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妖異譚 あれが過ぎると申します

あれが過ぎると申します 菱

掲載日:2024/12/31

人を喰つた話だと云ふ


否何《いやなに》 人を喰ふのではない

鬼の仔《こ》を喰ふのだと云ふ


鬼が人を喰ふのでなくて

人が鬼を喰ふのだから

人を喰つた話なのだと


何やら合點《がてん》が行くやうな

行かぬやうな事を云ふて澄《す》ましてゐる


まあ 見給《みたま》ヘ


小聲《こごゑ》で耳打《みみう》ちすると

うそうそ邊《あた》りを憚《はばか》つて

懷《ふところ》からそつと取出《とりだ》した


掌《たなごころ》で一寸《ちょつと》隱すやうにしながら

ほうらこれだよと撫《な》でてゐる


何だいこれは

目も鼻もないぢやないか


知らないか

鬼の仔とは

昔からさういふものだよ


飽迄(あくまで)眞面目《まじめ》である


成程(なるほど)

さう云はれてみれば

さう云ふものかも知れぬ


小さいながらも妙《めう》に嚴《いか》つい形《なり》には

鬼の面魂《つらだましひ》が

ひしひし宿つてゐると云つても可《い》い


これはどうも赤鬼らしいね

と訊《き》くと


神妙(しんべう)な容貌《かほ》で頷《うなづ》いてゐる


さうして


これはね 茹《う》でてあるのだよ

と仔細《しさい》らしく頤《あご》を撫でる


鬼の仔とは茹でるものかね?


さうさね

どうも茹でたが良いらしいね

ほら かうするのだよ


二つの角を摑《つか》むと

天窓《あたま》を眞ん中からばかりと割つて見せた


ほつくりした

白い髓《ずい》が見えてゐる


半分づつ

赤玄《あかぐろ》い皮を剝《は》いで口に入れて見せた


まあ遣り給へ


目の前に突出(つきだ)されたものを

曖昧《あいまい》なる薄笑(うすわらひ)で胡麻化《ごまか》さうにも

すつかり肚《はら》を見透(みすか)された體《てい》にて

斷《ことは》らうにも斷りきれぬ


仕方なしに一口


兢兢《こはごは》嚙《か》んでみると

幽《かそけ》き中に味はひがある


懷から幾《いく》らでも出してくるのを

ただ默默《もくもく》と貪《むさぼ》つた



最后《さいご》の一つを嚥下《えんか》して

これで乃公《おれ》も

人ならぬものに爲《な》りおほせたなと覺悟《かくご》した



鬼の淚が滂沱《ばうだ》と落ちた






                         <了>







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