6甘:アポ無し
その日、エリザータの元にアルヴェードは帰らなかった。一抹のさびしさを抱きつつも、エリザータは確信した。そして、呟く。
「よかったわね、アルヴェード。ミルーネと愛し合えて」
そして、これからのランディレイとの関係を思案した。
「それにしても、王子があんなに簡単に『落ちた』のは、なんで?」
独り言が増えるエリザータ。自嘲した。それからは、心の中で呟く事にした。
不倫ルール第一条をミスとは言え、自分が初めて破った事から始まったこの事態。不倫相手の向こうに、不倫相手の恋人を見るという初めての体験をしている。それ故、ランディレイが簡単にミルーネより自分を選んだ理由が気になってきた。
自覚はある。アルヴェードと自分が不倫三昧の生活をしている事は、世間一般からしたら異質だと。そんな生活をしている自分たちならまだしも、王子という立場にいながらにして浮気に堕ちたランディレイの心理が気になるのだ。
「アルヴェードも、ミルーネの事、知ろうとしてるし、私も、王子の事よく知らないと」
きっちり化粧を落とし、肌を完璧に整えた後、今日の独り言はこれまでと、エリザータは就寝した。
翌朝、エリザータはメイドらに挨拶をする。
「皆、おはよう。主人は帰らないけれど、私も早くに出かけるつもりだから、留守をよろしく」
メイドらは、はきはき返事を返してくれた。エリザータは、空色のスーツを着こなし、いつものように綺麗な化粧をした出で立ちで、出かけて行った。
移動中の車内で、エリザータは運転手の男性、パウルートにこう言われた。
「お約束の時間は?」
「それはないわ」
「えっ」
パウルートは、驚きつつも王宮へと車を走らせた。その車は、王宮の門で守衛に止められる。しかし、乗っているのがエリザータとわかると、渋々守衛は車を王宮内部へと受け入れた。エリザータは、パウルートにこう声をかけつつ、王宮に入って行った。
「ありがとう。迎えは、多分いらないと思うわ」
「はい」
王宮に入ると、エリザータの姿を見たリンデンスが接近してきた。
「貴女!王子との道ならぬ関係を終わらせたのではないのですかっ?」
その声は、苛立っているようだった。しかし、エリザータは返した。
「私と貴女の想像よりも、王子の私への想いは強いですわ。それを断つのは酷と言うのでは?私、まだ王子を愛し続ける事にしましたの。申し訳ありません」
リンデンスの顔は、赤らむ。そんなリンデンスにエリザータは言葉を続ける。
「お約束なしに来た私を、王子が迎え入れてくれるか、お試しあれ」
リンデンスは、勢いよく振り返ると、王子にエリザータ来訪の事を伝えに行った。
しばらくすると、リンデンスが戻って来た。
「王子は、多忙の身です。本日は、お会いしないとの事でした」
「そう。そうでしたの。わかりましたわ。貴女の『勝ち』ですわね」
エリザータは踵を返す。だが、その背中にランディレイの声が降り注ぐ。
「エリザータ!会いに来てくれたんだね!!」
エリザータは、振り返るとランディレイにきつく抱きしめられた。その視線の先には、リンデンスの悔しさ一杯の表情があった。エリザータは、尋ねた。
「お忙しいとお聞きしましたのに、大丈夫なのですか?王子?」
「僕が、今の僕が何よりも優先したいのは、君との時間だよ。予定を変更して、君との時間を過ごすよ。ああ、会いに来てくれてありがとう、エリザータ。今日は何の記念日でもないけれど、君は最高のサプライズプレゼントだね」
「ありがたいですわ、王子」
リンデンスは、そのやり取りが終わったと判断した後、こう言ってその場を立ち去った。
「王子、エリザータ様、ごゆるりと」
リンデンスの背中を見送りながら、ランディレイは自室にエリザータを誘導する。そして、エリザータに言った。
「少し、時間をくれ」
「はい」
そうすると、この日のスケジュールを王子は確認し、捨ててもいい予定をピックアップ。侍従にリスケジュールを命じた。
「大事な用の時は、ここで1人で待ってもらうけれど、それ以外は、1日君と時間を過ごすよ」
「まぁ、嬉しいお言葉」
そして、エリザータはランディレイと他愛もない話をし始め、時を過ごした。エリザータは、自宅のそれよりもふかふかで心地よいクリーム色のソファにて、楽しい王子との会話や食事などを楽しんだ。
夕方になった。エリザータは、ランディレイに抱きつきつつ別れの時間を告げた。
「そろそろ、お暇しますわ」
ランディレイの目が変わる。それは、籠の中の鳥のようだった。ランディレイは、別れのキスをしてきた。それは、濃いものであった。ランディレイは、吐息の中、こんな声を響かせる。
「ああ、名残惜しい。君が着ている僕の好きな空色のスーツを剥ぎたい所だよ」
「また、会いに来ますわ。その時にでも『万全の準備』の上で愉しみましょう?」
「そうだね」
そして、エリザータはランディレイが寄越した車にて帰宅した。車中で、エリザータは反省の弁を小声で述べた。
「結局、世間話だけで王子が私を求めた理由、聞けなかったわね。『延長』してベッドの上で聞き出せばよかったかしら」
そして、アルヴェードと2人で取り決めた不倫ルールを全て反芻しつつ、「目的は話だけだったから、それ用の準備をしてこなかったわ」と反省の弁の続きを心の中で言った。