異世界人拾いました
ワタシ、ジモーネ! 立派な角と鋭い爪が自慢の蜥蜴人よ!
蜥蜴人の角の生え方は人それぞれ。一本角や二本角、真っ直ぐな角に巻き角とバリエーションが豊富なの。
ワタシは鼻の上に一本生えているタイプね。多角タイプにはない力強さとシンプルさ、威風堂々とした佇まいが魅力なの。
もちろん手入れは欠かさないわ。角にも爪にも専用の油を毎日塗ってるし、ホーンケアのお店にもネイルケアのお店にも通って定期的にホーンアートもネイルアートも変えているの。
ワタシの住んでいる地域は年中通して秋だから、季節感がどうしても乏しいのよね。だから角や爪のアートで季節を楽しむことが多いの。
かく言うワタシも狼の月にあわせて角にも爪にも狼をあしらってもらったわ。
黒狼、白狼、灰色狼に、いちばん目立つ角に氷狼も入れてもらったわ! どれも雄々しくてかっこいいの。毛皮はもふもふ感が出ててラブリーだし、ひと月じゃもったいないくらい! 来月はどんな意匠にしてもらおうかしら! とっても楽しみ!
――なんて上機嫌だったのがつい三日前のことよ。
ワタシは今、おおいに悩んでいるわ……。
なにを悩んでいるのかって?
角と爪のことよ……。どんなふうに飾ってもらおうかしら? なんて考えるだけでウキウキしちゃうような悩みじゃないの、残念ながらね。
今のアタシはせっかくきれいに装飾してもらった角の飾りも爪の飾りもきれいさっぱり、塗料や飾りを落として素のまんま。
普段のアタシならこれで外出なんて冗談じゃないわ! なんて言って引きこもっているでしょうね。
でも、そうは言ってられないのよね。
ワタシ、子供を拾っちゃたの。
まあ、これだけならよくある話よね? 犬猫の子どもを拾うなんてよくある話でしょ?
でも他と違うのが、そのこ、どうやら異世界から来ちゃったみたいなのよね。
言葉は通じないし、着ている服も見たことのないものだったし。
お医者さんに見せたら十中八九、異世界から迷い込んできた人間だろうって。
ワタシは生まれてこのかた地元から出たこともなかったから、たまたま人界」から迷い込んじゃった、噂に聞く人界人かしら、と思ってたらまさかの異世界人なんだもの、びっくりしちゃった。
お医者さん曰く、稀にあることらしいけど。
お医者さんは今までに何度か異世界の人間を診たことがあるんですって。人界人と同じ食べ物を与えてもいいって教えてもらったわ。
異世界人はもちろん、人界の人間との接し方もまったく知らなかったから、いろいろ教えてもらえって助かったわ。
それで、人間の子ども、名前はとりあえず小さいからちいちゃんって呼んでるのだけれど、言葉が通じないから意思の疎通が取れてないのよね。
ちいちゃんは常にワタシを警戒してて、夜もあんまり眠れていないみたいで……。
そりゃそうよね。言葉も通じない場所で、自分より体が大きくて、力が強そうな生物がそばにいたら心が休まらないわよね……。
怯えるちいちゃんの視線がワタシの角や爪に集中していることに気付いて、ワタシは決意したわ。
この、大切な、鋭くてカッコイイ爪を切ろう、って。
ちいちゃんをこれ以上怖がらせるわけにはいかないもの……。
お医者さんにも人間は脆いから注意すること、って言われてたし。いい機会よね。
というわけで、ワタシは今ネイルケア店へと向かってるの。
この自慢の爪を切ってもらうために。
ここまで伸ばすのはけっこう大変だったわ……。あんなこと、こんなことがあったわね、なんて、これ走馬灯かしら。
決意したはずなのに未練たらたらね、ワタシ。ここまで来て迷うなんて。
……迷うなんて、ダメよね。ちいちゃんに少しでも安心してほしいもの……。ワタシ、切るわ。
「いらっしゃいませ、111さん今日はどうされたんですか……えっ、切っちゃうんですか?! きれいなのにもったいない……あ~、人間さんを拾ったんですね。
ときどきいらっしゃいますよ、人間さんと同居するから爪とか角とか整えてくださいってお客様。
やっぱり危険らしいですよ。振り向きざまにちょっとかすっただけで大怪我させちゃった、って話も聞きますし。
怪我をさせる前に爪を切ることを決断された111さんはご立派です!
爪を短くされてもつけ爪を楽しむこともできまし、オシャレを全部諦めることはないですから、安心してくださいね!」
馴染みのネイルアーティストさんはそう言って元気付けてくれたわ。
かわいいつけ爪も見せてもらったけど、持ってるとつけたくなっちゃうから断っちゃった。次に来るときはつけ爪を変える元気が出てるといいんだけど。
ネイルケア店を出たら次は小物屋さんを訪ねたわ。
目的は角カバーよ。オシャレでかわいいものを見繕ってもらったわ。
予想外にかわいいものが多くて目移りしちゃった。洗い替えも必要だし、ちょっと多めに買ってもいいわよね? なんて自分に言い訳して三つ買っちゃった。
好きな色とデザインを伝えただけで、ワタシが気に入っちゃうものをたくさん出してくるんだから、あの店主さんなかなかやるわね。
角カバーを買う理由を話したら手袋もおすすめしてくれたし。ワタシ、これから通っちゃうわ。
ミトン型の手袋は指先だけ外れるようになってて、細かい作業のときもいちいち手袋を外さなくてもいいから便利よね。これもかわいいものが多くて迷ったけれど、二双でがまんしたわ。
三ヶ月ごとに新しいデザインが出るんですって。来月もまた見に来なくちゃ!
「ただいま、ちいちゃん。遅くなっちゃってごめんね~」
さっそく買ったばかりの角カバーと手袋をつけて見せてみた。
フフ、やっぱり怖がってるわぁ……。
ワタシがいない間にご飯を食べてくれたみたいだから、それはよかったわ。体調に問題がないのならいいのよ、それで……。怖がられるくらい、なんてことないわ。
……フフ、やっぱりちょっとつらいわ……。小さくてかわいい生き物に怯えられるのつら~い……。
ううん、めげちゃダメよ、111。いつかきっと仲良くなれる日だってくるはずなんだから……! たぶん、きっと! 希望は捨てちゃダメよ!
心なしか警戒が薄くなったかしら……? というようなかすかな違いを感じながらちいちゃんとの生活の日々はすぎていったわ。
角カバーも手袋も、毎日替えていたからちょっとした穴とかほつれとかができちゃった。だってちいちゃんに汚い! とか臭い! とか不潔! なんて思われたくないもの。洗濯がばったのよ、ワタシ。
そろそろ新しい季節のデザインが出るし、買い替えに行ってもいいわよね!
畑仕事や狩りでも破れたりした服もあったから、直しに出すためにまとめておいて、ワタシはその日の狩りに出かけることにしたわ。
「ちいちゃん、ちょっと狩りに出てくるからお留守番、よろしくね。ワタシが帰って来るまで玄関は開けちゃダメよ」
通じているかどうかは分からないけれど、部屋の隅にいたちいちゃんが肯いたのを見届けてワタシは出かけたの。
前は部屋に閉じこもって姿を見せなかったちいちゃんの分かり易い変化に、ワタシは有頂天になったわ。
狩りも上手くいったし、解体屋でも褒められちゃった。
今日はなんていい日なのかしら!
「ただいま、ちいちゃん。今から夕ご飯を作るから、少し待っててね。お腹すいたでしょう?」
有頂天のまま帰宅したワタシは、そのままの良い気分で料理をして、小躍りしながらは以前をしたわ。
ちいちゃんが怪訝な顔をしていたのに気付いて、慌ててやめたけど。
なにかいいことあったのかな……? くらいで済んでるといいのだけれど。
最近はワタシの前でご飯を食べてくれるようになったちいちゃんと一緒にご飯を食べる。
まだちょっと緊張しているみたいだけれど、姿を見せてくれなかったころと比べたら大進歩よね!
さすがに一緒のベッドで眠れるくらい仲良く、までは思わないけど、このままいけば笑顔を見せてくれる日もくるわよね!
ちいちゃんにお風呂に入ってもらっている間、ワタシはまとめておいた服や角カバーを袋につめておこうとしたの。
そうしたら不思議なことにほつれや穴がなくなっているのに気付いたの。
「あら……? ここ、破れてたはずだけど……」
狩り用にしていた服に開いた穴が見事にふさがってたのよ。
うっかり木の枝に引っ掛けてそこそこ大きな穴が開いてたと思うんだけど、きれいさっぱり、穴が塞がれているわ。
他のもよく見てみると、角カバーや手袋もほつれや穴が繕われていたの。
誰がやったかなんて、ちいちゃんしかいないわ。
穴の当て布に使われている布がちいちゃんの服の柄なんだもの。
あの子の服はここに来てからもずっと着ているものだっから、ちょっとくたびれてきちゃってたし、裾がほつれちゃってもいたのよ。
だからお裁縫はちょっと苦手だけれど、針で指を刺しながらも頑張って繕ったのよ。
直しに出したほうがもっときれいに直せたんだろうけど、持ってこうとしたらすごく悲しい顔をされちゃって……。
言葉ば通じないって、こういうときにすごく不便だって実感したわ。きっと捨てられちゃうと勘違いしちゃったんだわ。
新しい服をあげたすぐあとだったから余計だったのかも。反省。
ちいちゃん、下手くそなりに繕った服を大事そうに抱えてくれたっけ……。
そんな大事にしていた服をワタシの服の当て布に使わせちゃって、申し訳ないやら、嬉しいやら、良かった、ワタシ、嫌われてなかったのね……。
でも、あの子、どうやって繕ったのかしら。ワタシの針を使ったのかしら?
あの子にはちょっと大きいと思うんだけれど……。
あの子のが繕ってくれた角カバーを身につけて、鏡の前に立って見る。
うん、どこからどう見ても繕ったあとなんてわからないわ。最高にかわいい。すごい腕が良いのね、あの子。
そのとき、ぽそぽそと小さな声が聞こえたわ。ちいちゃんがお風呂からでてきたみたい。
無口なあの子が声を出すだなんて……!
今日のワタシ、もう、本当に、良いことばかりがありすぎよ……!
「ちいちゃん、すごく器用なのね。たくさん繕ってくれてありがとうね、おかげで直しに持っていかなくても済んじゃった」
わかりやすく手袋もつけて見せれば、ちいちゃんは深く腰を折ってから、自分の部屋にかけて行ってしまった。
……照れ屋なのよね、きっと。あの動作、犀人の威嚇に似てたけど、怒ってないわよね?
――なんて、ワタシの強がりを自分に言い聞かせた言葉はどうやら的外れなものではなかったようで、それからワタシとちいちゃんの距離はどんどん縮まっていったわ。
挨拶をすれば返してくれるようになったし、おそるおそる近付いてきてくれて、家事も手伝ってくれるようになったの。
人界語をカタコトだけれど喋れるようにだってなったのよ! うちの子、賢すぎないかしら?!
ちいちゃんとお喋りする時間が増えたから、すごく楽しいの! 最近はワタシもちいちゃんの故郷の言葉を勉強中よ。
ちいちゃんの故郷の文字はカタカナって言うのよ、少ないからすぐに覚えられたわ! ふふん、楽勝ね。
そうそう、ちいちゃんの本名はチヒロ・ナカムラって言うんですって。
ようやく本当の名前を呼べると思ったら、今まで通りちいちゃんて読んでほしいってはにかみながら言われて、ワタシ、嬉しすぎて倒れるかと思ったわ。
あだ名を気に入ってくれてたのね、嬉しい!
「あなたにそう呼ばれるのが好きだから」
ですって!
それを聞いた日は嬉しすぎていつもの三倍の量の獲物を狩れたわ。解体屋もなにがあったんだって驚いてたわ、ふふふ。
ちいちゃんは故郷で服を作る仕事をしていたから持ち歩ける裁縫道具も持っていて、それでワタシの角カバーや服を直してくれたのですって。
当て布に使える端切れが見当たらなかったから、自分の服を使ったのですって。
ごめんね、ちいちゃん。裁縫が苦手だから服は全部直しに出すか売るかしてたの。うちにはそもそも端切れが存在しなかったのよ……。裁縫道具は子どものとき学校に通ってたときに買ったやつよ……。ワタシ、服以外の物持ちはいいの……。お向かいのヴィムさんなら絶対持ってたのに! ワタシが裁縫が苦手なばっかりに!
大事にしていた服を切らせちゃったお詫びに服をブレゼントしようとしたら、それより布屋さんに行きたい、て言われちゃった。
気を使わせちゃったのかしら、と思っていたけど、いざ布屋に行ったらそんな心配は吹っ飛んだわ。
布屋でのちいちゃんはまるで狩人だったわ。あれこれと布を見て、あれやこれやと選んでいく目に迷いなどなかったわ。端切れコーナーでもたくさん買ってとっても満足そうに笑っていて、ワタシも嬉しくなっちゃった。
布を買って以来、ちいちゃんはずーっと服を作っているわ。本当に服を作るのが好きなのね。
ワタシの角カバーも作ってくれたし、無精して買ってなかったカーテンとか、テーブルクロスとかも作ってくれたわ。無精を見抜かれてしまって少し恥ずかしい……。
ワタシのルームウェアも仕立ててくれたわ。ちょっと変わった形をしているけどとっても着やすくて、いい感じ! キモノっていうんですって。前開きで、帯を腰に結ぶのよ。楽でいいわ~。
ご近所さんに自慢したら、みんな興味津々でちょっと角高々よ。
ふふふ、あの子も服が好きだし、今度服屋さんに働きに出てみないか聞いてみるつもり。
服を作るには器用さが必要だから、自然と手が小さくて細かい作業が得意な種族が集まるのよね。体の大きい種族は少ないはずだから、こちらに不慣れで小柄なちいちゃんも萎縮せずに働けると思うの。
こちらでの働き方を知っていれば、手に職があるのだもの、どこでだって生きていけるわ。
ちいちゃんの拾い主として、責任を持ってあの子がどこでも生きていけるようにしなくちゃ、だもの。
蜥蜴人の成人は、だいたい生まれてから五十年だけれど、あの子は今いくつなのかしら?
う~ん、人間は若く見え易いっていうから……十年くらい足して、二十五歳くらいかしら……?
その後、ちいちゃんに歳を聞いたら四十五歳と返ってきて、ワタシは思わずずっこけてしまうくらい驚いた。
成人間近じゃないの! もっと赤ちゃんかと思ってたわ!
まあ、ワタシの歳を聞いたちいちゃんもずっこけてたからおあいこね。