺の事について聞かれたから俺とユキの関係について話した、当然、話が分かるように俺が親に捨てられたところから。
おばさんは軽く目に涙を溜めてる、流石のユキも笑顔を失った、でもユキのお陰で助かった事も入れてちゃんと補足しといた。
「シロ、お前はどうしたい?」
「う〜ん、やっぱり記憶が無いのは寂しいしぃ、このまま何も知らずに生きるのは厳しいやぁ、出来ればその俺が住んでた所に行きたいなぁ、もしかしたら何かしら記憶が戻るかもしれないからねぇ」
ユキは再び笑顔になって話し始めた、でもその笑顔とは裏腹にその言葉には明確な意志が感じられる、生半可な事や嘘を言わないユキがそこにいる。
「お二人さん、シロをよろしく頼んでも良いですか?」
「良いですけどおじさんやおばさんは良いんですか?2年も過した息子みたいなものですよね?」
「それなら良いのよ、私達は最初から覚悟は出来てるし、元からいない人なんだから」
始めて口を開いたおばさんの言葉は一言が重い、でもユキの事だから落ち着けばまたココに来るはず、誰よりも人と人との関係を大事にする奴だからな。
「じゃあシロを頼む」
「まぁフェリーがあるのは2日後なので、またその時に」
「いや、今からだ」
俺とチカは間抜けな顔でおじさんを見た、おじさんは立ち上がり威厳の塊みたいな表情で俺とチカを見る。
「準備が出来たらまたこの家に来てくれ、俺が船を出す」
「いやでも俺らは―――」
「カイ、行こう」
チカは俺の手を引っ張って真剣な目で俺を見る、いつもの俺なら『はい、そうですか、では行きましょう』とでも言ってるんだろうけど、今は大会中だぞ。
「でもそんな事したら」
「アタシはユキの方が大事、カイはユキよりもサッカーを取るの?」
「馬鹿、俺は行くけどチカは残れ、試合だろ?」
「今のままじゃそれどころじゃないよ、それに一回戦負けだし」
まぁ説得して分かるような相手じゃないのは分かってるんだけど、ここまで頑固だとは思わなかった。
でも二人して思いっきり怒られるんだろうな、サッカー部は幽霊顧問に近いから良いんだけど、バレー部の女顧問は怖いからな、大丈夫かチカ?
でも、今の俺とチカは誰かに言われたからって試合に出る事は無い、多分自分のためじゃない、ユキやマミ姉のために、それにやっぱりまた4人で笑いたいじゃん。