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波奈子と涼子

作者: 39-Rock
掲載日:2025/12/07

窓からは海が見える。

そんなに近いわけではないが

5cmほどもそれを開けると

潮の香りと、幾分べたついた海風を

存分に感じられる。


波奈子がここに移って来て5年。

都会の喧騒に嫌気がさし

人の流れの息苦しさから解放されたい。

理由はそれだけだった。


石渡 波奈子 49歳。

東京でOLをしていた波奈子は

管理職まで上り詰め

充分な収入とやりがいも多少はあった。

でも

昔からこの性格が急ハンドルを切らせる。


「ああ、ダメだ・・」


と思うと、もうだめなのだ。

彼女の心のメーターが

一気に0デシベルまで落ちる。


しかし

後悔しないのもこの性格のおかげ。

振り返るという事をほぼしない。


「終わった事!」


それも彼女のチャームポイントと言える。


高知県の室戸岬に近い小さな村。

築65年のこの海沿いの家を

波奈子は400万円で買った。

初見したときは


「うわっ!最悪・・」


と思ったのに、3日後に契約。

初回の内覧日は雨だった。

が、2回目は快晴。

その時、窓から見た海が決定打となった。


「これだ!!!」


先の「最悪・・。」はもう過去の物なのだ。

まさに波奈子流なのである。


問題は。

東京時代の波奈子は

有に月収は50万円を超えていた。

しかし。

この土地にそんな職業などない。

探しに探して徒歩35分の

「フレッシュヤマダ」のレジ打ちに決めた。

決定動機などというお題目はない。

それしか求人がない。単純明快。

月収は・・・・18万円・・・。


「暮らせんなぁ・・・。」


でも、全然気にしない。

そこは急ハンドル女の強みだ。

50万円の事など

90度コーナーの彼方に置き去りだ。


「まあ、とにかく節約だな。」


オマケ程度の庭があったので

やった事もない家庭菜園を始めた。


「これでコメだけ買えばOK牧場!」


何の知識もない。

調べるつもりもない。

とにかく、仕事以外はテキトーなのである。

ホームセンターで買った「種」をばら撒き

ホースでじゃぶじゃぶ水をかけ

あとはほったらかし。

そんなもので野菜など出来るはずもない。

1か月やって芽も出ないのでやめた。

急ハンドルである。


まあでも

フレッシュヤマダの廃棄品や

親しくなったおばあちゃんから

時々野菜や果物をもらい

コメも、デジタル農業デビューの

おじいちゃんに、手取り足取り

システムの使い方を手ほどきしたお礼にと

激安契約をゲットした。

(但し、じいちゃん存命内)


「ほほう。なかなか順調!」


結果。

東京のような高額な家賃はなくなり

コメ、野菜は自動供給体制が構築でき

スーパーの時給も30円上がり

何より

謎の体調不良での病院通いや

ドラッグストアでの薬剤費が

全くいらなくなったので

意外と18万円(今は185000円)でも

何とかなる。

というか、2万円くらい残る!!

加えて。

歓楽街もない、コンビニもない

スタバも、ネカフェも、ジャンカラも

ゲーセンも、フィットネスも。


カネを使う場所が無いのだ。


「使わないと減らないんだな。」


当たり前のことに妙に感じ入っている。


OL時代。

経理も経ていた波奈子にとって

キャッシュフローは至上命題。

お金の管理の重要性は熟知している。


・・・・・つもりだった。


でも。

見えるお金と見えないお金。

いままでわかったつもりでいた

お金の正体。

それにふと気付かされた。


「なんだろうな。」

「貯めるために失っていた。」


この家を買って貯金も減ったが

彼女はOL時代に投資も覚え

自力で2000万円以上を貯めた。


その為にがむしゃらに働き

それが彼女を管理職にまで押し上げた訳だが

結局、そのお金は

「自分の人生」

という枯渇財産を換金しているだけだ。

波奈子はふむふむと勝手に納得した。



すっかり室戸の人になった頃

何年かぶりに

以前の同僚が訪ねて来た。


「波奈子、元気?」


「おお!ブルータス、お前も元気か!」


「なにそれ・・・」


「はいはい。上がって。」


涼子は内心


・・なんか、汚いな・・


南 涼子。44歳。

かつては波奈子の下で働いていた。

関係は良かったが、涼子の心には


「いつかきっと。」


それがあった。

波奈子が急に退職すると言った時

てっきりヘッドハンティングだと思った。

それくらい波奈子は仕事が出来た。


「どうして辞めるんですか?」


「高知に引っ越すから!」


「はあ?」


「窓から海が見えてね、最高なんだ!」


何を言っているかも良く解らず

あっけにとられ


・・きっと後悔する。


涼子にはそんな感想しかなかった。


あまりにもあっさりと目標を失った涼子は


「いつかきっと。」


それだけを心の糧に働き続けた。

そして今では経営推進課課長となり

かつての波奈子の

渉外課課長よりも格上になった。


「涼子、 仕事はどう?」


「経営推進課長になったよ。」


「すっごいじゃん!!!」


・・なんでこんなヘンな恰好してるの・。


裾が擦り切れたジャージに

「坂本竜馬推し!」と書かれたTシャツ。


涼子は、少し怪訝な顔で波奈子を見た。

新調したスーツにルブタンのピンヒール。

涼子は少し優越感を感じた。


波奈子は、おばあちゃんに教わった

かぼちゃの煮物を出した。


「このカボチャ、めちゃうま!!」

「食べてみ!!」


「コーヒーとかないの・・。」


「ない!!」


涼子はカボチャには手を付けず

自分の近況をまくしたてるように語った。


「なんか・・余裕ないな・・。」


波奈子はそんな気持ちで涼子を見ていた。

そしてそれは間違いなく

かつての自分の姿でもあった。


一通り涼子が話し終えると波奈子は

この土地の良さや体調の事

自然のリラクゼーションなど

今の価値観でゆっくりと話した。

彼女に届くようにと。


だが涼子には

どれも興味のないものばかりだった。


・・もっと悔しがるはずだよね?

・・あれだけ競ったのに・・

・・なんで?


涼子は自分が悔しかった。

その為に東京から来たのに。

私の話を聞けばきっと後悔する!

そう固く信じていた。


波奈子は窓を開け

「ほら見て見て!!!!」

「毎日見ても飽きないよ!」



・・ホントは悔しいんだよね?

・・だから興味ないふりしてるんだよね?

涼子はそう思い込もうと必死だった。


「じゃあまた。」


「うん!また来てよね!!」

「夏は最高だよ!」



新幹線の中 涼子は

暗く沈んだうつろな目で外を眺めていた。

赤く夕日に染まる播磨灘。

なにか、大きな力に打ちのめされたように

ひとり呟いた。


「生きるってなんなんだろう。」


涼子が帰った後も

この急ハンドルの人生ドライバーは

残されたカボチャをせっせと食べ

高知放送のご当地番組に笑い転げて

外からしか着火のできない風呂に入って

その窓から海の音を聞く。


「生きるって楽しいな。」




「ご乗車お疲れさまでした。

   間もなく新大阪に到着いたします。」


岡山から半分しか飲んでいなかった

缶コーヒーを一気に飲み干し

涼子はスックと立ち上がって

ホームに降り立った。

もちろん、切符は東京までだ。

ルブタンのヒールの音を

さらに強く響かせながら

電話を握り下りホームへと向かった。


「あ。もしもし。」


「おお!どうした?列車テロか?」


「今から行く。」


「おお!早かったな!意外と!!」


この一言が、涼子の

残り1%の迷いを一気にぶっ飛ばした。



その日は深夜になるまで

同じOL戦士としての生きざまを

終ることなく語り合った。


話が5分ほど途切れた。

涼子は波奈子に思いきり抱き着いた。

嗚咽している。

波奈子はそっと声をかけた。


「背伸びなんて

    1ミリもしなくていいんだよ。」


「ありのままに。ね。」



翌朝、涼子は波奈子が早朝から作った

二人分のかぼちゃの煮物を食べつくし


「もう無いの?」


「無いわ!w」


「うまいじゃろ!!w」


涼子は昨日とは別人の顔で

東京へと戻って行った。




七月。

室戸の海と空が眩しい。


「そうじゃないって!!」

「何回言ったらわかるのかね・・」


「ああ、すまん!」

「じゃあ、君がやってくれたまえよ教授w」


すっかり立派な野菜畑になった。

それもすべて、涼子の緻密な栽培のおかげ。


真逆の二人。

決断力は誰よりも勝るけれど

慎重さは子供以下・・の波奈子。


慎重さは研究者並みだけれど

決断力はハシビロコウ並み・・の涼子。


二枚の歯車と言うのは

必ず双方逆方向に回る。

かっちりとかみ合う

その歯車のような二人の関係。


このボロ家に住む二人の凸凹コンビも

今ではすっかり有名人だ。


今日もギシギシ軋む窓からは

青さが二倍になった海が見えている。


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