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悪役令嬢を演じて魅せます!〜先手必勝、ポンコツ王太子は追放してやりますわ!〜

ぴったり一万字(笑)


まりんあくあ初の異世界恋愛ものです。

お楽しみいただければ嬉しいです!

「おーっほっほっほ、証拠は掴みましたわよ、レイノルド王太子。御自らのこの行為こそが動かぬ証拠。ここに、わたくしは宣言いたしますわ! あなたとの婚約を破棄することを!」



 わたくしはサラ=アーシュレイ。ヘイデルバーク王国の侯爵家の生まれです。わたくしには幼き日より定められた婚約者がおりました。王国の世継ぎであらせられるレイノルド王太子です。金色の巻き毛に明るい緑の瞳。くるくるとよく変わる愛くるしい表情のお方でございました。殿下とはご学友として共に席を並べ、王国に関するあらゆることを学びました。年は殿下の方が一つ上でございましたが、屈託のない殿下はわたくしが名前で呼ぶことを許してくださいました。


「サラ、今日は池で釣りをしないか」

「東屋の薔薇が満開だそうだよ。見に行こう」


 お優しい殿下はどこへ行くにもわたくしを誘ってくださいました。幼少の頃より側におりましたので、殿下のお好きなこと、苦手なこともわたくしはよく存じております。国王陛下もわたくしを可愛がってくださり、時折お声をかけてくださいました。


「サラ。レイノルドの至らぬ点はそなたが支えてやってくれぬか。そなたは賢女ゆえ良き相談相手となるであろう」

「心得ております、陛下」


 殿下の苦手なことはわたくしがサポートする。そのためにわたくしは夜遅くまで机に向かうこともございました。


 やがて、夜会やお茶会に招かれるようになりますと殿下と共に過ごす時間が少しずつ減ってまいりました。わたくしは殿下をサポートするために公務にも励んでいたのですが……。


 わたくしのお部屋は王城にございます。朝食はなるべく殿下と共にし、会話することにしておりました。ですが、殿下も日を追うごとに公務が増え、お互いの側近が読み上げる予定を確認するだけという日が増えてまいりました。それでも、


「サラ、今日の予定は明日以降に回せ。狩りに行くぞ」

「今日は天気が良いからな。遠乗りに行こうと思う」


 突然ではありましたが、お誘いを受けることもございました。全て受け入れていたのですが、この頃から、


「サラ、後はたのむ」

「サラ、この書類の確認をしておいてくれないか」


 政務に関する事後処理を任されることも増えてまいりました。わたくしの役目は殿下のサポートをすること。ですから全て、


「かしこまりました」


 と引き受けておりました。わたくしが書類を読み始めてしばらくすると殿下のお姿が見えなくなるのですが、別の公務をしておられるのだろうと深く考えてはおりませんでした。ですが……。


 ある日のお茶会の席でのことでした。


「サラ様もさぞやお困りのことでしょうね?」


 お茶会は大事な社交の場です。時には会話の裏に様々な権謀術数が隠されています。この日意味ありげに切り出したのはミストリア侯爵夫人でした。華やかな薄紫色の扇で口元を隠しながら微かに微笑んでおられます。わたくしはにこやかに応対いたしました。


「ミストリア侯爵夫人、わたくしのことを気付かっていただき嬉しく思いますわ」

「あら、健気でいらっしゃること。ですがお相手の方のご身分を考えれば歯牙にもかけぬのもまた当然なのかも知れんせんわね。これは失礼を致しましたわ」


 そう言いながら意味ありげに口元を引き上げる侯爵夫人に笑みを返しつつ、他の方々の様子を伺いましたところ、皆様何か思うところがあるご様子。


「侯爵夫人も罪なことを……」

「サラ様に少し不敬なのではなくて?」


 その場はさり気なく話題を変え、お茶会を終えました。皆様を送り出し、部屋に戻ったわたくしは人払いをすると実家から付けられている護衛の御義兄様おにいさまを問い詰めました。


「御義兄様は何のことかご存知ですわよね?」

  

 義兄のアルベルトは、わたくしが生まれる前に養子縁組により我が侯爵家に迎え入れられました。弟のアンソニーが生まれると家督の継承権を放棄し、わたくしが宮廷で過ごす間は護衛として付き従ってくれています。


 お父様お母様からは遠縁で身寄りがなくなったために引き取ったとしか聞かされておりません。わたくしより三歳年上で、凍てつくような青い瞳に夜空のような髪。背はわたくしよりも頭二つ分くらい高く、普段から鍛えられておりますのでがっしりとした体つきです。侯爵家の血筋は薄桃色の髪にワインレッドの瞳です。ですからわたくしと御義兄様に血の繋がりはございません。


 御義兄様がため息を吐いて答えました。


「お前は聡いから既に知っているものと思っていたが……」


 そう言って話してくださったのは……。



 

 ── 事の起こりは数ヶ月前にさかのぼりました。殿下が宮殿の王室関係者以外立ち入りを許可されていないはずの通路で、あるご令嬢と出会ったそうです。その方の名はシャーロット=マーズロウ男爵令嬢。初めて宮殿に来た彼女は道に迷い、知らずに侵入して衛兵に囚われそうになっていたそうです。たまたま殿下が通りかかり、無事戻ることができたのだとか。


 わたくしは開いた口が塞がりませんでした。


 ── 胡散うさん臭すぎますわ。マーズロウ男爵といえば、隣国である大国エバーレストとの国境門を抱える領地を治めておられるお方……。


 エバーレスト王国は我がヘイデルバーク王国と隣接する大国です。我が国には目立った産業がなく、豊かな水源をもとにワインや小麦などの農産物を生産しております。対するエバーレストは豊富な鉱山資源を有しており、我が国はそこで産出する鉱石を宝石に加工する下請けのような仕事もしておりました。長い冬の時期、農家は手仕事として宝石研磨の仕事を請け負ったりもしているのです。


 そして王妃様は、そのエバーレストからお輿入れされたお方です。豊かな金の髪に明るい緑色の瞳の美しいお方で、レイノルド殿下は王妃様の容貌を受け継いでおられます。国王陛下は鋭く青い瞳に珊瑚色の髪をしておられるのです。


 王妃様はエバーレストの流行をいち早くヘイデルバークにも取り入れられ、常に我が国の流行の最先端を担っておられるお方。そのためマーズロウ男爵とも懇意にしておられました。


 ── その御令嬢が、宮殿で迷子? 


 誰にも咎められずに王室専用通路に迷い込むことなど可能なはずがありません。


 シャーロット嬢は殿下の親切に感動し、後日御礼にお伺いしたいと約束を交わしたそうです。そこからお二人はお忍びで時折お会いになっているということらしいのですが……。


 ── 間違いなく裏で何か動いているに違いありません。


 先ほどのミストリア侯爵夫人の態度にも納得がいきました。ミストリア侯爵領はマーズロウ男爵領と隣接しています。男爵が力を持つことには警戒しておられるのです。領地は侯爵領の方が大きいのですが、男爵領は交易の要ともいえる地。侮れない力を持っています。


 それに王妃様は大変誇り高いお方で、ヘイデルバークを田舎者の国と少し見下しておられるところがあります。わたくしのこともあまりお好きではないようです。当初はエバーレストとの縁組を推しておられたとも聞いております。


「王妃様の差し金ですわね……ですが、これで納得がいきましたわ」


 わたくしはもうすぐ十七歳になります。ヘイデルバークでは成人の年齢です。成人すると同時に正式な婚約者としてお披露目されることが決まっております。聖堂にて婚前契約書を交わした後、謁見式と舞踏会でお披露目されるのです。どちらも近隣の国の代表と国中の貴族が参加して盛大に行われます。


 お披露目の舞踏会用のドレスは婚約者が贈るもの。その際に婚約の証として身につける宝石を、先日受け取りに行きました。そこで殿下がこっそりと髪留めを買っておられるのを目にしておりました。


 ── 王妃様にでも贈るのだろうと思っておりましたが、そういうことでしたか……。


「……で、サラ、どうするんだ? 」

「どうするとおっしゃいますと?」

「このまま見過ごすのか?」

「それこそまさかですわ。ですが、証拠は押さえておく必要がございますわね。お願いできまして?」

「そう言うだろうと思って今までのレイノルドと令嬢の記録も残してある」

「さすがですわね」


 わたくしが微笑むと御義兄様は目を逸らしてしまわれました。

 

 すぐさまわたくしは国王陛下への面会を願い出ました。




 翌日、わたくしは国王陛下の執務室に通されました。陛下はわたくしの顔を見るなり、


「レイノルドのことだな?」


 とおっしゃられました。わたくしの耳に入るくらいですから当然陛下もご存知ですわよね。


「あれは母親の言いなりなところがある。もう少し深く考えれば自ずと答えがわかるだろうに。サラ、そなたには先に目を通してもらおう。あれには当日渡し、その場で署名させる」


 そう言って一枚の書類を渡されました。


「婚前契約書でございますか?」


 言われた通りに目を通すと、終わりの方に驚くべき文言が書いてありました。


「陛下、これは?」

「保険のつもりであったがな。私はサラを信用している。最近の政策、全てそなたによるものであろう?」

「とんでもございません。陛下が撒かれた種を刈り取っているにすぎませんわ」

「だが、レイノルドはそれすらしておらぬのだろう」

「……」


 わたくしは答えず微笑みました。


「やはりサラは聡い。この件、そなたの好きにせよ」

「よろしいのですか?」

「そなたに後の覚悟があるのならば」


 ── わたくしの覚悟……。もしも、わたくしに選べるのなら……?


 答えは既に決まっておりました。


「陛下、わたくし悪役令嬢を演じさせていただきますわ!」


 陛下は笑って許してくださいました。


 退室しようとすると御義兄様が呼ばれました。


「そなた、アルベルトと申したな」

「はい」

「そなたに頼みがある」


 わたくしには陛下のお言葉は聞こえませんでしたが、御義兄様はただ一言、


「御意に」


 とだけ答えておられました。殿下の執務室に向かいながら聞いてみましたが、


「別にどうということでもない」


 とはぐらかされてしまいました。




「父上とは何の話だったのだ?」


 執務室に入るなり殿下が尋ねられました。平静を装っておられますが、ペンを持つ手がせわしなく動いています。わたくしは自然な動作を心がけながら自分の執務机に向かい、優雅に腰を下ろすと答えました。


「昨日のお茶会で気になる話を聞いたものですから、ご報告をして参りました」

「私には報告しないのか?」

「わたくしこそレイノルドから聞いておらず困惑したのですけれど?」

「何のことだ?」


 軽く首をかしげてこちらを見る殿下の様子を注意深く観察しながら答えました。


「マーズロウ男爵令嬢をご存知ですよね?」

「無論知っている。シャーロット嬢のことだろう」

「では、そのシャーロット様が王室専用通路に不法侵入されていたにも関わらずお咎めがなかった、という噂をご存知ですか?」 


 すると殿下はため息を吐いて答えました。


「それは噂ではない、ただの誤解だからな。シャーロット嬢はマーズロウ男爵と共に母上に挨拶に来られたのだ。彼女は婚約披露の舞踏会がデビュタントになる。その前に母上のところに来られた際、誤って通路に入ってしまっただけだ。衛兵に咎めれていたところに私がたまたま通りかかり、事情を聞いて彼女を母上のもとに案内したのだ。些細なことゆえサラにも伝えていなかった」

「お話を伺っておりましたらそのようにご説明したのですが。申し訳ありません、わたくしシャーロット嬢のことを存じ上げませんので何も答えられなくて……」

「知らぬと? 母上から彼女を茶会に招待するようにと言われなかったのか?」

「お聞きしました。ですが、今開いているお茶会は伯爵家以上の方しかお招きしておりません。シャーロット嬢だけ特別扱いするのは難しいとお答えしました。男爵令嬢までお招きすると人数が多くなりすぎますので」

「だが、マーズロウ男爵領はエバーレストとの国境を守る重要な領地ではないか」

「存じております。ですが、国境を守る男爵領はマーズロウ家だけではございません」

「……そう言われるとそうだな」


 殿下は、少し考え込んでおられるようです。


「他にも何か気になることがございますか?」

「いや、今はいい」


 そのまま殿下は仕事に戻られました。


 この時はまだ、お二人の関係が進んでいる様子はございませんでした。夜、御義兄様からいただいた資料を確認しましたが、定期的にお会いにはなっているようですがそれほど深い話をされている様子はございません。ただ、シャーロット嬢がわたくしの主催しているお茶会にお出になりたいと殿下に零しておられたのは確かなようです。殿下は「母上に相談してみるといい」とお答えになっていました。


 その後の顛末てんまつはわたくしが殿下にお話しした通りです。王妃様も、それ以上強くはお出になりませんでした。

 



 婚約披露まで残り一月足らずとなりました。この頃になると殿下は週に一度はシャーロット嬢とお会いになっておられました。わたくしと殿下とのやり取りは反対にどんどん事務的に。儀式を控え、その準備にも時間を取られるようになり、ますます忙しくなっていることも理由の一つです。殿下とプライベートなお話をする時間はほとんどございません。日々忙しく、夕食から就寝の間にも仕事をこなさねばなりません。


「なぜ、お前がそこまでする必要があるのだ、サラ?」


 夜遅くまで書類を読んでいたわたくしに御義兄様が咎めるように言いました。


「わたくしの仕事は殿下をサポートすることですから」

「その殿下の部屋の灯りはもうずいぶん前に消えているが?」

「……ですが、この案件も早く決済しなければ間に合わなくなりますもの」

「サラ、お前のやっていることはサポートではない。ただの身代わりだ。いい加減目を覚ませ。本来ならば王太子であるレイノルドがするべきことをお前がしているのだぞ」


 その言葉にわたくしは書類を置くと、御義兄様と向き合いました。


「もちろん存じておりますわ。ですが、だからと言って政務を止めてしまえば国政に影響が出てしまいます。それはわたくしの今後の計画に支障がありますもの。それよりも……」


 わたくしは陛下に問われ、決めた胸の内を御義兄様に明かすことにいたしました。


  殿下が就寝されている今がチャンスです。


「これからの話は他言無用にお願いいたします。ここでの話、あちらに漏れる危険はございませんか?」

「わかった。念のため確認しよう」


 わたくしが人払いをすると、御義兄様は少し部屋の扉を開け、廊下側で待機中の近衛兵に指示を出しました。それから壁に寄ると小さくコツコツと叩かれます。すると、内側から合図が帰ってきました。


 ── 間諜はいるだろうと思っておりましたが、まさか壁の裏に潜んでいるとは思ってもおりませんでしたわ!


「これで大丈夫だ」


 気にならないと言えば嘘になりますが、今は考えないようにいたしましょう。わたくしは小さく息を吐くと切り出しました。


「それでは、お話しいたします……」


 御義兄様はわたくしの計画を黙って聞いてくれました。全てを話し終え、ドキドキしながら反応を待っておりますと……。


「そなた、いつから気付いていたのだ?」

「最初から、でしょうか? 事実に気付いたのは王宮に上がってからですが」

「そうか……」


 そう言った御義兄様がふと頬を緩ませました。普段表情を崩すことがほとんどない方ですので、この表情は反則です。無駄に心拍数が上がるのを必死で隠します。


「そなたの覚悟、しかと受け止めよう。だが、後で後悔しても遅いぞ?」

「御義兄様こそ、よろしいのですか?」

「私の返事はもう済んでいる。『御意に』」


 そう言うと御義兄様はわたくしの手を取り、そっと唇を寄せました。


 ── ですから、いきなりそういう素振りは反則ですっ!



 

 婚約披露の日がやってまいりました。早朝からわたくしは磨き上げられ、髪を美しく結い上げられます。これからは王族として公式の場ではティアラを頭上に飾るようになるのです。

 婚約式は宮殿内の聖堂で司祭様が執り行われます。


 ── ここからがわたくしの舞台の始まりですわ! 完璧な悪女を演じてみせましょう!


 支度が整うと殿下が迎えに来られました。


「サラ、美しいな」 

「レイノルドもご立派です」

「では、聖堂に向かおうか」


 殿下が差し出す腕に素知らぬ顔で手を通し、わたくしは部屋を後にしました。


 聖堂へ向かう間に、殿下の左腕に力が入っていることに気付きました。


「レイノルド、緊張しているのですか?」

「見違えるほど美しくなったサラに驚いているだけだ」

「ありがとう存じます」


 他愛ない会話を交わすのもずいぶん久しぶりです。ヴェール越しに殿下のお顔を伺いますと、仄かに朱がかかっておられました。


「わたくしが変わったのではなく、この衣装が美しいからそう思われるのではありませんか?」

「うむ、よく似合っている」



 婚約式の衣装は全て白であることが定められております。わたくしの衣装にも殿下の衣装にも、白く輝く丸い粒が装飾されております。光の加減で美しく光るこの粒は、これからの我が国の産業の一つとなる「真珠」と呼ばれる宝飾品です。陛下が見出されたこの宝飾品は鉱物ではございません。湖の貝が作ったものです。この後、戴くティアラにも殿下が授けられる立太子の証の勲章にも、この淡水真珠が使われております。

 

 聖堂に入り、司祭様の御前で婚前契約書に二人でサインをいたしました。殿下が書き終えたサインの下にわたくしも署名いたします。あの文言が入っていることを素早く確認し、サインを終えました。


 ティアラと勲章を戴き、謁見の間へとおもむきます。無事婚約を終えたことを国中の貴族と来賓の前で陛下と王妃様にご報告するのです。午前中の行事はこの謁見式で終わりです。その後は部屋に戻り、午後の晩餐会に向けて衣装を整えなくてはなりません。晩餐会にはわたくしの両親と国王陛下、王妃様、そしてわたくしと殿下が出席します。その後、婚約披露の舞踏会に赴くまでが本日の流れです。


 晩餐会では終始王妃様の機嫌が良く、和やかに進みました。反対に殿下のご様子は会食が進むほどにぎこちなくなり、時折ナイフを持つ手が震えております。


「レイノルド、大丈夫ですか? 具合が良くないのではありませんか?」

「な、なんでもない。少し緊張しているだけだ」


 すると、突然王妃様が高らかに笑い声を上げらました。


「おほほ……、レイノルドも今宵のサラの美しさに目を奪われているのでしょう。本当にまばゆいばかりですわね」

「おめに預りありがとう存じます。殿下から戴いたこのドレスのおかげですわ」


 舞踏会用に仕立てられたわたくしの衣装にも新しい技術が使われております。細かな宝石をいくつもあしらったドレスは、動きに合わせてきらめくのです。

 実はこのドレス、殿下からたまわったことになってはおりますが、実際にはわたくしが選んだものです。殿下は「くわしくないから好きにせよ」とわたくしに丸投げ……んん、いえお任せになったのです。




 いよいよ舞踏会の時刻となりました。大広間には大勢の貴族と、招待された外国の方々が集まっております。

 国王陛下と王妃様が揃って壇上に上がられました。最初に本日デビュタントを迎えるご令息、ご令嬢方の挨拶があります。その後、わたくし達が登場し、ファーストダンスの披露となるのです。


 ── この舞踏会こそが、わたくしの演技の見せ所です。殿下に目にものを見せてやりますわ!


 広間の中央が開かれた空間になっており、わたくしと殿下はその中央で礼を取りました。


 しばらくすると楽団の演奏が始まり、わたくしたちは顔を上げファーストダンスを披露いたします。

曲が終わり、再び礼を取ると周囲から温かな拍手が降り注ぎました。


「本日、我が息子レイノルドとアーシュレイ侯爵家息女、サラとの婚約が相成った。二人には既に王族として公務に勤しんでもらっておるが、これよりは尚一層の努力と国民への奉仕を義務とし、我が国を盛り立ててもらいたい」

「陛下、過分なお言葉ありがとうございます。サラと共にこれまで以上に政務に邁進する所存です」

「王太子殿下とともにこれまで以上に励みたく存じます」

「それでは、祝いの宴を始めよう」


 陛下の言葉を皮切りに貴族達が動き出しました。殿下は予想通りシャーロット嬢の元へ歩みを進められました。シャーロット嬢の首元には淡水真珠のネックレスが、頭上には小さな宝石がいくつも散りばめられた煌めく髪飾りが輝いております。


 殿下達の計画では、二人で二曲続けて踊ることで親密さをアピール。その後、婚約破棄をわたくしに言い渡すというものです。



「サラ、踊っていただけますか?」


 その時、わたくしにもダンスの誘いの声がかかりました。目の前には礼服に身を包む、御義兄様の姿が。


「喜んで」


 わたくしの差し出した手を受け取ると、広間の中央へと進みます。ダンスが始まりました。御義兄様と踊るのは久しぶりでしたが、まるで羽が生えたように軽々と舞えます。


 ── 正直、殿下とよりも踊りやすいですわ! 


 華麗なダンスの合間に、殿下たちの様子を伺います。お互いに見つめ合い、微笑みながら舞っておられます。ふと顔が近付いた際に御義兄様が囁きました。


「もっと笑え、幸せそうに。悪役令嬢になるのではなかったのか?」


 余裕の笑みに心臓が高鳴ります。


 ── そうでした。わたくしの舞台は既に始まっているのです!


 わたくしは艶やかに笑みを浮かべると殊更大きく義兄の周りを回ってみせました。周囲の視線を釘付けにするように。高く、軽やかに。

 ダンスが終わると、わたくしと御義兄様に大きな拍手が降り注ぎます。


 ── 今です!


 わたくしは高らかな笑い声を上げて宣言いたしました。


「おーっほっほっほ、証拠は掴みましたわよ、レイノルド王太子。御自らのこの行為こそが動かぬ証拠。ここに、わたくしは宣言いたしますわ! あなたとの婚約を破棄することを!」


 わたくしの宣言に、一瞬水を打ったように辺りが静まります。


「突然、何を言い出すのだ? それを言うのはこちらの方だ。サラ、そなたのやりようには目に余るものがある! ここに王太子である私がそなたとの婚約破棄を宣言する!」


 わたくしは慌てて宣言した殿下に憐れむような視線を向けました。


「何を仰っておられるのですか? 殿下に宣言する権利はございません。婚前契約書をお読みになりまして?」


 悪い笑みに見えるよう唇の端を引き上げ、扇を口元に当てて言い放ちます。


「婚前契約書だと?」


 すると国王陛下が立ち上がりました。王妃様が燃え上がるような瞳で見据えておられます。


「婚前契約書に則り、サラ=アーシュレイ侯爵令嬢の婚約破棄を受理する。契約によりレイノルドを王宮より追放する。神聖なる契約、違えることはできぬ。レイノルド、婚前契約書には『婚約破棄を言い渡された者はその身分に問わず王宮より追放されるものとする』という文言が書かれていたのだ。婚前契約書の確認を怠ったそなたの落度だ。それに、そなたには情報漏洩の罪もかかっておる」


 国王陛下が厳かに言い渡しました。


「お待ちください! 何のことか分かりません!」

「この痴れ者が!」


 陛下の一喝に殿下の顔色が青くなりました。


「シャーロット嬢の身を飾る宝飾品、そなたが贈ったものであろう。その宝飾品こそがそなたの罪だ。それらは本日披露され、我が国の貴重な産業となるはずであったもの。知らなかったでは済まされぬ!」


 殿下とシャーロット嬢が身を寄せ合い、震え出しました。


「残念だ、レイノルド。今よりそなたの王太子の位を剥奪する」

「お待ち下さいませ、国王陛下! それではこの国はどうなるのです? わたくしたちの子はレイノルドだけなのですよ?」


 王妃様が怒りに震えながら国王陛下に訴えます。


「無論、この件を野放しにした我らにも責任はある。よってレイノルドが追放された後、私は退位する。次の王座はもう一人の我が息子に譲るものとする」

「陛下! 何をおっしゃっておられるのです? まさかわたくしの知らぬうちに……!」

「アルベルト=アーシュレイ、前に出よ。そなたの真の姿を見せよ」

「御意に」


 御義兄様が進み出ると、髪の毛に手をやり、かつらを外されました。現れた鮮やかな珊瑚色に、その場にいた全員が息を呑む音が聞こえました。


「この者の髪と瞳を見れば、我が息子であることを疑う者はいまい。アルベルトは婚外子だ。王妃と婚姻する前に生まれたが、外聞もあろうと前王がアーシュレイ家に養子として下賜されたのだ。アルベルトよ、そなたに王位を譲ろう。サラ嬢とともにこの国を盛り立ててほしい」 

「御命承りました。わが命をかけてこの国とサラを守ることを誓います」


 その後、レイノルドとシャーロット嬢、そしてマーズロウ男爵も情報漏洩の疑いで衛兵に連行されていきました。


 わたくしは王太子妃となるどころか、いきなり王妃になることになりました。ですが、アルベルトが共にいてくれます。


 わたくしは、見事悪役令嬢を演じきりポンコツ王太子を追放することができました。


 ── やってやりましたわ、わたくし!

カクヨムコン中間通過したものを、少し手直ししてぴったり一万字にしました。


この物語、長編で読みたいですか?

希望が多ければ書きます!(ちなみに結婚後は悪役王妃溺愛路線予定)

ぜひ感想、ブクマ、評価でお知らせください✨


ネトコン13用にこちらか別のダンジョンものか、どちらを書こうか迷ってます。両方書けるスピードはないので(笑)

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― 新着の感想 ―
サラ、見事な手腕でした! 面白かったです!
∀・)意外とないものでしたよね「悪役令嬢を演じます系」っていうの。 ∀・)言葉がよろしくないかもですが、令嬢チャンバラものとして素直に楽しめました。無駄に長くして1万字になっているなって感覚がなくて…
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