赤と雷雨
アタシ達、いや、学年全員が恐らく異変に気付いたと思う、少なくともアタシ達は全員気付いてる、朝からコガネとヒノリが一言も喋って無い事に。
普通なら挨拶を交して、10分休みくらいは話てる、だけど二人とも誰とも関わろうとしない、その重たく嫌な空気で二人に誰も関わろうとしない、アタシもその一人。
今はツバサとトイレにいる、ツバサが誘って来た、アタシはその理由が分かったから素直に着いて行った。
「ねぇ、ヒノノとコガネんどうしちゃったの?」
「アタシにも分かんない、でも何かヤバそう」
「もしかして別れちゃったの?」
「ツバサ!……それだけは言わないで」
そしてアタシ達の間を沈黙が支配する、ツバサは目に涙を溜めて震えてる、アタシ達の誰かが別れるってのは自分達の事のように悲しい、でも分かってても考えたくない。
「嫌だよ、コガネんもヒノノも僕達には大事な存在なのに、何でこんな事に………」
「とりあえずアタシ達に出来るのは見守る事だけ、喧嘩してるだけかもしれないし」
ツバサは黙ったまま何も言おうとしない、頬から伝った涙は無機質なタイルの床を濡らしてる。
「僕帰るよ」
「何で?」
「もう嫌だ、あんな二人見たくないよ」
「そう」
ツバサとそのままトイレを出た、教室に入りツバサが帰り支度をしてるとコガネがいない事に気付いた、バッグも無いところを見るともう帰ったんだ。
ツバサはコテツに心配されながら帰って行った、コテツは生徒会があるから帰れないらしい。
ツバサとコガネが帰ってからすぐ、外は大雨が降り出し雷雨と化した。
アタシとコガネは生徒会室で資料の整理をしてる、カイとヒノリは文化祭のポスターを貼りに校内を回ってる。
多分先に帰ると思う、アタシ達は遅くまでかかるしヒノリが心配だ、って言ってたし。
「コガネはんとヒノリはんはどないしたんやろな」
「そうだね、何だかんだ言いながら一番安定してたのにな」
「不安やな」
アタシ達二人の作業は全く進まない、雷は止んだけどまだ雨が酷い、窓を雨が叩いててうるさい、もう生徒会の仕事に集中出来る要素が何も無い。
「あぁもう!あかん!帰るで!」
「でも仕事が……」
「そんなんわいん家でやればええやろ、お好み焼き食いながらやろか?」
「でもお店に迷惑だし………」
「今日は親父は出掛けてていないんや、それにチカはんが暗い気持ちやとわいまで暗くなる、お好み焼き食って嫌な事忘れようや」
アタシはこれからやる事も無いしカイもいるかどうか分からないから帰る事にした、でも傘が無い、コテツは近いから何とかなるって言ってるけど、着替えも無いしびしょびしょになっちゃうよ。
案の定外の雨は酷かった、コテツもあまりの酷さにフリーズしてる、梅雨になりかけてる時期だけど、これは酷いでしょ。
「どうするの?」
「…………しゃあない!背中に乗れや!」
「えっ?」
「ホレ」
コテツはアタシの前でしゃがんだ、アタシはしょうがなくコテツの背中に乗った、カイよりも少し大きい背中、少し逞しいって思えちゃった。
「しっかり捕まってろ、とばすでぇ」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
コテツは物凄い速さで走りだした、ってかコテツって速いんだね、アタシが乗ってても重く無いのかな?
コテツの家に着いた時には二人ともびしょびしょになってた、下着までびしょびしょ、最悪、何か気持悪いよ。
「びしょびしょやなぁ、服はあるけど下着は無いで」
「分かってるよ、ある方が問題あるって」
「風呂入ってきたら?乾燥機があるしすぐに乾くで、着替えは置いとくし」
「じゃあお言葉に甘えて」
アタシはコテツに案内されてお風呂にいった、何か男の人の家でお風呂に入るのに後ろめたさを感じるのはアタシだけ?変な妄想ばっかり先走ってる。
お風呂にはゆっくり入る事にした、体を温めながら汚れや嫌な事を洗い流そうと、でも一人でいるとコガネとヒノリの事を考えちゃう、多分コテツといる時だけが一番何も考えずに済む、コテツは悩みとか嫌な事を簡単に払拭してくれるような不思議な人。
乾燥機の終了を知らせる電子音を聞いてアタシはお風呂を出た、台にはTシャツとハーフパンツが置いてある、Tシャツはコテツのだけどハーフパンツは女の子用の、ツバサのかな?
乾燥機は一番早いのにしたからパンツは乾いたけどブラは乾いてない。
「…………どうしよう」
試しにTシャツだけを着てみた、厚手だから多少は隠せるけど、ジッと見ると分かるかも、でも濡れた下着を着けるよりはましと考えたアタシはノーブラで出た、顔が真っ赤なのは恥ずかしさから。
アタシは廊下の窓から外を見たけど真っ暗で雨の音しか聞こえない、アタシはぼーっと外を眺めてると強い閃光と共に爆発のような雷が近くに落ちた。
「キャー!」
その瞬間家は真っ暗になってアタシはその場に崩れた、本当に真っ暗で何も見えない。
アタシがその場で頭を抱えて震えてると顔に灯りが当たる、灯りの方を見ると懐中電灯を持ったコテツがいた。
「ブレーカーが落ちただけやろ、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ、ない」
「こないな事で泣くな」
コテツはアタシの頭に手を置いてくれた、アタシ泣いてたんだ。
廊下に一人で取り残されるのも嫌だからコテツの腕にしがみつきながらブレーカーを目指した。
ブレーカーは洗面所にあってコテツは一気にブレーカーを上げた、その瞬間電気が家中を明るくする、最初に目に入ったのはコテツの満面の笑み。
「さて、お好み焼き食うで」
「う、うん」
「そんな渋った顔してたら可愛い顔が台無しやで」
「か、可愛い!?」
アタシは声が裏返ってた、そりゃそうだよ、カイには当たり前のように言われてるけどコテツからその言葉が聞けるなんて、かなり意外。
「どないしたん?」
「コテツがアタシに可愛いって言った」
「そりゃ可愛い子には可愛いって言うに決まってるやろ、言わん方が嘘や」
コテツがモテる理由が分かった、この女の子を勘違いさせる言葉の数々、しかもどれも悪気は無く、しかも本気で言ってる、女の子なら普通に勘違いするよ。
「あと、ブラくらいつけろや」
アタシの顔がみるみるうちに熱くなるなが分かった、いつコテツにバレたの?ライト当てられた時?腕にしがみついた時?それとも今?
「答えはしがみついた時や」
「な、何でアタシが考えてる事が分かったの!?」
「何となくや、あれだけしがみついたら誰でも分かるやろ、泣いてるのに突き飛ばすのは可哀想やと思ったから黙っとったけど」
最悪だぁ、何でこんな簡単にバレるんだろ、カイなら笑ってやり過ごせるけど相手はコテツだよ、何もしないって分かってても…………。
「別に気にする事無いやろ」
「気にするよ!」
「ツバサなんてノーブラにTシャツに下は下着だけやで」
あり得ない、でもカイの前でも同じような格好をしてたかも、姉妹揃って、アタシも脱がされかけたけどやっぱりそんな勇気は無かった、なのにツバサはコテツの前でも………、ツバサって絶対におかしいよ。
「こないな所でぼーっとしてたら湯冷めするで、はよお好み焼き食ってコウはんに来てもらおうや」
そうだね、コテツのお好み焼きを食べるのは久しぶりだなぁ、お好み焼きだけならカイのより美味しい、カイも大絶賛のお好み焼きを今はアタシが独り占め、何だか悪い事してる気分。
キッチンに行くと既に準備が出来て焼くだけの状態、コテツは油を敷いて手を近付けて温度を確かめてる、良しと一言言うとアタシにお好み焼きの生地が入ったボールを差し出した。
「ホレ」
「へっ?」
「焼いてみ、わいがサポートしてやるさかい」
「大丈夫かな?」
「大丈夫や、わいの言う通りにやればな」
アタシは息を飲んで構えた、とりあえずボールに入った生地を鉄板の上に流す、ジューという音がして異様に緊張した。
「そしたら3cmくらいの厚さになるまで丸く伸ばして、その時に押しすぎはダメやで」
「はい、先生」
アタシは細かい指導を受けながらやっと形を作れた、これだけで何か達成感に浸ってるアタシ、でもこれからが本番って事にまだ気付いてない。
コテツはとりあえず待てと言われたからぼーっと生地を眺めてる、コテツも同じように眺めてる。
「もう返し時やな」
「…………え?」
「だからお好み焼きをひっくり返すんや」
もしかしてあのクルッてやるやつ?あんなのまでアタシにやらせるの?出来るわけないだろ、ってかアタシがやったら大参事だよ。
「しゃあないなぁ、…………ホレ、行くでぇ」
コテツはアタシに覆い被さるようにヘラを持ったアタシを握った手を握った、これからお好み焼きを返す緊張とコテツに手を握られた緊張で顔が熱すぎる、顔でもお好み焼きが焼けるかも。
「せーの」
「キャッ!」
再びジューという音が鳴った、アタシは閉じてた目をゆっくり開けると綺麗に焼けたお好み焼きがある。
「凄〜い!」
「騒ぎすぎやで」
「だってホラ!引っくり返ってるんだよ!アタシがお好み焼きが引っくり返した、カイに自慢してやろ」
「じゃあ次は一人でやろか」
「次?」
「お好み焼きはもう一回返すんや」
今のアタシなら何だか出来る気がしてきた、ってかアタシなら出来るよ、絶対に才能があるって、始めてにして既にココまでのでき、天才だね。
「もうええで、頑張りや」
「行くよぉ」
アタシはヘラを下に入れて息を整えた、そして一気にひっくり返すと綺麗に鉄板に着地した。
「やったぁ!」
「上出来やな」
「ツバサもこんな楽しい事してるんだぁ、たまにはアタシも誘ってよ、邪魔しないからさぁ」
「そういえば焼き方教えたのはチカはんが始めてやな」
「………えっ」
「だからチカはんが始めての生徒や」
それって少しヤバくない、本当ならツバサが一番じゃなきゃいけないのに、少し罪悪感が、でもコテツはいたって普通なんだよね、大丈夫なのかな?
「ホレ、焼けたから食うで」
コテツはお好み焼きを4等分にしてソースと鰹節、青のりを付けた、アタシは割り箸で一口サイズに切って口に放り込む。
「おいひぃ!」
「当たり前やろ、わいの全面バックアップとチカはんの可愛さがあれば美味いに決まっとる」
「可愛いって言われるのは嬉しいけど、お好み焼きには関係ないだろ」
「気にしない気にしない」
コテツは別のほうで焼いてたお好み焼きをこっちに持って来た、それで今までと同じように切り分けてソースとかを付けた。
「これも食ってみ」
「何が違うの?」
「それは食べてからのお楽しみや」
アタシは渋々口に入れた、何かぷりぷりしたモノが色々入ってる、アタシ的には豚玉よりもこっちの方が好みかも。
「何これ?美味しい」
「ホンマか?」
「ホンマホンマ」
「新しいメニューの出来上がりやな」
「もしかしてアタシって毒味役?」
「ち、違うで、新作第1号の試食者や」
まぁ美味しいから許すか、でもコレは女の子に受けるかも。
「海鮮もんじゃからヒントを受けた海鮮玉やな、イカ玉はあるけどホタテやらカニからサーモンやら北海道の美味しい海の幸を混ぜてみたんや」
お好み焼きに関しては天才的なんだ、でも高そうなお好み焼き、コレって値段設定しだいじゃ大損だよ。
アタシとコテツがお好み焼きを食べてると携帯が歌い始めた、しかもコレは兄貴からのだ、何だろ。
《悪い、色々事情があって帰れない、悔しいけど四色を頼ってくれ》
兄貴帰れないんだ、アタシはコテツが気にしてたからコテツにメールを見せた。
その後すぐにカイにメールを送った。
《兄貴が帰れないからカイを頼れって言ったんだけど、無理だよね?》
アタシはメールを送って気付いた、これじゃあ家にいないのがバレバレだよ、まぁカイもコテツの家って言えば許してくれるよね。
カイからのメールはあっという間に帰って来た、カイは案の定家にいない事に気付いたらしい、それどころかコテツといることも分かってる、名探偵?
でもアタシはその次を読んで固まった。
《………、でも外は洪水だぞ》
…………洪水?
アタシは走って窓から外を見ると、街灯が何故か水面を照らしてる、アタシがパニックになってると後ろからコテツが来た。
「どないしたん?」
「雨がドバーって!道がビチャーって!水面がピカーって!」
アタシは気が動転して意味が分からない事を言ってた、コテツはアタシの頭を撫でて落ち着かせてくれた、そして外を見て頭を掻いてる。
「こりゃ帰れへんな」
「どうしよう、兄貴の車も無理だし」
「泊まっていけば?」
「へっ!?」
「別に何もせぇへんって、帰れへんなら泊まるしかないやろ、わいとじゃ嫌か?」
コテツは物凄く信じられるよ、多分カイが他の男の家に泊めるとしたら、一番信用出来るのはコテツだと思う、コガネは信用っていうか何も出来ない安心だろうな。
「しょうがないから泊まるけど、ツバサは許してくれるかな?」
「ツバサ大丈夫やって」
コテツはそう言って携帯の画面を見せてくれた。
《大丈夫だよぉ、チカチカを守ってあげてね》
ツバサ、アタシはツバサがカイの妹になっただけで嫉妬したのに、ツバサは大丈夫なの?それともコテツの人柄を信じたからのメール?
「ベッドは一つしか無いけどええよな?」
「ダメダメダメダメ!絶対にダメ!アタシは畳の上で毛布被って寝るから」
「冗談やって、チカはんはわいのベッドで寝といて、わいは畳に布団敷いて寝るさかいに」
アタシは安心した、コテツは信用出来るけどちょっかい出されそうで怖い、しかも度を過ぎたちょっかいを。
アタシはコテツの大きなベッドで寝かしてもらう事にした、ココでツバサとコテツ…………。
って変な事ばっかり考えてたら眠れなくなっちゃった、それだけじゃないんだけどね、さっきから雷がうるさいし何か不安で寝れない。
やっぱりコテツと同じ所で寝ようかな、泣きそうになって来たし、コテツは何もしないし怖いよりは良いよね。
「チカはん、大丈夫でっか?」
「コテツ!?」
「そやで、もうそろそろ怖くてわいの所に来るころかな?って思って、余計なお世話やった」
「……………こっちで寝て」
コテツは布団を担いで入って来た、カイは優しいし頼りになるしアタシの全てを埋めてくれる、コテツはアタシの事を分かってくれる、でもやっぱりカイだね。
「カイはんはヒノリはんと一緒にいるんやないか?」
「何でそうなるの?」
「当然二人は一緒に帰るやろ、カイはんの事やから放っておけないと思うんや。
それにカイはんならチカはんが助けを求めたら地球の核にいても助けに来るで、そんな奴がわいにチカはんを任したっちゅう事はそれなりに大丈夫な事があるっちゅう事やろ?」
確かにそうかも、でも今のヒノリはカイにしか任せられないかも、多分今もヒノリと一緒にいるんだ、悔しいけど今はカイしか出来ない。
「大丈夫やで、さっきカイはんから電話があってチカはんを任されてきた、何かあったら後ろめたさでそないな事はできひん、チカはんも信じてやり」
「うん、ありがとう」
いつの間にかコテツに頭を撫でられてた、雷の音もベッドの事もカイの事も、何もかもを忘れて安心出来る。
コテツって誰よりも人を良く知ってる、だからコテツに心を探られてるように感じるんだ、コテツは大きいよ。