2話 オレは認められる
「…これが…オレ?…」
その女子高生は、すらりと伸びた身体に豊満な胸、服の上からでもわかる美しい曲線美の肉付きをしている。髪はブロンドを少し暗くしたような明るい栗毛色の綺麗なふわふわの髪を、肩甲骨の下あたりまで伸ばしている。こういうのを『ゆるふわカール』なんて言うんだっけ…?そしてなんといってもこれ以上ないくらい美人だ。…いや、かわいいと言った方が正しいかな。身体とマッチしない少し幼い顔立ちがなんともエロティックな雰囲気を醸し出している。
「こんなことって…。」
なんて美声だ!
さっきは気が動転してて気づかなかったけど、めちゃくちゃかわいい声してる。まあ、今でも落ち着いたワケじゃないけど…。
オレはふと、着ている服に目をやった。…この制服、見たことある。…そうだ、この制服は確か、西綾女子高校の制服だ。西綾女子の制服は、全国どこにでもありそうな紺のセーラー服。リボンまで紺色なので、ただでさえ明るい髪が余計に目立ってしまっている。オレは胸ポケットに入っている生徒手帳を手に取った。胸に手が当たってドキドキする…。
「…桐山 葉月…?」
誰だろう。オレの新しい名前だろうか。
オレはそのことについてもう少し考えようと思ったが、台所から聞こえた母の言葉に、その考えは打ち消された。
「光ぅー!」
「はーい!」
オレは生徒手帳を胸ポケットに戻して、母のところに駆け寄った。母はだいぶ優しい顔でオレを見てくれているが、姉はまだオレを睨んでいる。
「光、お風呂入る?」
「え!?…そりゃあ、入るけど……!!?」
そうだ、もうオレの身体はいつものオレの身体ではないのだ。今のオレの身体は、完璧な女体だ。
「…あ、ど、どうしようかなー…。」
「入りなさいよ。帰ってきたとき息切れしてたし、走って帰ってきたんでしょ?体ベタベタしない?」
それはその通りだ。オレもできることなら入りたい。…でもこの身体じゃ…。それに姉は…
「お母さん本気!?なんでこんな他人をお風呂に入れるのよ!なにしでかすかわかったもんじゃないわよ!?」
なにもしでかさないよ…。それにしてもここまで拒絶されるとちょっと堪える。
「なに言ってるの明。どこからどう見ても光じゃない…。」
「はぁ!?どこからどう見ても光じゃないじゃない!!」
なんかケンカになりそうだ。オレは母が怒ってるのをあまり見たことはないけど、それでも一応止めに入る。
「あ、あの…。オレ、入んないから…。じゃあ…。」
四つの眼球がこちらを向く。姉は言葉を発した。
「どこ行くのよ。」
「え、オレの部屋だけど…。」
「はぁ!?あんたの部屋なんかあるワケないでしょ!?」
そう言うと姉は、オレの細い手首を掴み、オレを家の外へ追い出した。
ガチャ
鍵まで閉めやがった。…ううっ寒い。気温じゃない、心が…。
オレはその後何分か家の前で突っ立っていた。なんでオレは自分の家に入ることすら許されないんだろう…。
すると突然ドアが開き、オレは少々ビビりながらドアの方を見た。開けたのは母だった。
「光…ごめんね…明には少し叱っておいたから、入ってきて…。」
母が人を叱るなんて、オレは少し驚いた。
「…うん…。」
なんか姉に申し訳ない。姉は別に間違ったことを言っていたワケじゃないのに…。逆にあれぐらいで普通だと思う。でもずっと外にいるワケにもいかないので、オレはお言葉に甘えて入れてもらうことにした。…オレの家なんだけど…。
「光…お風呂入ったら?…」
「えっ…でも…。」
「明の言ってたコトなんて気にしなくていいのよ。見た目は光じゃなくても、言葉や動作を見れば光だってわかるわよ…。」
そんなトコまで見ててくれてたのか…。恥ずかしいけど、なんか嬉しい。…そういえば姉の姿が見当たらない…。ふてくされて自分の部屋に行ってしまったのだろうか。なんかかわいそうだ…。
「ホントにいいの?…」
「もちろんよ。なんでそんなこと聞くの?」
「ううん…。ありがとう…。」
オレは姉に悪いと思いながらも、洗面所へ行ってセーラー服を脱ぐことにした。
でも、ここで一つ問題が発生した。
セーラー服ってどうやって脱げばいいのかわからない…。ただ脱ぐだけだと思っていたけど、どうもそうじゃないみたいだ。それだといろいろ引っ掛かる。
試行錯誤の末、オレはサイドにあるファスナーを開くのと、襟と襟を繋ぐヒラヒラした布のボタンを外すという答えを導き出した。セーラー服を脱いで思う、女の子って大変なんだな…。男の学ランならこんなコトにはならない。セーラー服の下はTシャツだった。…そして…その下は…。
「ぶ、ブラジャー…。」
ドキドキが止まらない!…オレ、外していいんだろうか…?って!オレは一体服を脱ぐのに何分掛かってるんだ!いつもなら一瞬なのに…。決心したオレはそっと後ろのホックを外す。これもなかなか難しい…。
肩に掛かってたブラジャーのヒモがそっと両腕を滑り落ちる。それと同時に、二つの美しい丘が姿を表した。
「…綺麗…。」
オレは無意識の内にそう呟いていた。
形の整った豊満な乳房に、程よい大きさと形のピンク色の乳首…。これが本当にオレのものなのだろうか…?もしかすると夢なんじゃないだろうか…。それでも段々恥ずかしくなってくるので、これは夢ではないのだろう。
だとしたらなんでオレは女になってしまったのか…。考えてもなにもわからないので、オレは残りの衣服をすべて脱いで、さっさとお風呂に入ることにした。
下を脱ぐのは上ほど恥ずかしくはなかった。だって上は『ある』けど下は『ない』んだから。
湯船に浸かっていると洗面所の方に人影が見えた。そうかと思うといきなり扉が開いて裸の母がにっこり笑いながら入ってきた。
「ふえっ!?」
びっくりしすぎてヘンな声が出てしまった。
「お、お母さん…。なにやってるの?…」
オレは浴槽の隅に縮こまる。
「なにって、光の髪、洗ってあげようと思って…。」
「そ、そんな…!?自分の髪くらい自分で洗えるよ…。」
「なに言ってるの。光、女の子の髪洗ったことあるの?」
「…ないけど…。男の髪とどう違うの?…」
「違うわよ…。女の子の髪はね、いつも綺麗じゃなきゃいけないの…。光はいつもゴシゴシ洗って終わりでしょ?…」
オレは言い返す言葉が見つからなかった。母に無理矢理イスに座らされ、髪を洗われてるオレ…。母の裸なんて見たのはいつ以来だろうか…。昔とぜんぜん変わってない。歳をとっているのか不思議なくらいだ。
オレは急に恥ずかしくなって下を向く。顔赤くなってないかな…?幸いお風呂だから大丈夫のようだ。勃つモノも今はない。
その後母は体も洗ってくれた。湯けむりと変なシチュエーションのせいでよく覚えてないけど、妙に心地よかったのは頭にある。
お風呂から出るとそこには姉のものと思しき下着とパジャマが用意されていた。母が言うには、これをオレが穿いていいとのことだが、ただでさえ家に入れるのも、ましてやお風呂に入れるのなんて大反対していた姉なのに、自分の衣服を勝手に着られたら、オレは殺されるんじゃないだろうか…。
オレは結局、姉の服は着ずに台所に出た。台所といっても、リビングと同じ部屋にあるからリビングに出たと言った方が普通かもしれない。姉の服は着なかったが、さすがに女の子が素っ裸でいるのもはしたないので、体にバスタオルを巻いて行った。これも初めての経験だからヘンな感じだ。男は普通腰に巻くものだ。
案の定母は疑問を抱いたような顔をして…
「光?なんで服着てこなかったの。」
「…だって…。お姉ちゃん嫌がると思って…。」
オレは姉のことを『お姉ちゃん』と呼んでいる。高一の弟が呼ぶには子供っぽいかもしれないが、小さいときからこう呼んでいるので今さら変えられない。父と母も同様だ。無論、今のオレは弟ではなく妹なのかも知れないが…。
そういえば姉は?まだ部屋だろうか…。といっても、さっきまで部屋にいたという確証はないが…。
見ると姉はリビングでソファーに座ってテレビを見ていた。そして、オレと目を合わせないよう窓の方を見て恥ずかしそうにして言った。
「…別に…着てもいいわよ…。さっき光が言ってたこと思い出してみたら、家族しか知らないことばっかだったわ…。さっきは追い出したりしてごめん…。わたし、光を信じるから…。」
母は、『ねっ』とでも言うような感じでオレにウインクをしている。
オレは姉が信じてくれたことが嬉しくなって、姉に飛びつこうかと思ったがそれはやめておいた。
そんなコトをしたらせっかく得た信用もなくなってしまうかもしれないし、第一男のオレがそんなことをしたら、はっきりいって気持ち悪い。
何度も言うが、今のオレは女なんだけど…。
「お姉ちゃん…。ありがとう!!」
「別にいいわよ…。」
オレがルンルン気分で洗面所に行って服を着てこようと思っていると、二階から足音が聞こえた。
降りてきたのは父だった。なんだ、もう帰ってたのか。
父の名前は、山瀬 晴光。
オレの光という名前は、父の名前から一文字、姉の明は母の明美という名前から一文字とったものらしい。髪は黒髪で、清潔そうなショートヘアだ。43歳でサラリーマンをやっている。建設物の設計なんかをやっているらしいが、よくわからない。優しいけどしっかり者の良い父親だと思う。
「驚いたな…。ホントに女の子になってたなんて…。」
どうやらすでに話は聞いているようだ。
オレは少しホッとする。
父はオレの方に寄ってきて、頭の先から足の爪先までじっくり見ている。
「お…お父さん?は、恥ずかしいよ…。」
「あ、ああ…。ごめんごめん…。」
?オレは何を恥ずかしがっているのだろうか。
男が男に身体を見られて恥ずかしいだなんて…。オレってどうかしてる。
それでもオレは身体を包んでくれているバスタオルに感謝しながらそそくさと部屋を出た。
洗面所に行ってパンツを穿いてキャミソールを着る。なんでこんなにドキドキしてるんだろう…。
キャミソールはカップ付きのやつだ。なんでも寝るときに何も着けないと、バストの形が悪くなってしまうらしい。かといってブラジャーを着けると圧迫感と血行が悪くなるのが体にとってよくないとのこと。だから間をとってカップ付きキャミというワケだ。
『寝るときブラ』なんてのもあるらしい。色々あるんだな…。
よく見るとキャミソールだけ母のものだ。姉のでは入らないとふんだのか。今やオレの胸は、姉のものより遥かに大きい。
オレはパジャマを着て、髪を乾かした。
夕飯どき、話題はもちろんオレの身体のことだ。
母がオレに質問する。
「光、いつからその身体になったの?」
「…えっと…。オレ学校帰りに交通事故に遭って、多分それからなんだけど…。」
オレはたくあんを咀嚼しながら言う。
「交通事故に遭って女の子になったのか!まるで漫画の主人公だな!」
父はそう言って笑っているが、オレにとっちゃ笑い事じゃない。これからどう生きていけばいいのか。それに息子が事故に遭ったんだからもう少し心配してくれてもいいものだ。…まったく、母だけじゃなく父まで抜けてるところがある。あ、息子じゃなくて娘か…。うぅ…。
「交通事故って…。相手はどうしたの?」
姉は一応心配してくれているみたいだ。頭いいだけあって、こういうところはしっかりしてる。
「相手はわかんないけど、オレが信号見ずに渡ったのが原因だから…。」
「それでも損害賠償とれるわよ?」
「損害賠償って…。オレどうもなってないよ?…」
「女になったじゃない。」
「あ…。でもそれって対象内なのかなぁ…。第一そんなの信じてもらえないと思うんだけど…。」
オレたちはその後も色々話したが、事態は何一つ進展しなかった。まあ、目の前の女が自分たちの家族だとわかってもらえただけでも良しとする……か?
就寝前、オレは母の言葉で見ることができなかった生徒手帳の続きを見ていた。そこには、この女子高生の手がかりを知るには十分すぎるほどの情報が載っていた。
住所…。
なんでオレはもっと早く気づかなかったのだろうか。生徒手帳に住所が載っていることぐらい簡単に予想がつくはずなのに!
住所を見ると隣町のようだ。幸い明日は土曜日で学校は休みだし…行ってみるか…。オレの性転換の秘密を知る術はそれしかなさそうだ。
それにしても明日が平日じゃなくて本当に良かった。まあ、学校があっても休むしかないけど…。
考えてみると今日は、フられて女になって波瀾万丈の一日だった。オレはどっと疲れが出てきて、明日への期待と不安を抱きながらも、今日はもう寝ることにした。
自分でも驚くほど早く意識がなくなった。
オレは明日、この性転換の本当の意味を知ることになるとは、今のオレには知る由もなかった……。