5月高校最後の体育祭(棒引き編2)
一方その頃さきちゃんはというと……
(真ん中は万尋くんたちが頑張ってる。
それなら私は、狙いの少ない1番端を!ここなら私1人でも……)
そう思ってまだ誰も手をつけていない端の棒を手に取ったさきちゃん。けど、
「はっ……」
「女子1人か。この1対1の対決で俺に勝てるとでも?」
さきちゃんと同じ棒を狙っていた相手、しかもそれは特進クラスとは思えないほどに屈強な男だった。
(やばい、どうしよう……私1人じゃ……
でもみんな頑張ってるし、私がここを制することでみんなの力になれるなら……
諦めない!!)
「何だ、戦う気なのか?」
「はい!」
さきちゃんは気合の入った返事と共に相手クラスの屈強な男と戦う宣言をした。
「うぅ……」
(でもやっぱり強い、ビクともしない……)
戦う覚悟を決めたさきちゃんは1人必死に健闘していた。
「もう諦めろって」
そしてその敵である相手クラスの余裕な声。でもその裏では……
(何だよこいつ、女子のくせして意外に粘るな……
それなりに力は入れてるけど、もっと本気を出せってことかよ……
くそっ女子1人にこの俺が……)
でもその一方でさきちゃんも……
(どうしようどうしよう……このままじゃ負けちゃう……
まだお互い1本も取れてない状態だし、私が早くその1本目を取らなきゃ……
けどどうしたら私1人でもこの状況を……)
『綱引きも棒引きも、肝心なのは押して引くってことでしょ!』
「はっ、そうだ!」
さきちゃんは思い出した。
「あ?何だ??」
急なその様子に相手クラスの男が聞く。
「万尋くんが言ってました。
綱引きでも棒引きでも、肝心なのは……押してー」
そう言うと同時にさきちゃんは持っていた棒を押し、
「うおっ……」
「引く!!」
思いっきり引いた。
「おいっ……
あいつ棒引きだって言ってんのに押してきたぞ、こんなのありかよー!」
<おぉ!1本目、先に取ったのは2組ー!!そして負け惜しみはノーカウント>
そんな放送は戦い真っ只中である俺の耳にも届き、
(あれ?さきちゃん1人で??
はっきりとは聞こえなかったけど、そういえばあいつさっき何かさきちゃんに偉そうなこと言ってた気がする……
けどそれでいて負けてしまったのか……?
無念だな。)
俺は心の中で思った。
「クソォー!!」
さきちゃんに負けた相手は地面を叩き、次の棒に向かうでもなくただ悔しそうにそう叫んでいた。
そしてこっちでは未だ負けられない戦いが続いていた……
「ダメだ、埒があかねぇー」
さすがに4対4とは言っても、そのうちの1人が夏美であったなら僅かに相手クラスには力が及ばないのか……
でも今の状況、負けているわけでもない。
後もう1人、こっちのクラスに力が加われば……
「万尋くん!お待たせしました!!
私も加勢します!!」
「おぉ!さきちゃん!!」
さっき勝負に決着がついたばかりのさきちゃんは、棒を自分たちの陣地に置くなりすぐに助っ人として来てくれた。
(心強い……)
そんな助っ人に俺は束の間の喜びを得ていた。
「誰もあんたなんか呼んでない」
(相変わらず女子恐怖症で一切さきちゃんに心を開こうとしない夏美だけは別みたいだけど……)
けどさっきの勝負、さきちゃんがどうやって1本目に勝ちをつけたのかは分からないが、でももし本当にさきちゃん1人で勝てたんだとしたら相当な強さがさきちゃんに……
もしかしたらその力は、スポーツ女子の夏美以上のものなのか……?
けど何でだろう。さきちゃんが助っ人として来てくれてからも全く動かない!
これはどういうことなんだ……?
「さきちゃん、さっきはどうやって勝てたの?」
俺は棒を引っ張り、息を切らしながらさきちゃんに聞いた。
「万尋くんのおかげです!」
すると同じように息を切らすさきちゃんは答えてくれた。
「え?俺?」
「はい!
万尋くんが教えてくれた押して引く作戦です!」
「え?それって……」
さきちゃんにそう言われた俺は何だか嫌な予感がした。
「みんな押してー!」
さきちゃんが叫ぶ。
「「おー」」
それに呼応する桐嶋と麻倉。
「引いてー!」
「「おー」」
(え、何これ……)
そんな中で一緒の棒を引っ張っていた俺は思っていた。
「何してんだ2組」「何の作戦だ?」
どうやらそう思っていたのは俺たちと戦っていた相手クラスも同じみたいだった。
「うぅダメか……さっきはこれで上手くいったんだけど……」
さきちゃんはさっきの作戦が通用しなかったことに少しばかり焦っていた。
「それならこれで!」
けどその切り替えの速さは凄まじく……
「せーの!」
「「押っせー押せ押せ押せ押せ2組!
引っけー引け引け引け引け2組!」」
「今度は何だ?」「本当に何なんだ2組」
そしてなぜか相手クラスは俺を見て言う。でもそんな俺だって……
「俺に聞くなよ。俺も分かんねぇんだから」
ただ1つ分かるのは、きっとさきちゃんは俺が教えたことを誤解している。
そしてこの作戦の致命的とも言えるところは……
「さきちゃん」
「はい!」
「引いた分押してたら、いつまで経っても俺たちに勝ち目はないよ」
「あ、そっか!」
さきちゃんは俺に言われてやっとそのことに気づいたようだった。
「それならー」
「「「引っけー引け引け引け引け2組!
引っけー引け引け引け引け2組!」」」
「何なんだこいつら、急に引き出したぞ」
「やばい、このままだと持ってかれるぞー」
(何だかよく分からんけどこっちのクラスが有利になってきたー!
よーしそれならー!!……)
「このまま引けー2組ー」
「「「おー!!」」」
「くそっこれが2組の作戦なのか……」「強ぇ……」
<(ピストルが2回鳴る音)
今3本目にも決着がつき、勝ったのはー……2組ー!!!>
「「「わー!!!」」」
俺たちクラスは勝ったと同時に皆で喜び合った。
「やったね万尋くん!勝ったよ!!」
「あっうん……」
でも俺は1つ気になっていた。
(いつの間に2本目が……)
「さきちゃんとこれと、あと1本は一体誰が……」
俺がその疑問を口に出すと、
「あぁ俺」
椿佐が怠そうに近づいて来ながらそう言った。
「椿佐、お前……」
平然とした顔で言う椿佐。
でもその背後には相手クラスの数人が倒れている姿が見える……
(もしかして椿佐、こいつ1人であれを……)
しかもこいつの何事もなかったかのような顔。
友人とはいえ、こいつとの距離感は考え直さないとだよな……