その③~はじめてのキャラランド~
ぼくが初めて芸能事務所「キャラランド」に足を踏み入れたのは、あの雨上がりの夕暮れから数日後のことだった。
「じゃあ、一度うちの事務所に遊びに来てみませんか?」
都内の裏路地で歌っていたぼくに声をかけたのは、キャラランドの社長——稗田椿さん。
歌うことが好きなだけで、芸能界なんて無縁だと思っていたぼくに、彼女は「可能性がある」と言ってくれた。
「可能性」なんて大げさだと思ったけど……なんとなく、椿さんの言葉を無視できなかった。
それに、"マスコットキャラクター専門の事務所"ってどんな場所なんだろう?
興味がなかったわけじゃない。
だから、ぼくはキャラランドに行ってみることにした。
「……おじゃまします」
キャラランドの事務所に足を踏み入れた瞬間、ぼくは目を疑った。
「おっ、新人さんやん! いらっしゃーい!」
元気よく迎えてくれたのは、可愛らしいうさぎ!!ふわふわのクマ
……いや、着ぐるみじゃない。本物のうさぎとクマのマスコットキャラクターだ。
「ふふ、新しい子? まあ、ゆっくりしていって」
ソファに座っていた猫のマスコットキャラクターが優雅に足を組んで微笑む。
奥ではカメが電話対応をしている。
「……これ、どういうことですか?」
「驚いた?」
椿さんが楽しそうに笑う。
「うちのマスコットキャラクターたちはね、着ぐるみじゃない!ホンモノ!!彼ら自身がキャラランドのタレントなの」
うさぎと猫とカメが普通に会話して、仕事をしている。
「ファンタジーすぎません?」
「ふふ、慣れれば日常になるよ」
ぼくは慣れる気がしなかったけど、彼らの瞳の輝きを見て、少しだけ納得した。
"芸能界"って、やっぱり普通の世界とは違うんだ。
「レッスンスタジオも見てみる?」
椿さんに案内され、ぼくはレッスン用のスタジオへと足を踏み入れた。
鏡張りの部屋、備え付けのスピーカー、マイクスタンド。
……ああ、すごいな。
「歌ってみる?」
その言葉に、ぼくはスマホを取り出した。
、カラオケアプリを開いた。
流し込まれるイントロ。
ぼくは迷わず歌い出す。
——気づけば、夢中になっていた。
歌い終わると、スタジオには静寂が広がっていた。
椿さんは目を細めて、じっとぼくを見つめている。
「やっぱり、いいです! 翔太くんの歌、本当に歌うことが好きなんだね」
「……まあ、はい」
「それなら、うちで本格的に練習してみない?」と椿さんが淀みなく言った。
「……え?」
「翔太くんを、キャラランドの練習生として迎えたいの」
練習生——。
「いや、ぼく、歌手になりたいわけじゃ……」
「うん。でも、たくさんの人の前で歌いたいんでしょ?」
その言葉に、ぼくは息をのんだ。
たくさんの人の前で歌う——それは確かに、ぼくが求めていたものだった。
「……練習生になったら、もっと歌える?」
「もちろん。何万人のお客さんの前で歌うことありえる!!」」
「何万人・・・」
たくさんの人にぼくの歌を——。
マイクを握りしめ、ぼくはゆっくりと口を開いた。
「……わかりました。ぼく、ここで歌の練習がしたいです」
「キャラランドの練習生に僕はなります!!」
こうして、ぼくはキャラランドの練習生になることを決心した。




