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生まれつき耳が不自由な僕は、呪いのオルゴールを手に入れて、一人だけ無双します。  作者: 曖昧


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沈黙の勇者

 世界は音に満ちている──ただ僕だけを除いて。


 朝霧(あさぎり)の立ち込める訓練場に、笑い声が反響していた。剣の打ち合う音、鎧の擦れる音、そして嘲笑(ちょうしょう)の混じった叫び声。


 リオンは訓練用の人形相手に必死に木刀を振るっていたが、周囲の喧騒(けんそう)は一切耳に入らない。



「おい、そこの『サイレント』! いつまで素振りやってんだ? みんなもう実戦形式の練習だぞ」


 背後からかけられた声にリオンは振り返った。


 ボイスビジョンスキルのおかげで目の前に「テキスト」として現れる言葉を目にしてようやく状況を理解する。「ごめん」と口元だけで謝りながら訓練場の隅に移動した。


 十三歳の誕生日にスキルポイントが割り当てられたあの日から半年。平均的な若者が百ポイントを得る中で三十ポイントという結果は、「生きてきた価値がない」と公言されたようなものだった。


──半年前、スキル授与の儀式にて


 王都の大聖堂に集まった同年代の少年少女たち。白い祭壇に向かい、神官が一人一人の額に手を当てると光が灯る。その輝きの強さと色合いがスキルポイントの量を表すのだ。


「エリック・フォン・ヴァレンシュタイン。二百二十ポイント」


「ヒロイン・ベルゲンス。百五十ポイント」


 歓声と羨望(せんぼう)の目が次々と上がる中、ついに自分の番が来た。緊張で胸が高鳴る。きっと自分にも特別な才能があるはずだと信じて──


「リオン・ウィルコット……三十ポイント」


 大聖堂に静寂が訪れた。その後に続くのは嘲笑(ちょうしょう)と同情のざわめき。祭壇近くの掲示板には「最低記録更新」という文字が浮かび上がっていた。


──現在


 スキルポイントは少ないほど稀少で強力な能力を選ぶことができない。だからこそ選択には慎重にならねばならない。


 しかし、当時のリオンには明確な未来構想などなかった。単純に、唯一扱えそうな攻撃魔法「ファイヤーボール」と、見えない世界とのコミュニケーションツールとしての「ボイスビジョン」を選んだだけだった。


「ファイヤーボール!」


 訓練用の人形に向かって炎の球を放つ。着弾すると小さな爆発が起こり、木製の頭部が半分ほど吹き飛んだ。


 弱すぎる。初心者の冒険者でも倒せるゴブリンさえ危うい威力だ。


「やっぱりダメか……」


 拳を握り締めた瞬間、背後から重い足音が近づいてきた。


「おい、『サイレント』君。お前のその魔法、ちょっと見せてもらってもいいかな?」


 振り向くとそこには騎士学校の同級生であるエドガーが立っていた。周囲には取り巻きたちがニヤニヤと笑っている。


 彼らはボイスビジョンの特性を知っていて、わざと大きな声で話してくる。普通なら耳障りだろうが、リオンにとっては視界を埋め尽くす文章の嵐になる。


「ほら、やってみろよ。ゴブリンだって殺せない魔法をさ」


 再びファイヤーボールを放つ。今度はさらに威力不足で、人形の表面に焦げ跡をつけただけだった。


「ハッ、これじゃ虫けら狩りにも向かないな」


 エドガーたちの笑い声が目の前に飛び込んでくる。悔しさに顔が熱くなるが、反論することもできない。


「今日はここまでにしよう」


 彼らが去っていく姿をぼんやりと眺めながら、リオンは土埃の中で膝をついた。なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。この世に生まれたことが罪なのか。


──夕暮れ時、リオンは王都の路地裏を歩いていた。


 騎士学校の寮への帰り道だが、今日は寄り道する気分だった。明日からは四階層までの探索が許可される試験があり、今のままでは到底合格できない。


 通り沿いに古い建物があった。普段は閉鎖されているのに今日だけは扉が開いている。看板には「幻の品々のオークション」と書かれているのが見えた。


「こんなところで時間を潰しても仕方ないけど……」


 そう思いながらも何故か足が自然と吸い寄せられていく。暗い階段を降りていくにつれて、奇妙な懐かしさのような感覚が胸に広がった。


 受付で名前を告げると、老人が微笑みながら首を横に振った。


「君みたいな若い冒険者は珍しい。今回は特別なものばかりだからね」


 ボイスビジョンを通して老人の心遣いが伝わってくる。椅子に座って待っていると、やがて開始の鐘が鳴り響いた。音は聞こえないが、空気が震える感触は分かる。


 ステージ上に様々な商品が並べられていく。光る短剣、巨大な魔獣の骨、魔法の杖……どれも庶民の収入では到底手が出せない代物だ。


 ふと、壇上の片隅にある小さな箱が目に入った。他の宝物とは違って薄汚れている。司会者がそれを指差して語り始めた。


「さて、今回の目玉の一つ。これは……かつて滅びた古代文明の遺物です」


 司会者の声が途切れ途切れに映像化されていく。


「一度聞けば命を奪われる恐るべき呪われた楽器……所有者も含めすべての生物に等しく死を与える。その名も《破滅のオルゴール》」


 会場から失笑が漏れた。当然だろう。そんな危険なものが出品されるはずがない。しかし次の瞬間、司会者が付け加えた言葉に空気が凍りついた。


「完全防音空間以外では決して安全とは言えませんが、この街の地下深くにはそういう空間がありますので、実は研究目的での購入を希望する学者も多いのです」


 リオンの脳裏に閃きが走った。もし本当に聞こえなければどうなる? 自分のように耳が不自由な存在であれば、呪いの影響を免れない可能性もあるけれど……


「さて、まずは銀貨五枚から!」


 周囲の貴族や商人たちが互いに目配せをしている。明らかに関わりたくない品だということは明白だった。金額はなかなか上がらない。


「十枚!」

「十二枚!」

「十五枚だ!」


 リオンはポケットの中身を確かめた。先月の小遣いをほとんど使っていない。わずかながら貯めてあった硬貨が掌に転がる。十七枚。それ以上はない。


「三十枚!」


 突然の大声に会場がどよめいた。振り向くと、どこかの商家と思われる肥えた男が勝ち誇った表情でいる。


「他にいらっしゃいませんか?」

「います!」


 リオンは反射的に叫んでいた。声が出ないことを忘れていたために、実際には唇の動きで通訳が必要となるが、ボイスビジョンスキルのおかげで司会者にはちゃんと届いたらしい。


「なんと! 若き冒険者からの参戦ですね。いくらですか?」


「三……三十枚と五枚です!」


 即席で考え出した値段だった。これ以上の余裕はない。それでも、何かに突き動かされるように手を挙げ続けた。


 結局、その男は意外にも諦め、リオンが落札することになった。運営側が特設した個室で受け渡しをするとき、老商人は心配そうな顔で言った。


「坊主、本当によいのか? これを開けて聴いたら最後、この世におさらばしてしまうんだぞ?」


 リオンは小さく頷いた。


「使い道はあると思います」


 老人は苦笑しながら小さな鍵束を手渡してくれた。


「この箱を開ける鍵と、地下施設に入る鍵だ。くれぐれも注意してくれよ」


 リュックに包みを押し込むと、リオンの足取りは不思議と軽くなっていた。これがあれば何かを変えられるかもしれない──そんな予感と共に夜道を駆け抜けた。


「明日は……違う僕になろう」


 星明かりの下、小さな箱が微かに温もりを持っていることに気づいたリオンは、初めて自分の人生に希望を感じた気がした。

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