7 過去
当時 猫と人間は、ほぼ同じ環境で生活していたんだ。
文化の違いこそあったけれど、人間の領域に猫が入り込んでも全く違和感は無い、そういう世界。
そんなとき、私は迷子になった子を見つけた。
10歳くらいの男の子だったかな、猫の一族の子だった。
でね、その子と一緒にお母さんを捜したんだ。
結局、その子がお母さんと再会できたのは日が暮れてからだったけど。
綺麗なお母さんだった。
人間の女性だったけど、息子の名前を何度も呼んで、いとおしそうに抱き締めていた。
それから半年も経たないころ、猫と人間の関係が悪化した。
理由は、猫の一族が、絶望的な食糧難に陥ったからだった。
猫は人間に助けを求めた。
でも人間は、彼らを救おうとはせず、ただ黙って見てるだけ。
それからだった。
猫の一族と人間は反発を始めた。
猫の一族の、滅亡の始まりだった。
両者の間で戦争が起きた。
人間が、猫の住む場所へ攻め込んで来たんだ。
私はすぐに、その戦場へ向かった。
猫の一族を殲滅するなんて――許せなかったから。
人間が一方的に悪いってわけでもないけど、何も殺すことないじゃない…
戦場に足を踏み入れると、そこには地獄が広がってた。
攻め込む人間たち、反発する猫の一族。
戦術に長けた一族とはいえ、人間の造り上げた銃器には負ける。
倒れる人の数は、圧倒的に猫が多かった。
私は駆ける。
聞こえはしないだろうけど、やめて、やめて、って、必死に叫んだ。
その時だった、私は、あの猫の子を見つけたんだ。迷子になった猫の一族の子。
その幼い少年に銃口を向ける人間がいた。
名前はタガミ、今の警察署長。
当時 特殊部隊の隊長を務めていて、猫の一族の殲滅に参加したと聞いた。
私はタガミに飛び付いて、叫んで、なんとかその子を守ろうとしたんだ。
そしたら、違う人間が、猫の子に銃口を向けていて――
一瞬の出来事だった。
気付けば、私の腕にはタガミの銃。倒れたのは、猫を狙った人間。
私はタガミから銃を奪って、猫を殺そうとする人間を、殺したんだ。
それから、その猫の子が結局どうなったのかはわからない。
私がタガミに取り押さえられている間に、誰かに撃たれて、死んでしまったかもしれない。
わからないんだ。
殲滅、戦争は終わった。
私は警察署長である父の手を借り、名前を変え、顔を変え、速やかに街を出た。
父がその後どうなったのかはわからない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当に酷い一日だった」
いつの間にか辺りは影で覆われていた。
鮮やかな紅い夕日が、2人の真上に射し込んできている。
「でもね、あんな事があっても、なんだかんだでこの街が大好きなんだ、私」
ウエキは紅い空を見上げた。
「だからね、戻って来ちゃった」
微笑むウエキの顔には、少しだけ、悲しみが混じっていた。
ノシロは、ただずっと黙っていた。
一言も言葉を発する事も無く、ウエキの横顔を、ただ眺める。
こいつの名は、本当はハギノと言うのか……。
とにかくウエキの言うことが、今は嘘だとは思えなかった。
冗談好きな奴だが、ウエキの表情を見ると、そうでは無いのだろう。
「お腹、空いたね」
突然ぽつり、とウエキが言った。
「…そうだな」
久しぶりに声を出したので、彼のそれは掠れたものになった。
「何か、買ってくるね」
そう言ってウエキは立ち上がると、路地を立ち去った。




