その⑤~ぼくの歌が届く場所~
芸能事務所「キャラランド」の練習生になって数日後、社長である椿さんから呼び出された。
「今日、キャラランドのスタッフの前で歌ってほしいです!」
「スタッフのみなさんの前で?」
「うん。翔太くんの歌をキャラランドのスタッフのみんなに聴かせたくて。」
それを聞いて、ぼくは少しだけ緊張した。
これまで、路地裏で歌ってきたぼくの声を、プロの目線で評価されることになる。
でも、逃げる訳にはいかない。歌を歌いたくてここに来たんだから。
「……わかりました。」
ぼくは深呼吸をして、キャラランドのレッスンスタジオへ向かった。
レッスンスタジオには、キャラランドのスタッフが数人集まっていた。
プロデューサーやマネージャーらしき人たち——。
そして、椿さんの横には、メガネをかけた黒猫のマスコットキャラクターも座っていた。
「よっ、新人くん。歌を歌うんでしょ? 楽しみだな!」
……そうだ、ここは"マスコットキャラクターの事務所"だった。
彼らは、この事務所の所属"タレント"なんだ。
「曲は何を歌います?」
椿さんが訊ねる。ぼくはスマホを取り出し、カラオケアプリを開いた。
「いつも歌ってる曲でいいですか?」
「うん、翔太くんの歌を聴かせて」
イントロが流れる。僕はゆっくりと目を閉じて、歌い出した。
歌っている間、周囲のことは何も気にならなかった。
ただ、自分の声と、メロディーと、歌詞だけを感じる。
何より、"歌うこと"が楽しい。
——ああ、やっぱりぼくは、歌が好きだ。
そう思いながら、最後の一音を響かせた。
静寂が訪れる。
ゆっくりと目を開けると、スタッフのみなさんが驚いた表情をしていた。
一人が小さく拍手をし、それが伝染するように、スタジオに拍手が広がった。
「とても……いいね…」
メガネをかけた黒猫のマスコットキャラクターが腕を組みながら頷く。
「耳に、そして心に響く声だ。」
「歌が"届く"声ですね。」
マネージャーらしき人も頷く。
「翔太くん、普段どんな練習してるの?」女性のスタッフが声を上げた。
「えっと……特に何も。普通に歌ってるだけです」
「普通に、ね……」
スタッフのみなさんが顔を見合わせる。
「歌うことが好きな気持ちが、ストレートに伝わるんだよなぁ」
黒猫のマスコットキャラクターが腕を組みながら言う。
「こういうのってさ、努力してどうにかなるもんじゃないんだよ。才能ってやつ?」
「……才能、ですか?」
「うん。でも、才能だけじゃだめだ。これからどう磨くかが大事!」
椿さんが優しく微笑む。
「翔太くんの歌は、すごく素直で、すごくまっすぐ。でも、それをもっと強く、もっと遠くまで届けられるようにしないと」
「……もっと、遠くへ」
「そのために、練習をして、経験を積んでいこう」
ぼくはゆっくりと頷いた。
「……わかりました。ぼく、もっと歌えるようになります」
もっと上手くなりたい。もっとたくさんの人に届けたい。
そう思った瞬間——ぼくの中で、何かが動き出した気がした。
後から知ったけど、メガネをかけたあの黒い猫は、事務所に所属しているマスコットキャラクターさんではなく、猫太Pさんというキャラランドのプロデューサーさんだった。
芸能の世界は謎が多い・・・




