もう一度やり直せるのなら 〜三人の女の選択~
暇を持て余した三つ子の女神は、新たな遊びを思いついた。
それは、悲惨な運命を辿った女たちの人生を巻き戻し、再びやり直させるというもの。
そして最終的に、誰が一番幸せになれるのかを競い合うのだ。
長女は、偽聖女の汚名を着せられ、処刑された女に目を付けた。
次女は、性悪令嬢の烙印を押され、娼館で病死した女を選んだ。
三女は、若い娘を囲う夫に全てを奪われ、野垂れ死んだ女を見つけた。
「貴女の人生をやり直させてあげましょう」
三つ子の女神に選ばれた女たちは、みな一様に戸惑った。
しかし、抗う術もなく死を迎えるはずだった彼女たちは、運命が巻き戻されことを知り、驚くと共に女神に感謝した。
三つ子の女神たちは、やり直しに際し、三つのルールを制定した。
一つ、別の存在としてではなく、同じ存在として生き直すこと。
一つ、やり直し前の記憶を保持すること。
一つ、やり直しは十五歳の時点からとすること。
女神たちの役目は、そこまで。
人間にとっては長い半生も、神々にとっては鳥が羽ばたくほどの一瞬にすぎない。
それ以上の干渉はせず、ただ見守ることにした。
長女が目を付けたのは、王太子と婚約を結び、聖女として献身する女だった。
だが、祖国のためにと搾取されるだけ搾取され、より若く美しい聖女候補が現れると、あっさりと捨てられた。
さらに、王太子は新たな聖女に乗り換えた事実を隠すため、彼女に教会の暗部を押しつけ、「偽聖女」として糾弾し、処刑へと追いやった。
聖女がその力を見出されたのは、十七歳のときだった。
だから、十五歳に戻った聖女は、迷うことなく隣国へと逃げた。
「せっかくもう一度やり直せるんですもの。こんな国、どうなっても知りませんわ」
彼女は隣国で聖女としての力を存分に発揮し、繁栄へと導いた。その傍らには、聖女を護るように寄り添う聖騎士の姿があった。
一方、真の聖女を失った祖国は加護を得られず、衰退の一途を辿った。最終的には隣国に攻め入られ、属国に成り下がったようだ。
「国ひとつを滅ぼすほどの幸せを手に入れたのだから。この勝負、私の勝ちに違いないわ」
高笑いする長女をよそに、次女は己が選んだ女の行く末を見守った。
次女が目を付けたのは、わがままで少し性悪だったが、高位貴族の娘ならば珍しくもない性格の令嬢だった。
ただ一つ、不運だったのは、腹違いの妹の存在だろう。
令嬢の実母が亡くなると、妾とその娘が家に迎え入れられ、正式な家族として扱われた。
やがて義妹は父の寵愛を一身に受けるようになり、令嬢の立場は次第に脅かされていった。
そして、義妹の巧妙な策謀により、婚約者も身分も奪われた令嬢は、娼館へと送られ、病に倒れた。
実母が亡くなったのは、令嬢が十六歳のときだった。
だから、十五歳に戻った令嬢は、迷うことなく貧民街へと足を運び、汗を流して働く義妹を井戸の底へと突き落とした。
「せっかくもう一度やり直せるんですもの。不幸の芽は早めに摘まないといけませんわ」
令嬢にとって、すべての元凶とも言える義妹がいなくなったことで、実母が亡くなっても父親の寵愛を失わずに済んだ。
彼女は過去の傲慢さを省みながら慎ましく生き、やがて婚約者と幸せな結婚を遂げたようだ。
「たった一手で幸せを手にしたのだから。この勝負、私のものですわ」
ほくそ笑む次女を横目に、三女は己が選んだ女の行く末を見守った。
三女が目を付けたのは、夫に愛されず冷遇された夫人だった。
貴族との繋がりを得たい生家の意向に従い、没落貴族に嫁がされたものの、夫にはすでに心を寄せる若い娘がいた。
「金が欲しかっただけだ。貴様を愛することはない」
冷たく言い放たれ、狭い離れに押し込められた夫人だったが、ある晩、酔った夫に襲われ、一夜の過ちで子を宿した。
そして夫人の両親が事故で亡くなると、もはや夫人を繋ぎ止める理由はなくなり、夫は迷うことなく離縁を言い渡した。
最初は不要とされた息子も、夫の愛した若い娘が子を望めぬと分かると正式な跡継ぎとして取り上げられた。
遺産も、子どもも奪われた女は、行き場をなくし、最後は野垂れ死んだ。――それが、三十五歳のときだった。
他の二人と比べても、やり直せる期間は長い。
家を捨てる道も、若い娘を追い出す道も、別の男と結ばれる道もあった。
なのに、夫人は何一つ変えようとしなかった。
寸分の狂いもなく、前と同じ人生を辿っていた。
「どうしてこの女は何も変えようとしないの?」
愛が残っているのか? それとも復讐の機会を待っているのか?
戸惑う三女の予想は、ことごとく外れた。
夫人はすべてを受け入れ、ただその日を待っていた。
そして、酔った夫に襲われ、再び子を宿した。
「別れてください」
「何を馬鹿なことを。お前には興味はないが、金は必要なのだ」
「それならば、慰謝料としていま私の持つすべての財産を差し上げます。私にはあの子がいれば十分です」
男は一瞬、言葉を失ったが、これは男にとってあまりにも都合の良い話だった。
一夜の過ちで生まれた息子も、男にとっては若い娘への不義理の象徴に過ぎない。
女の実家の財産は惜しいが、慰謝料としてまとまった金が手に入るなら、それで十分。若い娘もすぐに子をもうけるはずだ。
男は離縁を受け入れ、女は息子と屋敷を出た。三十五歳の時だった。
女は片手に大きなカバンを、もう片方の手で息子の小さな手をしっかりと握る。
器量も良くないし、手に職もない。
けれど、明日には両親は事故で亡くなり、財産が残されることだろう。
それを元手にすれば、これからいくらでもやり直せる。
何より、子どもがいるのなら、どんな苦難でも乗り越えられる気がした。
「せっかくもう一度やり直せても、あなたがいないと意味がないのよ」
――死の間際まで、彼女の頭にあったのは、ただ息子のことだけだった。
だから、女神の声を聞いたとき、女は必死に考えた。
十五歳に戻れば、子どもは手元にはいない。
他の男が相手では、同じ子どもとは言えないだろう。
だから、同じ人生を歩んだ。
寸分たがわずに。
その過程に、屈辱と苦しみが待っていると知っていても。
そうして産まれた子は、女が愛した息子だった。
「苦難の末に掴んだ幸せも、悪くないと思わない?」
三女の言葉に頷いたものの、三人はすっかり困ってしまった。
「でも、これじゃあ誰が一番幸せなのか分からないわ」
「それなら、今度は誰が一番不幸な末路を迎えるかで競いましょうよ」
「それは面白そうね。ルールをまた決めないと――」
そうして三つ子の女神は、また新たな遊びを始める。
所詮、人の運命などただの暇つぶし。
神々の戯れは時に、誰かを幸福へと導き、誰かを奈落へと突き落とす――。
↓女神たちは新しい遊びを始めました
三つ子の女神の暇つぶし~とある王国の召喚の儀~