対価の儀
古民家の中で老婆が一人、少年と対面になり座っている。
老婆「悠新も、もう12歳か...早いね...」
悠新「僕は何が無くなっても構わない、頼むよ婆や」
婆やは悠新を見て目を見開いた。
婆や「皆嫌で泣き叫ぶくらいなのに...頼もしい事だ。だが、自分で選べる訳では無い、全ては式神様に委ねられる」
婆やは息を吐くように口から煙を出した。悠新は次第に眠くなり気を失った。
悠新が目を覚ますと目の前に姉の悠月が心配そうに見つめていた。
悠月「何も変化は無いようね...目は見える?」
悠新は起き上がり手や足を確認した。
悠新「あぁ、見えてるよ。特に変化は無いようだけど」
悠新と悠月は婆やの方を見た。婆やはお茶を一口飲み、話始めた。
婆や「悠月は右足だったか...皆足や腕を持って行かれる事がほとんどじゃ。稀に視力や声を失い強い力を得る者がいる」
悠月「NOBA...」
婆や「しばらくは伏せておいた方が良い。最近は良いイメージを持たない者も多いだろう」
悠月は悠新の左腕を持ち包帯を巻いた。
悠月「左腕を持っていかれた事にしましょう」
悠新「...」
この国では12歳になると対価の儀を行い体の一部を失う変わりに不思議な力を得る。人々はその力を元に働いている。
悠月は右足を失った変わりに浮遊できる能力を得た。右足には義足を着けている。この国で浮遊は最も多い力だった。
対価の儀から一週間たった日、役所の人間が訪ねてきた。
土方「対価の儀を終えられたようで...」
婆や「これは、これは、お偉いさんがわざわざご苦労様です」
対価の儀を終えた後、必ず役所の人間が訪ねてきて得た力と失った物を調べる。しかし、役所の中でも上層部の人間が来る事は珍しい。
土方「悠新君は、左腕を失ったようで...」
悠月「義手を付けてリハビリ中でして」
悠月は苦笑いした。
土方「力はまだ出てないかな?」
婆や「まだ、一週間ですからね」
力が出てくるまでには人によって1週間~1年くらいの差があった。
土方は立ち上がり悠新に近づいた。すると刀を抜いていきなり悠新の右腕に切りかかった。悠新は斬られた箇所を押さえてうずくまった。かなり血が出ている。
土方「義手ではないようですが...やはりNOBAですね」
悠月「ごめんなさい嘘をついて、でもいきなり斬るなんてひどい!」
悠月は悠新の前に手を広げて土方との壁になった。
土方「今はNOBAは役所に来てもらう決まりだ。だが焦る事は無い、自分のタイミングできたまえ」
土方はそのまま立ち去った。沈黙の中悠新は斬られた箇所の傷が治っている事に気がついた。
土方「傷がね...それが力かな?」
婆や「まぁどうですかねぇ」
土方は週に一度家を訪れていた。婆やとお茶を飲み少し打ち解けていた。悠新と悠月が怪しんだ目で土方を見ている。
悠月「土方さん、私は弟を争い事に巻き込みたくないんです」
土方「 ...とはいえ、今やNOBAは犯罪者か役人かの二極化になっている。弟を犯罪者にする気か?」
婆や「必ず犯罪者になるわけでも無かろう」
土方「最近は犯罪者組織がかなり拡大しています。役人も何人かは殺されてしまった...」
悠月「なおさら渡せないわ」
全員が何かを言いたげだったが、沈黙が少し続いた。
その時、地面が僅かに揺れ始めた。次第に地面が波打ち始め、水のように飛沫をあげ始めた。
土方は刀を持ち立ち上がった。
土方「皆さん離れて!噂をすれば...かな」
土方の下の地面が盛り上り大きなワニが出現して土方を丸ごと飲みこんだ。
悠月は口を押さえて震えている。悠新は悠月と婆やの手を引いて外へ逃げようとした。
扉の前に男が立ち塞がった。
...「おめでとう!悠新君!君は俺達サヴァンの仲間になった。俺は由来、宜しく!」
悠新「サヴァンってたしか犯罪者グループの...」
由来は家に入りワニを撫でた。
由来「犯罪者とは失礼なっ。俺達からすれば今食べられた土方はんが悪者だけどな」
ワニの口が徐々に開き始めた。中から土方が刀で口を開けているようだ。
土方「誰が悪者だって?」
土方はワニから脱出するとワニ口を真っ二つに斬った。
由来は笑いながら手をたたいた。
由来「さすがに、こんなんじゃ死なないよね?」
土方は目で追えない早さで由来の首元に刀を突きつけた。
由来「神速だっけ?」
土方「色々と聞きたい事があるが、とりあえず役所に来てもらおうか」
由来「なぁ!悠新!」
悠新「...?」
由来「今サヴァンVS役所って何対何か知ってるか?」
土方「聞く耳を持つなぁあ!!」
土方は由来の首を切り落とした。落ちていく首が笑いながら囁いた。
由来「6勝0敗全勝だ...」
由来の首は地面に沈んでいった。
悠新は気づいた時には自分の心臓に刀が刺さっていた。その刀の鞘を持っていたのは血だらけの土方だった。