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トンネルの先、ひばり。

作者: たかな

 じっとりとしたバスの中。

体中にすがるように、雪解け水を含んだ空気がへばりついてくる。

 五月。東北地方の某県、某所。

 山頂ほど近いためか、遅咲きの山桜の明るく淡い紅色が、

着物の柄のように山を彩っている。

急に吹いた強い風が、木々をゆらし、

まるで歓迎するかのように舞い上がった花びらが、僕の座る席の真横で踊っている。

その光景に魅せられ、僕はしばらく外を眺めていた。

 足元には、2泊分の着替えだけが入ったバッグが、けだるそうに形を崩して鎮座している。

言葉にならない言葉で、バッグは僕がここまで来てしまったこと同僚達のように責めている。

僕は、急に消えた彼女を追いかけてここまで来た。

 「『何故急に僕の前から消えてしまったのか』

それだけを聞きに追いかけるなんて、お前はストーカーか?」

「男ならそんな女追っかけるんじゃない。格好が悪い」と、

散々同僚に馬鹿にされはしたが、やはりどうしても僕は彼女が消えた理由が知りたかった。

それだけをたずねる為に、僕は彼女の居場所を突き止め、今こうして向かっている。

 気持ち悪い。

ああ、僕は自分自身が気持ち悪い事をしているというのはちゃんと判っているさ。

でも僕はこの気持ちをどうすることも出来なかった。


 バスはドンドン進んでいく。

最初はある程度いた乗客も、一人、また一人と姿をぽつんと立ったバス停へと消していった。

残っているのは3人。僕のほかは暗い顔をし、キョロキョロし続けている男と、

じっとただ一点、バスの正面だけをぴくりともせずに見つめ続けている、白い顔の女。


 頂上へ向かえば向かうほど、今度は山特有のガスに包まれてゆく。

ギリギリ車がすれ違える程度の道幅しかないこの道を、運転手はなれたハンドルさばきでどんどん上ってゆく。

ちょっとした余興気分だ。

 目の前の白が一瞬だけ黒へと変わり、今度はオレンジの光が支配した。

天井に申し訳程度についている蛍光灯が、ジジっと音を立てながら車内を照らし始めた。

「まもなく、終点。終点でございます。お荷物等、お忘れないよう確認のうえお降りください」

僕ははやる気持ちを抑えつつ、足元のカバンに手をかけた。


 バスの扉が開く。ガタガタと機械が音を出しつつ、ゆっくりとバスの口をこじ開ける。

開いた先は相変わらず真っ白なガスに覆われてる。いや、相変わらずではない。

より濃いガスにおおわれていた。

目の前は何も見えない。耳にはけたたましいバスのエンジン音とひばりの歌い声が聞こえている。

ふぅと肺にたまったバスの空気を吐き出し、山の空気を取り入れてから、

とりあえず僕は集落の方へと向かった。

 灰色の街だな……。それが僕のこの街を見た感想だった。

どこもかしこも色がない。モノクロの世界とでも言ったら良いのだろうか?

活気がなく、ただひたすら灰色。薄い灰色。黒。

薄ら寒さすら覚えるこの街のなかで、本当に彼女は生活をしているのだろうか?

 目の前の世界では、ひばりの声だけが鮮やかな色を放っていた。


 2時間も歩き回ったころだろうか?僕は街の人々に彼女の写真を見せ、

最近こんな子が越してきてないか尋ねて周った。

みんな青白い肌と、うつろな目のまま、「しらない」と言い放ち、

そそくさと立ち去ってゆく。

半分あきらめかけたときだった。

「ゆう……じ君」

聞き覚えのある優しい声の主の方へ目を向けると、

そこには彼女が立っていた。

 会いたくてたまらなかった。

会って、僕から離れていった訳を聴きたかった。

彼女の声がききたかった。

彼女の唇に、彼女の手に、首に、胸に、腰に、肩に触れたかった。

ようやく会えた彼女に安心したせいか、

僕の目は水におぼれて彼女の顔をゆがませた。

「ひ、ひさしぶり……会いたかったんだ」

「だからここまできたの?……なんで」

彼女の戸惑った態度に僕は若干の違和感を抱きつつも、

「なんでって……君が急にいなくなるからじゃないか」

熱くなる感情が抑えられない。今すぐ抱きしめたい気持ちに駆られる。

「……判ったわ。全部話す。だからうちにとりあえずあがってくれない?」


 彼女の部屋の中は、僕と一緒に住んでいたあの部屋と同じ匂いがした。

でも同じなのはそのぐらい。

 小さなテーブルとポット。後は布団があるぐらいの質素というには、

あまりにも悲しく寂しい部屋だ。

「ゆうじ君、そこに座って」

彼女は台所に立つと、やかんに水を入れ、ガチャっとコンロに火を入れた。

「ねえ……あの時の事……なにも覚えてないの……」

「え?」

頭から血が引いていく音が聞こえる。

「本当に覚えてないの?!どうして!なんで!?あんなことをしておいて、

貴方はなにも覚えていないの?!」

どう……いうこと……だろう……。

「貴方と私、とっくに別れてるの。ちょうど去年の同じ時期よ。私に……

好きな人が出来て、ゆうじ君に私、お別れしたよね?!」

そうだっけ……。あ……。

頭の中のもやが、どんどん晴れていく。

そうだ、あの時のことだ。

 僕は泣きじゃくり、彼女に対してひどい事を言った。ひどい事もした。

たしか……この目の前の清楚そうな女が、別の男と浮気をして帰ってきたときだ……。

バカな女だよな……僕が部屋の窓から見ているのを知らずに、

背の高い男とキスと抱擁を交わしていた。

 「淫売女!この僕以外を好きになっただと?!ふざけるな!

僕よりも君を愛している奴なんて他にいないんだ!それなのになんだ?

少しいい対応してもらっただけでその男がいいだと?……はぁん。

優しくしてくれたら誰でもいいのか?正直に言え!!ブス!

僕を傷つけたな!僕を馬鹿にしたな!?……殺してやる……殺してやる!!」

僕はそう怒鳴りつけ、彼女の……細い首に手をかけた。

「あはははははは!!!!」

火がついたような笑い声が彼女のがらんどうのような部屋に響き渡る。

「思い出した?」

いつの間にか、僕は彼女に馬乗りになり、白く透き通った首に再び手をかけていた。

「ひぃっ!」

さっと彼女から身を引いた瞬間、目の前が真っ暗になり、

まるで井戸などの深い穴に落ちたような感覚が走った。

彼女はその穴から冷たい視線を僕に送って、そのまま見えなくなった。

 ドスっという音とともに鈍痛が走る。

あたりを見回してみると、いつも使う地下鉄の駅にいた。

いや、正確に言うと、線路の上だった。

もうすぐそこに、けたたましいサイレン鳴り響かせた電車が迫っている。

光が僕をつつむ。ふとホームに目を向けると、さっきみた彼女のような冷たい目をした男が一人。

僕を見つめていた。ああ、あの男、僕に復讐をしたのか。


 ブレーキは間に合わず、体はばらばらに引き裂かれた。

うつろに宙を仰ぐ僕の目が最後に捕らえたのは、

男の笑顔だった。

ああ、ひばりの声が聞こえる。

彼女にまた……あえるかな……。


 悲惨な事件が起こったあととは思えないほど、キレイに片付いたホームで、

一人の高齢者が新聞を読んでいる。

記事に書かれた駅名と、今現在いる駅名を見比べ、何かを探すように線路を見ている。

何も見つからず、ふうとため息をつき、また記事へと目を落とす。

低い唸り声をあげながら走りこんできた電車に次々に人が乗り込む。

ホームにはただ風を残し、静けさがまた訪れた。

まるであのひばりがなく山のように。

久しぶりにかきました。

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