表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫の墓  作者: 石井春介
7/9

7 過去

 






当時 猫と人間は、ほぼ同じ環境で生活していたんだ。


文化の違いこそあったけれど、人間の領域に猫が入り込んでも全く違和感は無い、そういう世界。






そんなとき、私は迷子になった子を見つけた。


10歳くらいの男の子だったかな、猫の一族の子だった。





でね、その子と一緒にお母さんを捜したんだ。


結局、その子がお母さんと再会できたのは日が暮れてからだったけど。





綺麗なお母さんだった。


人間の女性だったけど、息子の名前を何度も呼んで、いとおしそうに抱き締めていた。









それから半年も経たないころ、猫と人間の関係が悪化した。



 

理由は、猫の一族が、絶望的な食糧難に陥ったからだった。






猫は人間に助けを求めた。

でも人間は、彼らを救おうとはせず、ただ黙って見てるだけ。






それからだった。


猫の一族と人間は反発を始めた。








猫の一族の、滅亡の始まりだった。



両者の間で戦争が起きた。

人間が、猫の住む場所へ攻め込んで来たんだ。








私はすぐに、その戦場へ向かった。



猫の一族を殲滅するなんて――許せなかったから。







人間が一方的に悪いってわけでもないけど、何も殺すことないじゃない…








戦場に足を踏み入れると、そこには地獄が広がってた。



攻め込む人間たち、反発する猫の一族。


 


戦術に長けた一族とはいえ、人間の造り上げた銃器には負ける。


倒れる人の数は、圧倒的に猫が多かった。






私は駆ける。


聞こえはしないだろうけど、やめて、やめて、って、必死に叫んだ。

 





その時だった、私は、あの猫の子を見つけたんだ。迷子になった猫の一族の子。







その幼い少年に銃口を向ける人間がいた。




名前はタガミ、今の警察署長。

当時 特殊部隊の隊長を務めていて、猫の一族の殲滅に参加したと聞いた。






私はタガミに飛び付いて、叫んで、なんとかその子を守ろうとしたんだ。




 

そしたら、違う人間が、猫の子に銃口を向けていて――










一瞬の出来事だった。


気付けば、私の腕にはタガミの銃。倒れたのは、猫を狙った人間。




私はタガミから銃を奪って、猫を殺そうとする人間を、殺したんだ。







それから、その猫の子が結局どうなったのかはわからない。



私がタガミに取り押さえられている間に、誰かに撃たれて、死んでしまったかもしれない。




わからないんだ。










殲滅、戦争は終わった。




私は警察署長である父の手を借り、名前を変え、顔を変え、速やかに街を出た。


父がその後どうなったのかはわからない。







◇  ◇  ◇  ◇  ◇






「本当に酷い一日だった」






いつの間にか辺りは影で覆われていた。


鮮やかな紅い夕日が、2人の真上に射し込んできている。






「でもね、あんな事があっても、なんだかんだでこの街が大好きなんだ、私」



ウエキは紅い空を見上げた。




「だからね、戻って来ちゃった」


微笑むウエキの顔には、少しだけ、悲しみが混じっていた。









ノシロは、ただずっと黙っていた。



一言も言葉を発する事も無く、ウエキの横顔を、ただ眺める。







こいつの名は、本当はハギノと言うのか……。





とにかくウエキの言うことが、今は嘘だとは思えなかった。



冗談好きな奴だが、ウエキの表情を見ると、そうでは無いのだろう。









「お腹、空いたね」



突然ぽつり、とウエキが言った。





「…そうだな」


久しぶりに声を出したので、彼のそれは掠れたものになった。






「何か、買ってくるね」


そう言ってウエキは立ち上がると、路地を立ち去った。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ