1 出会い
かつて、代々猫の血を引くという一族があった。
永峰一族と名乗るその一族は、人間の言葉を話し理解し、人間のように生き、そして人間と共存していた。
しかしある時、人間たちの手により、一族はたった一人を残して滅んだ。
――神よ、何故あの時、あの子の命を奪ってしまわなかったのだろう。
「雨だ」
彼女がそう呟く少し前から、小さな雨粒が、柔らかく二人を包んでいた。一人は女で、湿気のせいか、元々なのかはわからないが、栗色の髪が所々跳ねていた。もう一人は黒ずくめの男で、ぼろきれのようなマントを被っている。男はまるで女が存在していないかのように、自分の世界に浸っているように見えた。
この二人は、汚い路地裏に座り込んでいた。男のほうは場所相応、といった格好だが、女は清潔な格好をしていた。白い長袖のワンピースには、綺麗な刺繍が入っている。それが汚れるのも気にせず、女は尻を地面に乗せている。
「ねえ、私傘持ってるよ。入る?」
女が男の様子を伺うように言ったが、それは気を遣っていないように聞こえた。
「断る」
「あ、ひどい」
女は脆そうな折りたたみ傘を静かに広げると、もぞもぞと横に移動して、小さなそれに、彼と一緒に入り込んだ。
「なんのつもりだ」
「雨、嫌いでしょ」
「何故そう思う」
「だって君、猫なんでしょ?」
「……」
「わかってるもん」
傘がゆっくりとボツボツと音をたて始めた。これから本降りだ。空は黒に近い灰色に染まりかけていた。夕立、だろうか。傘からはみ出た二人の肩が黒くなっていく。
「名前、なんて言うの」
女が問うと、男はますますむっとした。
「人間なんかに、言いたくない」
「やっぱり君猫なんだ」
この路地では、人通りは少ない。ましてこの雨だ。男は周りを素早く見回すと、ぼそぼそと呟いた。
「永峰ノシロ」
「うん。私、ウエキ」
雨はやがて、本降りになった。




