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32甘:もどかしさの中の出発

エリザータは、ランディレイからのミルフォンソ救出失敗の報せを受ける。ほぼ同時にアルヴェードは、ミルーネが近いうちに入院する事を本人から連絡を受け知った。


 エリザータは、焦燥のランディレイにこう返した。


「次の一手を、共に考えましょう?」


 アルヴェードは、不安気なミルーネにこう返した。


「どうか、私の選んだ医師を信じてください」


 エリザータは、ランディレイに寄り添う為の案が浮かばないまま、アルヴェードは、ミルーネの傍にいてやりたい気持ちを抱えたまま、豪華客船ベルカイザ号の処女航海の出発式を迎えた。


 華やかな式典であった。テープカットなどを経て、ブンボル王国の国民たちが次々と乗船して行く。


 アルヴェードも、関係者として乗船する。その前に、見送りに来たエリザータと顔を合わせた。


「いってらっしゃい、アルヴェード」

「ああ。いってくる、エリザータ」


 懊悩の中であったが、夫婦は最上の笑顔で別れた。エリザータは、胸に手を当てながら、「何事もなく帰って来ますように」と心の中で呟いた。その声にならない言葉を背に、ベルカイザ号は出航して行った。


 一方、アルヴェードは、船の運航会社の担当者と共に政府高官などの来賓たちの相手をし始める。それが終わると、個人的に船の隅々を点検して回る。


 やがて、アルヴェードはとある部屋へと入室。ラウンジであった。進行方向に開けた窓がある広いそのラウンジの壁には、ミルーネの世界地図を模した絵が堂々と飾ってある。


「ミルーネさん、共にいい旅をしましょう」


 アルヴェードの微笑みが溢れた。


 一方、港では式典の後片付けが行われていた。エリザータはそれに精を出す。そして、それが終わると、職員たちはその場を後にした。港は通行人以外は、誰もいなくなったが、エリザータはベルカイザ号が進んで行った海をいつまでも見ていた。既にベルカイザ号の姿は見えなくなっていたが、エリザータの目は、夫の背中を探した。


「こんなに、アルヴェードと離れるなんて、『本当の夫婦』になった時から無かったから、さびしいわ」


 エリザータの涙が、海に落ちた。しかし、エリザータは潤んだ目で前を向く。


「でも、『絵』としてミルーネがアルヴェードにはついてる。ミルーネ、頼んだわよ?アルヴェードを」


 未だ目に残る涙を自らで拭い、エリザータは帰宅した。


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