金の憂鬱
泣いて目を腫らしたクリコが俺の後ろをゆっくりと着いてくる、また俺の知らないところで大切な人が傷付いてた、ヒノのリストカット、クリコの…………。
俺はクリコを家に入れた、最初は遠慮してたけど半ば強引に押し込んだ感じで。
テーブルの横にちょこんと座ると俺は適当にジュースを出した、クリコは眺めるだけでジュースを飲もうとはしない、俺は正面に座って少しだけ麦茶を飲んだ。
「何で相談しなかったんだよ?」
「迷惑がかかっちゃうじゃないですか」
「どいつもこいつも、迷惑迷惑って、そうやって秘密にされて傷付かれるのが一番迷惑だ」
クリコは口に含む程度にジュースを飲んだ、俺ってそんなに頼りないのかよ、そりゃ俺とクリコは赤の他人だ、でも実の弟とクリコを天秤にかけたら間違いなくクリコを選ぶ、多分カイとクリコでも。
「五百蔵先輩がお兄さんみたいに優しいから、尚更話せなくて」
「あれが初めてじゃないだろ?」
「…………5回です」
「何で、何であんな事やったんだよ?」
「私から始めたんじゃ無いんです、最初は谷口先輩に無理矢理………、その時に写真を撮られて、それで脅されて………」
クリコは涙をポロポロ流して両手で顔を押さえた、何でクリコなんだよ、他の女なら良いって事じゃない、でも、何で頑張ってるクリコがこんな目にあってクソ女がうるさい声出して騒いでるんだよ。
「アイツが初めてだったのか?」
「ち、違います」
俺とした事が、なに最悪の事聞いてるんだよ、馬鹿じゃねぇの。
「ただいま」
「おかえり」
そういえばヒノは今日の練習は早く終わるとか言ってたな、ヒノはどんよりとしたこの空気を感じたらしい。
「いらっしゃい、リコちゃん」
こんな時に不謹慎だけどヒノの『ただいま』と『いらっしゃい』、こんな小さな日常の一言だけど俺の心をくすぐる。
「何があったの?」
ヒノは俺の隣に座って小さな声で聞いてきた、俺も小さな声で簡潔に話した、ヒノは少し辛そうな顔をしてクリコの事を見つめた。
「何でコガネを頼らなかったの?」
「迷惑だと思って」
「本当にそれだけ?」
ヒノの銀色の瞳は多分クリコのもっと深い所を見てるのかも、ヒノは嘘を見抜くのは直感的に冴えてる。
「こんな事があったら折角強い部活なのに大会に出れなくなりますし、谷口先輩はレギュラーじゃないですか」
「バ〜カ、別に谷口はレギュラー落ち決まってるし、生徒会はこれくらい揉み消すのなんて朝飯前なんだよ。
それに、そんなのお前が心配する事じゃないだろ」
クリコはまたボロボロと泣き始めた、ヒノはタオルを取ってそっと涙を拭ってあげると、クリコはヒノに抱きつきながら大きな声をあげて泣きだした。
「それに、お姉ちゃんがいたサッカー部を汚したく無かったんです」
「お姉ちゃん?」
「はい、私には5つ年上のお姉ちゃんがいたんですけど、お姉ちゃんも光ヶ丘サッカー部のマネージャーだったんです、お姉ちゃん毎日が楽しそうで私お姉ちゃんに憧れてて、それでサッカーの事頑張って勉強してマネージャーなったんです、それなのにこんな事してたのがバレて部内がメチャクチャになるのが嫌だったんです」
俺とヒノは目を合わせてアイコンタクトをとった、いくら馬鹿な俺でも分かる、クリコが抱えてるもんはこんな小さなガキには重すぎる。
「クリコ、そのお姉ちゃん、今どうしてんだ?」
「死んじゃいました、高校2年の最後に白血病にかかって、一年後に」
多分クリコはお姉ちゃんの見れなかった夢を見るタメに頑張ってたってのもあるんだろうな。
俺はクリコをマネージャーにしたのは間違って無かったのか?確かにクリコの願いではあった、でもクリコにこんな辛い思いをさせたのも俺がマネージャーにしたからだ、正直分かんねぇ、本当に俺はクリコを入れて良かったのか?
「コガネ、今後悔してたでしょ?」
「当たり前だろ」
「何でですか?」
「クリコをマネージャーにしたのは俺だ、でも俺がマネージャーにしなきゃ事は起こらなかったのに」
「五百蔵先輩のせいじゃありません、それに…………」
クリコは言葉を濁した、何か言おうとしてるけど言おうか言いまいか悩んでる、ヒノはクリコの頭を撫でながら慰めるように話させようとしてる。
「私のせいで大会に出れなくなったら………、この事が学校にバレたらサッカー部が………」
「そんな事より自分の心配をしろ、被害を受けるのはサッカー部よりクリコの方なんだぞ」
「私の体でサッカーが助かるな安いもんですよ」
バチン!
俺は身を乗り出してクリコの頬を叩いてた、クリコもヒノも叩いた俺もビックリしてる、でもあの一言は許せなかった。
「ゴメン、でも私なんかなんて言うな、誰かが苦しい思いをしてまで部を守るなんてしたくない、クリコが部を思う気持は痛いくらいに分かる、でも部を守るのと自分を犠牲にするのとは違う、クリコも胸を張ってサッカー部のマネージャーって言いたいだろ?」
クリコは静かに頷いた、俺も柄にも無くよく喋ってるな、自分でもビックリするくらいだ。
「サッカー部が俺だけのもんじゃないように、クリコの体を心配してるのは家族だけじゃないんだから、悩みがあったら俺に話してくれよ、俺に話し難い事ならヒノに話してくれて構わない、良いだろ?」
ヒノはすぐに頷いてくれた。
「だから悩みを溜め込むな、全国で優勝して思いっきり笑えるように、それにチビのタメにも、な?」
クリコは二回頷いた、俺は身を乗り出して頭をクシャクシャにすると笑ってみせた、クリコも満面とは行かないものの小さく笑う、今はそれでもいい、いつか悩む事なんて無くなって思いっきり笑ってくれる日がくれば。
「なんかすっかりお世話になっちゃいましたね、私これで帰ります、ありがとうございました!」
クリコは立ち上がり軽くお辞儀するとバッグを持って走って出ていった、バタンと扉の締まる音が聞こえると俺の力が一気に抜けた、心配から解き放たれた安堵か、心配で積もった疲労かは分からないけど、残ったのは空っぽになった心だけ。
俺はベッドに寄りかかるとヒノが寄って来て俺の手を握った、俺もヒノの暖かい手を握り返すと心も暖まる。
「コガネ初めて女の子の事叩いたでしょ?」
「当たり前だろ、親がコッチの心も痛むとか言うけど、本当にその通りだよ、カイに顔殴られたのより痛い」
ヒノはクスクス笑ってる、心の痛みがココまで苦しいとは思わなかった、喧嘩のほうが100倍楽だし、喧嘩ってこの痛みから逃れるタメにやる行為なのかも。
「カイも怒ってたわよ、コガネの名前を出した瞬間恐い顔して、イライラしてた」
「明日殺されるな、どう言い訳するかな」
「リコちゃんと浮気してたで良いんじゃない?」
「本当に殺されるって」
ヒノと声を出して笑った、ヒノはクリコの事でこうやって冗談言えるくらいになったんだ、仲直り当初は怖くて口に出せない言葉の一つだったのに。
「正直あの時のカイは怖かったな」
「あんな不純の塊みたいな人が?」
不純って、高校生の同棲の方がよっぽど不純だと思うんだけど。
「あれは鬼だね、俺でも手をつけられないくらいヤバかった、あれで理性が飛んだらカイは人を殺すかもな」
ヒノは笑って聞いてるけどこれはマジだ、多分チカちゃんが叩かれたらどんな理由であれ殺すまで殴り続けると思う。
クリコはそこまでしてサッカー部を守りたかったのか、こりゃ全国で優勝しなきゃクリコに示しがつかないな、そんでMVPと得点王を俺が取ってヒノの株もアップ、………俺は何で一人でこんな事考えてるんだろ、アホらしい。
「何一人でにやついて一人で凹んでるの?」
「将来設計と自己嫌悪」
「よく分かんないけど、コガネの将来に私はいるの?」
「当たり前だろ、最期まで傍らにいるのはヒノだけだ」
「私を置いて先に死ぬって事?」
「愛に溺れて一緒に死ぬ?」
「よく平気でそういう事言えるわね」
俺は自分で臭いセリフを言って自分で恥ずかしくなってきた、でもヒノは満足そうな顔で俺の真っ赤な横顔を見てる。
そのヒノの顔が徐々に近付いてきた、俺も徐々に近付き途中で目を瞑る、唇に柔らかいヒノの唇が当たった、少し長めのキス、でも俺にはかなり大きな幸せ。
「何でこんな口下手でシャイな男を好きになったの?」
「俺に聞くな、地味に凹むだろ」
「そうね、多分好きになったんじゃないんだよ、ずっと、最初から好きだったんだ」
それ良いかも、俺って運命とか信じるタイプだからそういうの好きかも。
俺とヒノが一緒にいる事が運命なら俺がヒノを守るのも運命なのかも、でもこの『好き』って感情は運命でもなんでもない、俺の無くしたくない宝物。