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52甘:包めるかわからない心

日を改め、エリザータは意を決しミルフォンソを訪ねた。出迎えたミルフォンソは、何の脈絡もないエリザータの訪問に当惑している様子だった。当惑しているのはミルフォンソだけではなく、訪問したエリザータもそうだった。


「その、ミルフォンソさん?あの、その後体調とか大丈夫かと思いまして、今日お伺いしました」


 話し方がしどろもどろになりつつ、エリザータは思った。人質として拘束されていた頃の疲労など、もう既に無くなっているのは明白だと。その問いに、ミルフォンソは、戸惑いつつもこう返してくれた。


「えっと、大丈夫ですよ?その節は本当にお世話になりました」


 ミルフォンソはわずかな笑みをエリザータに見せてくれた。エリザータは多少ほっとしたが、その先の話題が思いつかなかった。そして、苦しみ紛れに質問を捻り出す。


「あの、妹さんの婚約を聞きました。おめでとうございます。大変じゃないですか?」


 言った後でエリザータは、悪い質問だったとすぐに後悔した。ミルフォンソは一瞬顔を歪めたが、微笑み答えた。


「僕は、大丈夫です。妹は、通院と並行しての王宮での打ち合わせで忙しくて、疲れてないか心配です。今日も、王子に会いに行きがてら、話し合いをして来るようです」

「そうですか。妹さん思いのいいお兄さんですね?ミルフォンソさんは」


 ミルフォンソの目がわずかに曇る。しかし、そんな中でも物腰は変えずに答えてくれた。


「兄として、どこまで力になっているかわかりませんが、そう言ってもらえると嬉しいです」

「あら、そうですか?」


 そう返しながら、エリザータはかけてやれる言葉を見失い、当たり障りのない会話をし始めてしまう。


「最近、めっきり寒くなりましたね?」

「え?ああ」


 急な話題の転換にミルフォンソは再び戸惑うが、それでも話について来てくれた。


「そうですね。でも、妹にとってはいい季節になってきています。曇りの日は、外出にはもってこいなんですよ。でも、新しいお医者様の治療がとても良くて少しずつのようですが、それも関係なくなってきていて、兄として嬉しいです。話に聞くと、エリザータさんとアルヴェードさんが色々動いてくれたようで、ありがとうございました」

「いいえ、とんでもない」


 これでは、ミルフォンソからお礼の言葉を催促したみたいだとエリザータはまた後悔する。しかし、なんとか話を締めようと再び言葉をかけた。


「妹さんもそうですが、ミルフォンソさんも、お体には気をつけてくださいね?」


 ミルフォンソの目に、多少の暗さが宿った。


「いや、僕は、多少体調崩しても構わないですよ」

「あら、それは駄目ですよ。わかってます?貴方は、近いうちに、王族の次期当主になられる方なんですよ?そんな方が、体を壊したら、大変ですよ」


 エリザータは言っている最中に言い過ぎたと思った。しかし、言い切ってしまった。それに、ミルフォンソは返す。


「確かに、そうですね。わかりました」


 エリザータは、その声色を素っ気ない物と取る。


「なら、よかったです、ミルフォンソさん。そろそろお暇します。お邪魔しました」

「ああ、いいえ、何もおもてなしも出来ず申し訳ありません」

「構いません。あの、また来ていいでしょうか?」

「え?ええ、いいですよ?」

「では」


 ミルフォンソの自宅を後にしながら、エリザータは反省しきりだった。そして、1人呟いた。


「こんなの、私じゃない」


 その夜、少し遅くに帰宅したアルヴェード。そんな夫にエリザータはつっかかる。


「今日、ミルフォンソさんの所に行ってきたわ」

「そうか」

「もう駄目。無理」

「お前ほどの手練れでも、落とせない男だったのか」

「違う、わかってないわ!貴方は!」

「どうした?」

「『どうした?』じゃないわよ!」


 アルヴェードは、首を傾げ、言い直した。


「どうしましたか?」

「言い方の問題じゃないわ!私が選んだ愛人候補じゃないから、本気になれなかったの!おかげで、変な会話ばっかりしてきちゃったわよ!」

「そうか」

「『そうか』で済ますの?」


 アルヴェードは、一旦笑う。


「笑い事じゃないわよ!」

「いや、失礼。それは大変だったな。しかし、俺は男だからな。慰めにはならない。だから、お前にしか頼めない事なんだ。やってくれ」

「はいはい、わかりました」


 エリザータは、踵を返し、アルヴェードの元から立ち去った。そして、独り言を呟く。


「ああ、私、どうしよう?」


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