その②~椿さんとぼくの路地裏の出会い~
都内の繁華街、雨上がりの夕暮れ。
濡れたアスファルトが街灯を反射し、幻想的な光を放っている。
その日、稗田椿は仕事の打ち合わせを終え、人気の少ない裏路地を急いでいた。
キャラランドを再興するために動き回る日々。
「どうすればキャラランドを盛り上げることができるんだろう…!?」
考え込んだその瞬間、路地の先から聴こえててきたのは——歌声だった。
澄んだ声が、湿った空気を震わせる。
——心の中え響くな、この声……
思わず足を止めた。
店の軒先、制服姿の少年が一人、スマホを手に歌っていた。
画面にはカラオケアプリ。イヤホンを片耳につけて、伴奏に合わせながら歌っている。
まるで、誰にも聞かれることを想定していないように。
けれど、その声には強い熱があった。
ただ楽しんでいるのではない——まるで、歌うこと自体が生きる証のように。
気づけば、椿は足を向けていた。
「……すごいね!」
少年が歌うのをやめ、驚いたように顔を上げる。
「えっ……?」
「ごめんね、驚かせちゃった? でも、思わず聞き入っちゃって」
「あ……いや」
少年は少し困ったように目を伏せた後、ふっと笑った。
「僕、歌が、歌うことが好きなんです」
「うん、すごく伝わってきた!声も素敵だし、何より……気持ちがこもってた!!」
「……!」
少年の表情が、一瞬揺れる。
「もしかして……誰かに聴かせるために歌ってた?」
「……えっと」
少年は少し考えた後、ゆっくりと答えた。
「誰か、っていうか……自分のため、かな」
「自分のため?」
「はい。自分の奥にいる自分に歌っているというか、会話しているというか。……うまく言えないけど……」
言葉に詰まる少年。
それでも、椿には伝わるものがあった。
——ああ、この子は歌うことで生きてるんだ。
椿は確信した。
「……ねえ、名前、聞いてもいい?」
「……佐藤翔太です」
「翔太くん。歌、もっとたくさんの人に聞かせたくない?」
「……え?」
「私、キャラランドっていう芸能事務所をやってるの。」
一拍、置いて——
「よかったら、一度、うちに遊びにこない?小さいけどスタジオがあるの!」
翔太の目が、驚きに見開かれる。
「——え、スタジオですか……!?」
「うん!」
「翔太くんの歌、すごくいいと思う。でも、それを今は自分のためにしか歌っていない」
「……」
「もっとたくさんの人に届いたらどうなると思う?」
「……」
「きっと、誰かの心を動かせる。私、そんな翔太くんの歌が聴きたい!!!」
椿の瞳は、真剣だった。
しばらく沈黙した後——翔太は、息を呑んだように拳を握る。
「……事務所にお邪魔していいですか?」
「もちろん!!たくさんの人に翔太くんの歌が届けられるよう一緒に考えよう!」
「……」
翔太は一瞬、足元を見たあと——ゆっくりと顔を上げた。
「はい。……僕、たくさんの人のために歌いたいです!」
その瞬間、椿は満面の笑みを浮かべた。
「決まりね!」
「あっ、歌手、アイドル・・・マスコットキャラクター以外の展開もあるかも」
こうして、偶然の出会いから、キャラランドの芸能事務所としての新しい道が始まろうとしていた——。




