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銀と雷雨2

私の意識は一度無くなった、気付いた時にはトイレの個室で手首から血を流して座ってた、幸い制服に血は付いてない。

私は慣れた手付きで傷口に消毒液をかけてガーゼで止血した、その上から包帯をグルグルに巻いて袖を下ろす、剃刀は袋に入れてスカートのポケットにしまう。



これは私の誰にも知られちゃいけない秘密、知られたら皆に軽蔑される。

リストカットをしはじめたのは高校2年の3学期から、部活とかで上に立つ事も多くなり、コガネと会う時間も減った、チカやツバサと違って社交的じゃない私はストレスが溜っる一方、ある日気付いたら部屋にあった剃刀で手首を傷付けてた。

それから何かあるごとに手首を傷付けててる、手首が傷付けば心が癒えると思った、でも残るのは虚しさだけ、もう嫌なのに。




トイレから出るとカイがいた、私は横目で見て素通りしようと前を通った、でもすれ違い様にカイは私の少し痛む左腕を掴んで睨む、嫌な感じに心臓が動く、カイは案の定左の袖を捲る、授業中だから誰もいないけどカイには見られた。


「手首どうした?」

「昨日火傷しちゃって」

「赤いのにか?」

「切れてたんじゃない」


カイはさらに強く睨む、カイに嘘は通じないのは分かってる、でも建前だけは誤魔化しておきたい。


「じゃあ何でトイレで倒れてた?」

「女子トイレに入ったんだ、不純ね」


私の今の精一杯の強がり、もう完璧にバレてるけどそれじゃあダメなの、嘘でも隠さなきゃ。


「待ってても来ないからな」

「最低」


お願いカイ、早くどっか行って、私は自分の秘密を守るためなら嫌な女になるから、カイには嫌われたくないの。


「頼むよ、俺には言ってくれ」

「カイに言う必要はな―――」


私が言い終わる前にカイ抱きしめられてた、私は慌てて突き飛ばしてカイの頬を叩いた。

微動だにしないカイの手には剃刀の刃が入った袋が、私は奪い返そうとしたけど無理だった、カイは袋から血の付いた刃を取り出してチラつかせる。


「動かぬ証拠はっけ〜ん」


カイは不気味に口角を上げて笑った、その笑みは冷たく怖い。


「お願い、返して」


私はいつの間にか泣いてた、カイにバレた事じゃない、自分の惨めさに涙が出た。

カイは携帯を取り出してメールを打ってる。


「お願い!誰にも言わないで!」


カイは笑ってメールの文面を見せてくれた、その宛先は何故かコテツとチカの二人、私コガネにメールされるのとばかり思ってた。


《先生に捕まって雑用やるから適当に言い訳しといて、その後そのまま生徒会の仕事もやっちゃうから》




私の行動は完全にカイに握られた、カイは私を先導して向かいの校舎まで連れて行かれた、この校舎は特別な教室しかない、生徒会の会議室もこの校舎の4階にある。

でもカイは3階の一番端にある空き教室、カイは鍵を開けて中に私を入れた。


「ここなら誰も来ないから、この教室の使用権は生徒会にあるし、鍵はこれ一つだけ」


って事は私はカイの手中に納まったって事?カイだから安心できるけど、男と女が誰も来ない教室にいるって、不純。


「で、何で切ったんだ?」

「…………………」

「言わなきゃコガネに聞くまでだけど」

「言う、言うからコガネには黙ってて」


ダメだ、カイといると何もかもが見透かされてるみたい、でもカイだから話そうって気になれるのかも。


「ストレスで苦しくなって、いつも気付いたら切ってるの、本当に意識が無くなって、私は切りたくないんだよ」

「ストレスの原因はコガネなの?」

「違う、私が弱いから」


さっきから雨がうるさい、雷も鳴り始めて余計に心が寂しくなる。

カイはずっと私の目を優しく見つめてる、そのいつもと違う目に少なからずドキドキした。


「いつから?」

「高2の最後あたりから」

「そっかぁ、気付いてやれなくてゴメンな」


カイは私の頭に手を置いて優しく微笑んだ、カイは優しい、何でも分かってくれる、それなのにコガネは自分が傷つくのが怖いから優しいふりをしてる。


「何でコガネは気付かなかったんだよ」

「それは私が見せなかったから」

「でも俺は気付いただろ、あんだけおかしな行動が目立ってるのに、半同棲なのに何で気付かないんだよ」


確かに、でもカイの勘が良すぎるっていうのもあるし、だけどコガネは毎日私の事を見てた、ダメだ、カイと一緒にいるとコガネの悪いところばっかり見えてくる、カイが彼氏なら………、私は何を考えてるんだろ。


「ヒノリはどうなんだ?コガネの事をまだ好きなんだろ?」

「好きだよ、好きだけど酷いこと言っちゃったし」

「酷い事?」

「コガネは私の事を女として見てない、私はコガネの兄妹、って」


カイは苦笑いを浮かべながら右手を額に置いた、でもまだ否定しきれない、私はコガネの事を大好きだよ、でもコガネはどうか分からない。

本当に好きならあの時に無理にでも私の言葉を制止してほしかった、でもコガネは無言で悲しそうに私を見つめるだけ、図星としか考えられない。


「多分コガネは本気で傷付いたと思うよ」

「でも本当に私を女として好きなら否定してほしかった」

「否定とか言い訳の前にショックで喋れなかったんじゃないの?アイツ思ってる以上に弱いからさ」


確かにコガネは弱い、強がってるとか自分を隠してるとかじゃなくて、人が思ってるより傷付き易いって事だけ。

私そんな事も忘れてた、誰よりもコガネの事を知ってるつもりだったのに、何で私はコガネの事を考えてあげられなかったの?


「コガネ傷付いたよね?」

「ヒノリもだろ」

「私酷い事言っちゃったよね?」

「……………そうかもな」


私は取り返しのつかない事をした、世界で一番失っちゃいけない人を自分から手放したんだ、コガネも怒ってる、私もコガネも今は支えを失った。


「今から電話してみれば」


私は無言で頷いて携帯を取り出した、アドレス帳を開きコガネの電話番号を押す。


‘……………電波が届かない所にあるか、電源が入っ…………’


繋がらない、小さな事だけど今の私には凄く辛い事。

私の手から携帯は落ちてカイが携帯を取って耳を当てた、カイは通話を終了して私に携帯を渡そうとするけど、私は取る気力もない。

カイは自分の携帯を取り出して誰かにかけてる。


「………もしもし、チビ?……チビ子でも良いから教室に行ってヒノリのバッグとってきてくれない………悪いね、生徒会室にい―――」

「私帰りたくない」


カイは携帯を耳から離した。


「私今一人になったらまた切っちゃう」

「分かったよ…………悪いチビ、俺のもお願い………うん、頼んだよ」


カイはそのまま携帯を閉じて笑ってくれた。


「家まで送って行くよ」

「今日は着物の発表会で誰もいないの」


カイは頭を抱えて悩んでる、でもカイならどうにかしてくれる、そんな小さな希望が心の隅にあった。


「分かった、ヒノリが落ち着くまで一緒にいてやるから」


私はその言葉を期待してた、カイは全てを分かってるし全てを包み込んでくれる。

たまに思う、カイがチカの彼氏じゃなくて、私にコガネがいなかったらって、私の心に巣くってるのはコガネだけじゃないのかも。


カイは一旦生徒会室に行ったあと二つのバッグと一つの傘を持って帰ってきた、そういえば外は雷雨なんだよね、でも傘は一つだけ。


「ちょっと足りないな」

「何で傘があるの?」

「置き傘、俺のだけっていうか、あえて一つしか持ってきてないんだけど、失敗だったな」


カイが言いたいのはチカと同じ傘で帰るため、頭が働くというか悪知恵が絶えないというか。

その時ほんの僅かチカからカイを奪えた優越感を味わえた、私は必死にその思いを振り払おうとするが、コガネのいない今の私をカイが異常な速度で侵蝕する、カイを好きになろうとする私をコガネを好きな私が激しく嫌悪してる。


「ヒノリ、早く帰ろう、少し雨も弱まったし」


私は頷いてカイの後ろを追った、お願いコガネ、早く声を聞かして、私が間違った道を選ばないうちに。



帰りは案の定一つの傘に私とカイが入る事になった、しかもそれほど大きくない傘だから私とカイの体は普通に当たる、コガネを好きな私がカイから離れようとしたけど、カイは私の腕を引っ張って自分に近付けた。


「濡れるぞ」


何でだろう、今の私はカイがいなくなるとダメになりそうなのに、カイに優しくされてもダメになりそう、私って最低の女だね。




家に着くと私はそんなに濡れてないけど、カイは体半分がびしょびしょになってる、そういうカイの優しさの一つ一つが私を苦しめる、ココでカイを帰せば楽になれるかもしれない、でもまた手首を切ってると思う。


「カイ、お風呂に入ってくれば?服は兄さんの借りれば良いから」

「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ」


私はカイを残して兄さんの部屋に入った、兄さんの外見とは正反対に無駄に綺麗に整った部屋、私は服と下着を取り出すと兄さんの部屋を出た。

出たけど今度は何故か私の部屋が開いてる、私の部屋を覗くカイがいた、カイはコルクボードに貼ってある写真見てる。


「ゴメン、勝手に入っちゃった」

「見られて困るモノは無いから」

「全部コガネとの写真だな」


コルクボードにはコガネと撮った写真だけを貼ってる、コガネは家には来ないからコレを見られる事は無い、多分コレを始めたのも中2の事件以来だな。


「へぇ、コガネにもこんなに可愛い時期があったんだ」


カイが見てるのは小学校1年生の頃のコガネ、真っ白な肌に透き通るような金色の肌、小学校の稲刈りで私と二人で泥まみれになりながら笑ってる写真。


「でもある期間の写真は笑ってないな」

「多分小学校6年から中学生3年までの4年間だと思う」

「何でその期間なの?」

「親に捨てられてからカイ達に会うまでだよ」


でもそうなると私はコガネになにも出来てない、コガネの笑顔を作ってるのは私じゃない、やっぱり私じゃダメなのかな?


「でもどの顔も穏やかな表情してるな、ほら、この卒業アルバムとは大違い」


カイは私に私達の中学校の卒業アルバムのコガネを見せてきた、ってかおかしいよね。


「何でカイがそれを持ってるの?」

「さっき見せてもらった」


いつの間に、それよりも卒業アルバムのコガネ、どれもムスッとしてる、でもコルクボードのコガネはどれも優しい顔をしてる、カイの言う通りかも、私はこの優しい顔しか見たこと無かったから分からなかったけど、コガネって私の前ではこんな良い顔してたんだ。


「俺達の前でもこんな顔しないぞ」

「そうなんだ」

「わがままも程々にな、これ見れば分かるだろ?

それに、ヒノリも良い顔してるよ、明日ちゃんと話せよ」


カイは私の手から着替えを取って降りて行った、一人だけになった部屋で私はコガネの写真を見た、高校入ってからの写真は笑ってる、皆で写ってる写真は満面の笑みだけど、私と写ってるのは優しい笑み。

でもコガネはまたこうやって笑ってくれるかな?

もう兄妹でも良い、大事にされるだけでも良い、だから私の側にいてほしい、何でこんなに好きなのにあんなに酷い事言っちゃったの?

多分コガネがいなくなる辛さを考えられなかったからだ、完璧な愛を求める方が間違ってる、私が妥協してずっとコガネと一緒にいれればそれで良い。




カイは雨が酷いから少し待ってから帰るらしい、でもこの雨は止むのかな?さっきから窓を物凄い強さで叩いてる、湿気か何かは分からないけど傷口が痛む。


「痛むのか?」

「少しね」

「コガネが知ったらどうなるんだろうな?」

「分からない」


どうなるんだろ?コガネは私の前で弱い部分を見せないようにしてる、だからコガネがショックを受けた時なんて想像が出来ない。


「いつかは打ち明けろよ、コガネならショックを受けても受け止めてくれるから」

「なんかカイの方が私よりコガネの事を知ってるね」

「ヒノリの知らない面を知ってるだけだよ、俺が知らない事の方が多いし」


今までコガネの事を分かろうとしなかった、分かってるつもりになってたんだ、だからあんな酷い事を平気で言えた、私はコガネに自分のエゴを押し付けるだけでコガネを分かろうとしなかった。



コガネ、私の事を嫌いにならないで、私はまだまだコガネの事を知らない、これから傷付けるかもしれない、でも、私にしか出来ない事もあるはず。

私はコガネの居場所になりたい。

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