転校生の理由(理由の根底)
ゴールデンウィーク明けの1日目が終わり、俺たちは学校から自分たちの寮へと帰って来ていた。
そして今日からはさきちゃんもこの寮で一緒に過ごす一員。
とは言ってももちろん俺たちとは別部屋だけど。
さきちゃんは空いていた夏美の隣の1人部屋を使うことになり、それは俺の2つ先の部屋ということになる。
俺たち男子は2人部屋だけど、夏美が転校して来た時も同じように既に空いていた部屋が1人部屋しかなかったことから女子は1人部屋という習慣が生まれていた。
そんな1人部屋に案内されるさきちゃんを見て俺はただ羨ましく、
「いいなぁ」
そう思っていた。
ちなみにこの寮は2階建ての構成になっていて、女子は1階。男子は1階と2階に別れている。
それからさきちゃんの反対隣の部屋には教師用の部屋もあって、そこに交代で教師が泊まることで生徒の安全性も確保されているし、みんなで食事を取れるような広間だったり、風呂もトイレもちゃんと各部屋に完備されている!
まぁ学生時代の一時を過ごすには十分な場所ってこと。
ちなみに俺たちのクラスは全員寮暮らしである!
「荷物の片付けは終わった?」
俺は廊下からさきちゃんの部屋を除いて聞いた。
「うん、これで最後」
「そっか、良かった。
俺たちはこれから広間の方で夜ご飯食べるけど、さきちゃんも来ない?
俺がバイトしてるとこの店長が美味しい料理作ったから持って来てくれるって」
「本当に?行きたい!」
そんなこんなで片付けが終わったさきちゃんと俺たちは広間へと向かった。
「おっ店長、思ったより早かったね」
俺たちが広間へと着いた時にはすでに店長が夕飯の準備をしてくれていた。
「今夜のメニューは何かな〜」
そう言いながら俺は店長が作って持って来てくれたでかい鍋の蓋を開けてみた。
「お前が好きな煮込みハンバーグだよ」
俺が鍋の蓋を開けると同時に教えてくれた店長。
その店長の言葉と共に俺の鼻には良い匂いが漂ってきた。
「うわぁうまそぉ」
「うわぁほんとだぁ」
俺と一緒になって鍋の中を除いたさきちゃんは中身を見るなり目を輝かせていた。
「あ、そうそう。
この子は今日から俺たちのクラスに転校して来た……」
「愛宮紗希です。よろしくお願いします」
俺が思い出したように店長に紹介すると、さきちゃんも自ら店長にお辞儀をし挨拶をしていた。
「おぉ紗希ちゃんね、よろしく」
「んで店長は、ここからすぐ近くのツリーハウスって店のオーナー」
さきちゃんの紹介が終わり、今度はさきちゃんへ向けて俺は店長の紹介をした。
「まぁ店長やオーナーとは言っていても、実際は規模も小さければチェーン店でもないような大した店ではないんだけどね」
「でも味は最高だし、なんかあそこにいると落ち着くんだよなぁ」
俺は情けなさそうに言う店長に代わってツリーハウスの良さをさきちゃんに伝えた。
「良かったらぜひ、紗希ちゃんも食べに来てね」
店長がさきちゃんに対して笑顔で言うと、
「はい!ありがとうございます!」
それに対してさきちゃんも笑顔で頷いていた。
「よし、それでは!」
「「「いただきまーす」」」
寮で暮らすほとんどのクラスメイトが広間に集まったのを見計らい、俺たちは店長が持ってきた夕飯を囲むように食べ始めた。
「でも万尋くんがバイトしてるところの店長ってことは、万尋くんはツリーハウスで働いているってことだよね?」
食べている途中、さきちゃんにさっきの話の質問された。
「うん。まぁただのバイトだし、特に何か大したことしてるわけではないんだけどね」
俺は店長と同じように自分の役割を謙遜気味に話した。
「そうなんだぁ……」
どこか暗そうに言うさきちゃん。
「どうかした?」
俺はそんなさきちゃんの様子が気になって聞いてみた。
「実は私もここに転校して来るまではずっと地元の飲食店でバイトをしていたんだ。
けどここへ転校することを機に、距離も遠くなってしまうからって辞めることになって。
もちろんここには特待生で入れてもらえることになったから、学費や寮費も全額免除で感謝もしてるし、今すぐお金が無くて困ってるってわけではないんだけど……
私の家はお金がないって話をしたでしょ?
だから私も少しでもいいから稼いで、ちょっとでも親に仕送りしてあげられたらって……」
「そっかぁ……」
俺はさきちゃんの話に同情するようにそう返していた。でも、
(へぇ〜さきちゃん特待生だったんだぁ。
けどそもそも特待生なんて制度、うちの学校にあったんだっけ??
まぁでも現にさきちゃんはその制度で転校して来てるわけだし……
それよりさきちゃんは働き口を探してる、そういうことなら!)
俺はさきちゃんにある提案を持ち掛けた。
「それなら店長に聞いてみよっか?
時給のこととかになるとよく分かんないけど、環境的にはきっとさきちゃんにも働きやすいって思ってもらえるような場所だと思うし」
俺がそう言うと、
「え!いいの??
ありがとう、ぜひお願いします!!」
さきちゃんは今日1番の笑顔で俺に頼んで来た。
「それじゃあ……」
俺は店長にさきちゃんのことを話し、さきちゃんも働けるかどうかを聞いてみた。
「おぉ、そうか。
ちょうどあと1人バイトが欲しいなぁとは思ってたんだよ」
「なら決まりじゃん!
そうと決まればさきちゃんに言って……」
俺がそう言いながらさきちゃんのところへと向かおうとすると、
「まぁちょっと待て」
店長は俺の腕を掴み、そう言って俺のことを引き止めた。
「どうせなら今からここで面接をしようじゃないか!」
そして引き止めた店長は何のつもりなのかそんなことを言い出した。
「面接?
俺の時はそんなの無かったっすよね??」
「建前だけだよ。
面接もなく誰でも簡単に働けるような場所だと思われたら嫌だろ?」
「それは、まぁ……」
そういうわけで、急遽この場で軽すぎるさきちゃんのバイト面接が行われることになった。
「では改めて、ツリーハウスという店の店長をやっております村田誠といいます」
「愛宮紗希です。
よろしくお願いします」
「はい、では早速始めましょうか。
紗希ちゃんは今までにバイト経験は?」
「あります」
「たとえばどんな所で?」
「いくつかあるんですけど……」
「ここで働きたいと思ってくれた理由は?」
「少しでも親のためになりたくて。それから……」
店長はさきちゃんに対して幾つかの質問をぶつけた。
それに対してのさきちゃんの回答は、高校生になってから今日までの数年の間だけでもさまざまなバイト経験を積み、多い時では3つのバイトを掛け持ちしながら学校にも通うという日々を過ごしていたらしい。
それはどれも両親のためにという思いが強いらしく、そのために自分が何とかしてあげたいという責任感によるものだった。
そんなさきちゃんの今までの話をゆっくりと聞いた店長は、
「合格。これからよろしくね」
店長にも響くものがあったのか、いろんな思いを乗せてその言葉を口にしているようだった。
「え!本当ですか?
あ、はい!ありがとうございます!!」
そんな誰もが最初から分かりきっていた結果にさきちゃんは純粋に喜んでいた。
でも何の意味があるのか。最初はそう思っていたこの面接も、これから一緒に働いていくことになるさきちゃんの笑顔の裏での苦悩を俺も店長も、そしてそれを一緒に見守っていたクラスメイトまでもが知れた気がした。
「良かったね、さきちゃん。
これからは同じバイト仲間としてもよろしくね」
「うん!」
そう頷いたさきちゃんの笑顔は、今だけは少し幸せでいっぱいになれているように俺には見えた。