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白い夜

作者: 犬猫芝居

 僕は死刑になった。狂言をまき散らしたということで。

 



 

**

 僕は孤独な国の、孤独な街で生まれた。


 この国では生まれる前から幾度となく革命が起きた。けれど、誰も起きた理由を知らない。七桁に達した死者の数だけしか、知られていない。街の人間の顔が向いているのは地面。絶望しか見えない未来がそうさせている。


目が疲れるぐらいに白い、夜がない空。昔、この世界は本物の空を失った。

 そして生まれた昼と夜がない闇一色の世界。視界が利かないことに人々は恐怖し、代品を作った。人工の空によって光を手に入れたが、代償として休むべき夜を失った。


 誰もが深い眠りにつけないので疲れを溜めている。街は光に埋まっているが、何の希望の光も見出せずにいる。





**

 ある日、触れば冷たいような白い空の下、住まいにしている古ぼけたアパートの屋根裏で僕は空を望遠鏡で観測していると、夜がそう遠くないうちに来ることがわかった。偽物の空の向こうに本当の空を、漆黒の宇宙を見たのだ。


 街の中央にある駅前で僕は皆に夜が来ることを、安息が来ることを知らせたが、だれも耳を傾けはしなかった。


 目が疲れるだけの空を好き好んでみている僕を、無数にいるうちの一人の変人としか見ていない彼らが耳を傾けるはずがなかった。


 それに、皆未来のことについて興味がない、いや怖いのだ。不安しか思えない未来が。だからこの街の住人は目の前の事に諦観することで、未来のことを紛らわせている。


 ただ僕はひとりの奇人として無視されていた。





**

 伝え初めて一週間後、それでも僕は語っていた。深く眠れる日が来ることを、ただその事について語ろうと思った。ごく単純に嬉しいことだと思ったから。


 そのうち十四・五歳ぐらいの少女が話を聞きにくるようになった。頭がよわそうな子だった。熱心に聞いているようでもなく、ただぼんやりと僕の前に座って話を聞いていた。すっかりふやけきって、ゆるんだ状態。薬でも飲んでいたのだろうか。


 それでも周りの人間と違う。陰鬱な影がない。


 それから二日後、またやってきた。眠そうな顔をたずさえて。僕は訊く。


「君は僕の話を、信じているのかい?」


彼女は何も言わず、首を横に振る。僕はそれを見て苦笑した。でも、


「僕の話を聞いてくれて、嬉しいよ」


 それからも僕は彼女に話しかけた。彼女の後ろを無関心な人間が流れる。その頃、彼女は理解者ではなくても、ただ唯一の傍聴者であった。





**

 五日程して黙り込んでいた少女はふと、口を開くようになった。彼女のその口から零れる言葉を集めて、身の回りについて知った。


 彼女は白く乾いたこの空と対照的に暗く湿った地下に生きている。身寄りがない彼女にはそこが住まいだ。学校に行っておらず、既に街の食堂で働いている。


 彼女は言う。彼女は時折食べられる少し苦いチョコレートが好きだと言う。彼女はいつも見かける日向に咲く花が好きだと言う。彼女は雨が降った後の水溜りの上を歩くのが好きだと言う。彼女は僕とこうしてする、くだらない話が好きだと言う。


 その口からはたわいのない不満や文句も零れた。十八歳になったらこの街を出たいとも言う。僕は思った。少女は普段歩く道のなかで小さな幸せを見つけて生きている。到底真似できないことだ。


 彼女はかすかでも夢を抱いているとも言ったのだ。





**

 少女が日常的に聞きに来るようになって二三カ月後、一人の男が現れた。男は僕の話を狂信した。僕の手を握り、男は言う。


「盲目となった、愚かな人々を救うために立ち上がりましょう」 


 男は僕を教主とし、演説によって人々を説き伏せていった。その姿は僕より彼の方が、よほど教主に見えた。だけれども話を信じる人が増えることに僕は嬉しかった。


 男によって僕の夜が来る「事」が「教え」と変わっていった。聖典が作られ、守るべき約束、拘束ができた。一日一日この街で着実に増える信者。作られていく集会所という名の教会。


 そのかわりに少女は話を聞きに来なくなった。そして僕も彼女を忘れた。





**

 一年が経ち、この街が信者で埋まると政府が僕らを異教徒とし、弾圧を加えていった。1つの考えに染まった集団。


 政府は十分危険と思い、反乱分子になる可能性があると見做したのだ。


 男は言った。


「教えに逆らう者どもと武器を手に戦おう!」


僕は、


「いずれ夜が来る。その時まで待てば自分達の正しさは証明できる」


と言ったが、すでに幾人も捕まっており、その怒りで周りは狂気に満ちていた。


 信者達は街の守備隊が管理している武器庫を襲う。わずかにいた守備隊を虐殺し、そこから小銃や大砲を持ち運んだ。それから弾圧を行っていた警官達を電柱に吊り上げた。街中で歓声が上がった。 

 

 それから三日と経たず、軍の鎮圧隊が派遣されて来るという情報がやってきた。


 迎え討とうと街中で準備が始まる。武器で足りない分は猟銃や、骨董品並みに古い刀剣に槍、鋤や鍬などの農具まで使って補い、争いに備えた。濁流と化した住民。


 もはや引き返すという考えなどない。これは信仰のための戦いではなくなった。ただの政府との権力争いに変わった。


 僕はただ祭り上げられ、この惨事を他人事のように見つめていた。





**

 轟音と共に市街戦は始まる。政府軍は重砲をもって街を制圧にかかる。


 砲撃を受けた建物は崩れ、人が潰れる。その崩れた瓦礫をバリケードにし、信者は迎え討つ。政府軍は苦戦しつつも、兵力で圧倒し、屍を乗り越えながら進撃する。


信者は銃を持っている者が死ねば空きの人間がその銃を拾い、死体は瓦礫に積んでバリケードを組み直す。


 連日続く轟音と悲鳴と怒声。


 政府軍がバリケードを乗り越え白兵戦となる。刃が交わる。武器が壊れれば素手で、爪で、歯で立ち向かう。誰もが他人とも自分とも区別がつかない血で塗れる。


 仲間を殺された兵士は信者を憎み、教えを弾圧された信者は兵士を憎む。


 どちらも自分の大義が絶対と信じ、殺し合う。血と思想に酩酊する。この争いが終わるのは、どちらかが尽きた時。





**

 男は銃剣で滅多刺しに。最後に籠っていた街の庁舎に政府軍は突入してきた。


 男は僕を残し、他の戦える人間と一緒に庁舎を飛び出した。その顔はこの世界の正義が不当な暴力によって潰えることに、その理不尽に怒っているように赤黒く染まっていた。


 それから私刑のように無残に殺されるのを、窓から見た。正義も大義も持たない僕は部屋に入ってきた兵士達におとなしく両手を上げた。


 戦闘が終わり、庁舎から連行されるとき、瓦礫と死骸に埋まった光景を見た。死肉を啄ばむ烏以外は動くものが見えず、とても静かだった。


 街は僕以外、全て破壊し尽くしされたように思えた。





**

 僕は証言台に立った。後ろ手に縛られ、それでも僕は語る。夜が来ることを、その事を。


 けれどもこの証言はただ事務的に執られるだけだ。裁判長はこの証言の中で内乱罪と結び付けられる物だけを取り上げていく。僕の話は終わった。


 検事が形式のようにいくつか質問する。僕はその質問を吟味し確実に答える。けど検事には僕の姿勢なんかには一切興味はないようだ。同じく事務的に僕を裁判長に訴える。


 法廷内は完全に冷めきっている。


 彼らはさっさと千八百十五番目の死刑囚として僕を裁きたいのだ。


 理由は簡単だ。僕の後ろにはあと十二,三人の死刑囚候補者が裁判を待っている。





**

 判決までの一本道が七割を終える頃、もう一人、証言人が現れた。警備員二人に両脇を抱えられて僕は証言台から降ろされる。


 すれ違いざま、新しく来た証言人の顔を見た。


 少女だった。


 彼女も僕の顔を見つめる。僕は今まで忘れていた存在を思い出し、とても驚いた。


 立ち止りかけた僕を警備員は引張り、被告人席へ座らせると裁判長は彼女に供述を求めた。彼女は話し出す。


 僕が狂言を言い出したのは1年以上前だと言う。それは僕が彼女に話したことを誇張し、嘘を加えられていた。あらかじめ決められていたかのように。


 そして僕を、人々を惑わし騒乱を引き起こしたと非難する。とても難しい言葉で。あらかじめ練習したかのように。僕は最初、呆然とそれを聞いていた。


 しかし気付く。彼女の身なりが前より上等になっていることに。以前は素足だった足が靴を履き、ボロ同然だった服は綿で織られた清潔なものに変わっていた。


 つまり少女は僕を売って、新しい身分を手に入れたのだ。一応の法治国家であるこの国には僕を知る彼女の証言が必要だった。政府は彼女に虚言を吐くよう頼んだ。面倒なことをするより女を一人養った方が安いからだろう。


 少女が僕を売ったのは何故か。簡単だ。彼女は新たな生活を手に入れる機会を手に入れたからだ。そして、それを利用しただけだ。


 当たり前すぎる理由に僕は声を出さずにうつむいて、笑った。そして僕は何もかも諦めた。


 それからもしもと考える。


 もしも僕が空を見るなんてことをしなかったら。もしも男に出会うことがなかったら。もしも内乱が起こる前に止められたら。


 もしも、少女に出会わなければ。


 もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。もしも。――――


 止めどない空想が続いた。





**

 コンクリートで周りを覆った冷たく湿った地下牢で一人、膝を抱えている。


 僕は死刑になった。処刑は明日、早朝に大衆の前で行われると言われた。今日は絞首台が予定で満杯だという。


 頭上の窓から鉄格子越しに白い光が差し込む。おそらく今は深夜に当たる時間だ。光を通すために慈悲で作られたこの窓も、今は時間の間隔を狂わすものでしかない。


 先ほどまで続いていた空想も止み、膝を抱えて床に映る光の枠を眺めている。


 これほどまでに自分の死を待つのは退屈で、暇なのかと思う。自分で勝手に死のうかと考えたが、結局は面倒だなと思った。ただ、のんびりと自分の死を待つ。


 眠い。でも、寝てしまうと残り少ないと思う処刑までの時間が、無駄に浪費してしまうように思えた。とはいえ、何もできないし何もする気がない。


 時間が過ぎる。





**

 時の概念を無くしたまま、光を見つめる。その中にある影に意識を向ける。鉄格子の細い影。その下には丸い影。影をじっと、眺める。


 丸い影が少し揺れた。変わった影だ。見つめていると、だんだんと人の頭にも見えてくる。人?上を見上げる。窓に誰かいる。誰だ。


 少女がいた。こちらが気付いたことに、少し驚いている。何か言おうと口を開いたのが見える。何が吐き出される、その口から。僕は見つめる。でも、また閉じてしまった。


 時間が止まったかのように思える。僕から言うことは何もない。彼女が何を言いたいのか待った。彼女は鉄格子をつかみ、言葉を探している。何度か口を開いては閉じ、そしてやっと、話し始めた。


 「私は、私は」


吃る。


 「ごめんなさい」


と、謝る。


 「ごめんなさい」


いいから、話を。


 「私は、あなたと一緒に街を出て行きたかった。違う街で暮らしたかった。でも、あなたはそれを望まなかった。そんなものを望まなかった。だから私は、」


 うつむき、また口をつぐむ。沈黙。僕は待つ。黙って。言葉が選び直され、再開する。


 「私は、あなたを売った。新しい生活を手に入れるために。そのためにあなたを売った。あなたが違うものを望んだから。違う、そんな理由じゃない。あなたがそれを望むか望まないかは、あなたの自由。ただ私は自分のために、自分のためだけにあなたを売った。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」


一瞬、言葉が途切れる。

 

 「でも」


でも?


 「でも、お願いだから私を許して。とても自分勝手で、何もかも都合がよすぎるけど、お願い、お願い、私を許して。許して」


 最後の言葉は嗚咽で濁った。僕は不思議な思いで、少女を見つめた。彼女は泣いている。その涙も自分勝手なものなのだろうか。


 彼女はそれから一度、僕を見て、去った。軽い足音が遠ざかっていく。


 ぼうと壁にもたれた。


 それから考える。僕は何を許せばいいのだろうか。彼女は僕に何を許してほしいのだろうか。何を。僕は少女に対して何か恨んでいるか。少なくとも、何も恨んではいない。許す対象がわからない。


 ぼやけた頭で、あてのない答え探しをする。

 

 考えは迷いに迷い、疲れ果て、心地よい闇へと沈んだ。





**

 寒い。


 翌朝、冷たく湿った空気で目を覚ます。とても空腹だ。


 大きなあくびをしていると、ノックもなしに処刑人三人組が入ってくる。爬虫類のような冷血さを感じさせる、痩せ干せた一人が命じてくる。


 「立て」


 返答が一択しかないような口調。


 残りの二人もこれみよがしに警棒を見せつける。その二人は体格がよくて、格闘家のように首が太い。

 

 朝食は出ないようだ。溜息を吐いて、立ち上がった。


 薄暗闇の狭い通路を歩く。両手は手錠でつながれている。鎖が皮膚に擦れて痛い。


 後ろに体格のいい二人、前に命じてきた一人と処刑人に挟まれている。これでは逃げようと思っても逃げられないな、と周りを見渡しながら考える。


 そんなこちらの様子を後ろの処刑人がいぶかしんで見つめているのに気付いた。





**

そして待合室のような場所に連れて行かれる。


 自分より先約がいた。執行まで時間がかかるようで、まだ罪状を読み上げる声が聞こえている。


 僕は空腹を我慢できなくなった。蜥蜴のような一人に、


「何か食べ物をくれないか」


と尋ねた。怪訝そうにこちらを見る。

「腹が減っている」


と、加えて言った。処刑人は世界の法則を無視した発言を聞いたかのような顔をした。

 

 つまり驚いていた。そんな不思議なことを言っただろうか。腹が減ったから何かほしいといっただけなのに。


 それでも処刑人は気を取り直し、部屋を出ていく。


 さほど時間もかからず帰ってきた。


 手には紙袋とマグカップ。紙袋を開けてみると包装が解かれたサンドイッチとチップスが入っている。マグカップにはコーヒー。


 サンドイッチの断面からチーズとハムとトマトが挟んであるのが解った。そこらの屋台で売っているような代物。


 一口齧り付く。手触りでわかっていたが、買って時間が開いているのかパンが乾燥している。味は普通だ。マヨネーズが少しくどいくらいだが。


 コーヒーは劇的に熱い。苦いのかもよくわからない。でも熱いそれを飲み下し、冷えた体の内臓を焦がす感覚は少し快感でもある。


 時折チップスをつまむ。こちらはまだ湿気ていない。二つしかないサンドイッチを一口一口噛みしめ、味わう。三人の不気味な物を見るかのような視線を感じながら。





**

 順番がきた。


 マグカップを取り上げられる前に急いでコーヒーを飲み下す。


 警棒で脅されながら立ち上がった。部屋を出る。


 最後の食事が食べかけのサンドイッチなのが不満だったが、空腹が和らいだのは良かった。特に熱いコーヒーが飲めたのは嬉しかった。


 階段を上っていく。


 しばらく上ると外に出るドアに着いた。先頭の処刑人がドアを開く。





**

 暗い所にいたので、冷めきった白い光が目に痛かった。


 目線はアパートの五階建てぐらいにある。目の前に錆びた銅像が立つ、無人の広場が広がっている。さらに向こうにはたくさんの人が流れる通り。


 煉瓦で組まれた絞首台では、さっき行われた処刑の後始末を行っている。


 僕は処刑台の隅でまた待たされた。下では吊られている死体を縄から外して麻袋にでも納めているのだろうか。空いた時間がそんな想像をさせる。


 つい欠伸が出る。


 見ていたのか左隣にいた体格のいい処刑人が前を向いたまま、今まで閉ざしていた口を開いた。



「お前、恐ろしくはないのか、怖くはないのか。死ぬのだぞ。嘘でもなく、本当に」


 右隣にいるもう一人が諌めるように彼を睨む。睨まれた彼は何も言わず、ただ前を見つめている。


 恐怖。


 死に対してそんなものを感じていたような、いなかったような。よくわからない。


 「死ぬことなんて平気だ」


なんて平然と言えないし、


「死にたくない、頼む、助けてくれ」


と懇願する気もない、と思う。


 ただ言えるのは、今の自分あまりにもぼやけすぎていて、確定事項が何もないことだ。鎮痛剤を静脈注射しているように、ぼやけている。


 死ぬことに納得しているのかもしれない。心の底から納得しているのかもしれない。だから生きることをあきらめたのかな。


 また欠伸をした。





**

 ついに準備が終えた。


 僕は絞首台の前中央にある木で組まれた立ち台に連れて行かれる。下に足元が抜けるよう落とし戸があった。


 目の前に輪がぶら下がっている、首つり縄。これが首に締め付けられて落とされれば、この高さなら衝撃で簡単に首の骨が折れて死ねるな。


 左にいる変温動物に似た処刑人が罪状を読み上げる。一つの演劇を演じているかのように。


 しかし残念ながら観客に感動は届いてないようだ。通りを歩く人達は一瞬、こちらに興味を向ける。今日、この時間に死ぬ人間を。その一瞬を過ぎると興味を失い、今日ある不安に目を向け流れていく。


 どうやら今では公開処刑に抑止力は期待できそうにないらしいな。昼夜の区別がある頃は、広場で処刑があると聞けばピクニック騒ぎだったそうだが。広場に響く声と無関心な通りを過ぎゆく人々の対比は、哀情を感じさせる。


 最初、人の流れに気を取られていたのと、銅像に隠れていたので気付かなかった。


 ひとりだけ、広場で見ている人がいる。自分の死に関心がある人間と容姿で誰か考える。


 ああ、なんだ、君か。





**

 件の少女が銅像に隠れて、こちらを見ている。


 僕が彼女に気付いていることを知ると、少し驚いたようだ。昨日の夜をまた再現している。


 それでも、銅像に隠れることを諦めたのか逆にその前に立ち、僕を見上げてきた。そこは昨日の夜とは違っている。僕も彼女を見つめる。


 そして、彼女が昨夜、話してくれたことを思い出した。


 彼女は「それ」を選ぶか選ばないかは自由だといった。「それ」とはなんだろう。確か彼女との生活だったか。


 それは、僕が前に考えた「小さな幸せ」に思えた。勝手な想像に過ぎないだろうが。


 そして、僕はそれを選ばない代わりに何を選んだのだろうか。


 事実。


 夜が来るという事実。それが受け入れられること。夜が来るという事実が受け入れられること。


 すぐにそれが頭に浮かんだ。僕はこれを選び、そして一方を棄てた。天秤のように、両手に乗せ、上に傾いた方を棄てた。一方は取るに足らなかったから。


 これはとても簡単なことだ。人によって重要なものが各々違う、ということでしかないのだろう。重みで天秤は傾く。


 「だから僕は死ぬんだ。」





**

 そっと、呟く。


 少女は僕を売った。新たな生活を得るためには、生きるためには、それが必要だったから。


 何かを得るために何かを売る、棄てるという行為。僕はその行為を認め、受け入れた。それはとても普通で一般的で、当たり前だから。


 それには善悪はない。というよりも、善悪で考えていたら答えが出ずに脳が腐ってしまうようなこと。


 だから、僕は納得している。彼女が行ったことも、それによって死ぬことも。





**

 この時になって後悔を感じる。


 僕は少女に対して許す、という行為をするべきだった。昨日の地下牢で、声をかけるべきだった。


 僕は君を許す、と。神様でも何様でもないけど。


 それでも、いくらか声をかけるだけで彼女が抱いている罪悪感を軽減出来たなら、するべきだった。


 僕は彼女が嫌いではない。大勢と違う「何か」を持った彼女を救えたのなら、少なくとも損はなかった。


 けれど、唯一の機会を僕は逃した。時間があれば彼女と話したい。でも、その時間はもうない。


 時間が欲しい時に時間なんてない。





**

 罪状を読み上げていた声が終わった。

 

 体格の良い処刑人が、僕の右後ろにある落下装置へとやって来る。先程話しかけてきたもう一人が無言で僕に目隠しをかける。


 少女は最後まで、目を逸らさなかった。


 それから首に縄をかけられる。





**

 そういえば、昨日も夜が来なかった。今日、夜が来ればいいな。


 そう、僕が信じた事実が実現しますように。僕が信じた事実で死んでいった人が報われますように。


 僕は願い、最後に微笑む。誰ともなく。


 服の下に鱗を纏っている筈の処刑人が、号令をかける。





**

 足元が消えた。宙に浮いているようだ。もう一度、願う。


 「今日、夜が来ればいいな」


 ほんの、ほんの一瞬に。            




 衝撃。


 



 


 



 初めて書いた短編。

 誤字、脱字、奇妙な文などなどあったと思いますが。

 読んでいただき、誠にありがとうございました。

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