5月高校最後の体育祭(借り物競走編2)
「先生ー」
退場口を出た後、やはりさきちゃんは日向を探して校内を歩き回っていた。
(いない……どこにいるんだろう。こっちにいると思ったんだけど……)
さきちゃんの日向探しに雲行きが怪しくなって来た時、
「あっいた!」
美術の鏑木先生たちと話している日向の姿を見つけたさきちゃん。
「紗希、何でここに……」
今頃なら借り物競走の真っ最中であるはず。
その競技に出場しているはずのさきちゃんが今目の前にいるという状況に驚きが隠せない日向。
「いいから来て下さい」
でもそんなことはお構いなしで日向の腕を掴むさきちゃん。
「あ、あの、先生お借りします!」
そしてさきちゃんは思い出したように日向と一緒に話していた鏑木先生たちに急いでそう伝えた。
「あっはい」「どうぞ……」
そんなさきちゃんの様子に若干引きつつも鏑木先生たちは承諾してくれていた。
「先生走って」
そのまま日向の腕を引っ張り走るさきちゃん。
「いやこれって……」
それに対し、まだ理解が追いついていない日向。
そしてさきちゃんが日向を連れゴールへと向かう一方こちらでは……
「あっ1組も2人目スタートした」
棒読みで言う椿佐。
「やばっこのままじゃ負けるって」
椿佐とは違い、競技に真面目な麻倉。
「ならあの子のせいだね。私知ーらない」
さきちゃんのせいになることを心のどこかで嬉しそうに思っている夏美。
でもそんな3人とは違い、俺は冷静かつ諦めてはいなかった。
「そんなこと言ってる暇あったらお前も手伝えよ」
「手伝うって?」
俺の言葉に麻倉が聞き返す。
「何とか俺らで時間稼ぎすんだよ!」
そう、今のさきちゃんには時間さえあればきっと勝てる。
まずはお題、1組のお題が分かれば……
あっそうだ!
俺は考えついたがままに桐嶋へとジェスチャーを送った。
「何してんの?」
そんな俺に夏美が聞いた。
「桐嶋がお題を書いてるから、あいつなら1組のお題が何かを知ってるはずなんだよ。
だから今ジェスチャーであいつと通信してるんだ」
すると夏美も桐嶋の方へと目を向け、
「それがズルだってバレないといいけどね……」
冷めた目でそう言われた。
そして桐嶋とのジェスチャー通信の結果、
「よし分かった!」
「何?」
「1組のお題は救急箱だ!」
「救急箱って確か1クラスに1つ配備されてたよね?」
「なら無理じゃん。
3年2、2年8、1年11の全部で21個のチャンスがある」
夏美の言葉に麻倉は速攻諦めムードになっていた。
「そこを何とかするんだよ。たとえば……」
俺はあることを思いついた。
「誰かー、うちのクラスで21人が重症ですー。
救急箱21個が必要ですー。
救急箱ー、救急箱ー、救急箱を寄付して下さーい」
そう大声で叫んだ。
「いや何これ」「分からん」
それを冷たい視線で見守る夏美と麻倉。
「おいお前ら、倒れられるやつは全員倒れろ」
俺は振り返ってテント内にいる2組の全員にそう言った。
「え?私たち?」「めんど」
急な展開だったからか冷たい視線だった夏美は驚き、椿佐は相変わらず怠そうだった。
「いいから!」
「本当に何これ……」「知らん……」
そう言いながらも俺の言葉に従い倒れてくれる夏美、麻倉。
そして続くようにクラス全員がテント内で倒れ……
「大丈夫ですか?」
「救急箱持ってきました!」
「私たちも!」「俺たちのクラスのも使って下さい!!」
ちょうどタイミング良く他のクラス、学年から大量の救急箱の支援が俺たち2組のもとに!
そしてその中には特進クラスの救急箱もあり、相当天然な人がライバルにいたことを俺は喜んでいた。
「いやちょっと2組、何してんだよ」
そんなことをしていると、特進の2番手が焦った顔で俺の元に来た。
「何だ?
もしかしてお前のお題、救急箱だった。とか?」
俺はドヤ顔で言う。
「はっ何でお前それを……」
「ちょっとした予知能力ってもんだ。
でも見てくれよ、これ」
そう言って俺は倒れているクラスメイトに手を向ける。
「これは……」
「お前さ、苦しんでるこいつらを見捨てて救急箱持ってく。みたいな残酷なことはしねぇよな?な?」
「そ……それは……」
俺は同情心に訴えかけた。
そしてそうこうした後、
「あっ来た」
「あっ本当だ」
「さきちゃん!!」
「いやちょっと待て、お前ら苦しんで倒れてたんじゃ……」
走って逃げ出したと思っていたさきちゃんが戦いの場に戻って来たことにより、夏美や麻倉、倒れていた2組のメンバーが次々と起き上がり、1組に嘘がバレてしまった。
けどここまで来れば……
<おぉっと、今お題だった先生を連れて1組より先に2組がゴール!!>
「やったー!!先生勝ちましたよー!!」
こっちの努力に気付いているのかいないのか、嬉しそうに飛び跳ねて喜ぶさきちゃん。
「おう、よかった……けど……」
ゴールしたことでやっと状況に気付いたであろう日向。
「借り物競争です!」
当たり前のように言うさきちゃん。
「お題、先生って……これ……」
そして日向は気付く。
それと時同じくして2組のテント内でも、
「先生って、先生なら誰でもよかったんじゃないの?」
麻倉が聞く。
「確かに、それは俺も思う。
けどな、さきちゃん見てたら分かるだろ?」
「え?何?」
「はぁ……」
俺はため息をつきつつ鈍感すぎる麻倉にさきちゃんの恋事情を教えた。
「えぇ!マジか!
全く気付かなかったわ!なぁ?」
そう言って共感を求めるようにみんなを見る麻倉。けど、
「あれ?」
思っていた反応とは違ったのか麻倉が言う。
「お前以外はとっくに気付いてることだよ」
「ま、マジか……」