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第十二話:現場検証

 机や椅子の取り払われたリーガルパレス東京の大広間は、大例会のときよりもはるかに広く感じられた。


 照明を全開にした部屋を見回した加治木は、改めて荘厳な内装に圧倒されてしまった。


「満足しましたか。先輩」


 加治木は、声の主を振りむいた。眼鏡をかけた、卵のような顔の若い刑事である。刑事は、うんざりした顔をしていた。


「もう少し見させてくれよ。話も聞きたいし」

「そうは言いますけどねえ。先輩はもう、一課じゃないですからね。勝手に公安なんかにいっちゃって」


 加治木は苦笑した。


「勝手は酷いな。俺を公安に異動させたのは上の人間なんだから」


 慰めるように言う。かつて部下だった前野修(まえのしゅう)は、口を尖らせた。


「そうすかね。事情はどうにせよ、先輩はもう公安の色に染まってますよ。なんというか、鬼気迫るものがない」

「じゃあ、ブランクを取り戻さないとな」


 加治木は、広間の奥、演台の前へとずんずん歩いていった。捜査一課での現場検証は昨日のうちに済んだようで、広間は静かだった。


 前野に聞いたところによれば、午前中にホテルが呼んだ清掃業者が入ったらしい。

 正面より左寄りに、加治木は歩いてゆく。周囲の景色を見ながら、昨日のことを思い返してみる。


「俺は、昨日ここに居たんだよ」

「知ってますよ。聴取の時、僕もいたじゃないですか」


 呆れたように、前野が言う。


「そっから、こう、走って……」


 広間の左端を沿うようにして、演台に向かう。

 司会用の演壇も片付けられて目印が無いが、周囲の光景でおおよその位置をつかんだ。

 頭の中で、乃那を助け起こす。


「演台にのぼって、中央の演壇で倒れている被害者を起こした」


 中央の演壇も、やはり片付けられてしまっている。

 加治木は、演台のおおよそ中央と思える位置に立ってみた。広間全体を見渡すことができ、とてつもなく広く見える。


「なあ、前野。被害者のことについて、教えてくれないか」


 前野は「しょうがないですねえ」など、ぶつぶつと呟きながら、加治木を追ってきた。手元に手帳を取り出して、開く。


「被害者は、大杉克樹(おおすぎかつき)。身長百九十センチ、体重九八キロ。年齢は四十六歳で、職業は宗教法人『テオスゲノスの民』の役員です。

 元は極右団体『大日本(だいにほん)再生戦線(さいせいせんせん)』の活動家でした。

 それが、どういうきっかけか、二〇二二年になって団体を辞め、こちらの宗教法人に移っています。

 元の団体にも聞き込んでみましたが、大杉の評判はあまりよくなかったですね。

 よくないというより、酷い、かな。団体内でも、揉め事が絶えなかったそうです。

 体格と同じくらい、横暴なやつだったみたいで」


 加治木は、テンドウの……大杉克樹の堂々とした様子を思い出した。

 彼の自信を形成してきたのは、妄信的な極右活動で得た経験だったのだろう。


「追い出されたってわけかな」

「うーん。実態はそうかもしれませんね。そこまでは、話してもらえませんでしたが」

「テオスゲノスの民に移ってからは、どうだったんだ?」


 前野は、手元の手帳のページをめくる。


「ええと。一般的な信徒から始まって……幹部になったのは、割と最近です。二〇三〇年」

「へえ……」


 二〇三〇年という年号に、なにか引っかかるものがあった。以前に、どこかで聞いたことがあった気がした。


「幹部になってからの評判は、上々みたいですね。

 老成したというべきか落ち着きも出てきて、口が上手いもんですから、体格も相俟ってか信徒からの信頼は厚かったそうで。

 結局、二年で団体のナンバースリーに収まってしまった」

「スピード出世だな」

「そういえるでしょうね。確か……日本支部だけで信徒が四万人近いらしいですから、かなりの出世と言えます。

 生きていれば、将来的には団体の跡を継いでいたかもしれません。

 まあ、法人のトップが、どう後継者を選定するつもりか、なんてことは我々には判断しようがないんですけども」

「生きていれば、次期後継者ね……」


 加治木は、視界が開けたよう心地がした。


「大杉の成り上がりを恐れた犯行——一課の見込んだ犯行動機は、そんなところかな?」

「それもあります。あとは、極右団体時代の怨恨です。各所から、相当恨みを買ってたみたいですからねえ」


 大杉克樹が極右団体に所属していた頃の揉め事について、前野は語った。


 大杉は、抗議デモにおける警察組織との衝突や、在日外国人の人権団体事務所への脅迫まがいの訪問、左翼活動家への襲撃で暴行を働いたこともあったらしい。

 他にも、SNSを通じて、企業や著名人、政治家などの活動に左翼思想をこじつけてバッシングしていた。


「十年越しの復讐か。恨み晴らさでおくべきか、とねえ。そういう縁故のある人間が、信徒の中に居たのかね?」

「現在調査中です。なにぶん、数が多いですから」

「でも、弾痕を見れば、大体犯行に及んだ人間がどこにいたのかは、ある程度絞れるんじゃないか。死因はどうだったんだ」

「心臓を撃たれて、即死でした。発射された距離は、硝煙の付着具合から三メートル以上は離れている見立てですね。

 さしあたっては、演壇の近くに居た人間や、教団の幹部たちを聴取してます」

「怪しい人間は?」

「極右団体時代の関係者は調査中ですので、教団内の権力闘争に限れば、現場に居た怪しい人間は四人です。全員が幹部。

 第二神席……教団の二番手ですね。小平庄司(こだいらしょうじ)という、五十五歳の男。

 四番手の皆藤兵輔(かいどうへいすけ)、四十八歳男性。五番手の桜田(さくらだ)みな江、六七歳女性。六番手の鵜飼宋次郎(うかいそうじろう)、五十九歳男性」


 加治木には、幹部の面々の年齢が随分と若いように思えた。新興宗教だからだろうか。

 幹部の中では大杉が一番若かったとすれば、若いくせに地位が高いことに対する妬みもあったのかもしれない。


「今のところは、どう。犯人の目星は」


 加治木は訊ねた。


「予断なく捜査してますけど、大杉の下に居る皆藤という男が、元自衛隊員で空挺レンジャー資格まで持っていた人間です。

 拳銃の扱いに長けていたと思われます。これが、写真なんですけど」

「レンジャー? そんな人間がどうして宗教法人なんかに」


 加治木は、思わず声を上げた。

 手渡された写真には、敬礼をしている、日焼けした男の姿があった。短髪で眉が太く、唇が厚い。


 レンジャーとは、陸上自衛隊の中でも極めて過酷な訓練を乗り越えた自衛隊員に付与される資格だと、檜山警部から聞いたことがあった。

 射撃技術のみならず、敵地偵察、ゲリラ襲撃、拠点制圧・爆破、数十キロに及ぶ夜を徹した山中行軍といった訓練を経て、体力知力判断力を徹底的に鍛えられた隊員だという。


 捜査に携わったことは無いのだが、公安総務課二係では自衛隊内の右翼思想家に対する監視を行っている。

 特に優秀な技能を持つ人間は重点監視の対象になっており、レンジャーなどがその例だと教えてもらった。


 檜山警部から、一般公開されているレンジャー訓練の動画を見せられたものの、とてもではないが、直接対決する事態になれば万に一つも勝ち目がない人種に思えた。


「皆藤がどうして教団に、ってのは分かんないです。聞いても答えません」


 加治木は、背筋がうそ寒くなる心地がした。

 

 右翼思想の雄弁家、優秀な元自衛隊員、かてて加えて多くの資金を集めて、この教団は刑務所を放火しているのだろうか。

 想像を超えた危険を孕んでいるように思えてならない。


「皆藤なら、三メートルくらいの距離なら、簡単に急所を狙えたかもしれません。それでも、結局一発だけしか当てられなかったみたいですが」

「一発?」

「ええ。被害者にあたったのは、一発だけです。それが致命傷になっています」


 加治木は首を傾げた。


「銃声は三発だったはずなんだけどな。他の二発は?」

「被害者の体内からは、発見されていません」


 久奧の言葉を思い返した。背中に傷がないなら、三発目は外れていると久奧は言った。

 被害者の身体から見つかった弾が一つということは、一発目か二発目のどちらかも、外れているということだ。


「じゃあ、この演台のどこかに、二発分の弾痕が見つかったわけかな?」


 前野は眉を寄せ、溜息を吐いた。首を横に振る。


「鑑識や、我々刑事も一緒になって捜しましたが、演台にも周囲の壁や床にも落ちてませんでした。

 騒ぎに紛れて犯人が回収したのか、それともこの広い会場のどこかに隠れているのか……。あるいは」


 前野は、人差し指を立てた。つられて上方を見上げると、高い天井に吊りさげられた、豪奢なシャンデリアが視界に写った。


「天井にあるのか、ですね。ちなみに、ここの天井は八メートルあるらしいです」

「探すのか」


 加治木は訊いた。


「諦めてます。労力に見合う価値がない。ホテル側は見つけたいでしょうけどね。

 人死にの出たホール、弾丸の埋まったホールなんて悪評を、さっさと拭いたいでしょ」


 その時、ホテルの従業員が大広間に入ってきた。

何の用事か、ふらふらと辺りを見回しながら、露骨に迷惑そうな雰囲気を漂わせていたので、加治木は前野と共に広間を出た。


 ホテルを出て、加治木は前野に礼を言った。

 礼なら食事をおごってくれと言うので、加治木は苦笑しながら承諾した。独身の自分には、さほど給料の使い道もないのだ。


 前野は嬉しそうな顔をしてから、自分が捜査情報を話したことは秘密にするようにと言って、夕闇の街へ去っていった。


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