1年生、4月 その1
4月。
北の地方から上京してきた身からすると首都圏の春というものは早いと感じる。
4月の初旬なんて故郷では今にも雪が降ってきそうな曇天の下で皆が厚手のコートを着て、咲いてるか咲いていないか中途半端な梅の木を眺めながら「まだ寒い」と嘆いている時期だ。
それなのに首都圏とくれば、同じ4月初旬なのに桜が咲いている。外に出ると暖かく乾燥した空気に乗った春の香りがする。厚手のコートなんて着ているものなら歩いているだけで汗ばんでしまう。
ああ、これが春か。
留年を宣告された日の絶望感なんて忘れさせるかのようなやる気の上がり様だ。
3月の終わりにあった入学ガイダンスと4月頭にあった入学式をしっかり無視しつつ、俺、晴海 一 は4月第1週目の終わり頃にある学科ガイダンスに参加するため、阿呆な顔をしながら羽虫の飛び交う畑の横の道を歩きキャンパスへ向かった。
そういえば、そろそろ大学用の自転車を買おう。
=====
この大学は首都圏に位置する4年生の私立大学だ。
首都圏にあるといっても、キャンパスのある街は都会とはかけ離れおり、周りは住宅と何を育てているのかもよくわからない畑に囲まれて、どちらかといえば田舎といった方が近いだろう。
家から通うとなると、大抵の生徒が電車の乗り換えの1回や2回は必須である。毎日毎日、満員電車で1時間2時間は揺られながら精神をすり減らすようなスタートダッシュを切る。
最寄り駅に着いたら、商店街と居酒屋群の横を抜け、住宅街を抜け、そこからさらに妙に羽虫の多い畑の横道を10分ほど歩いてやっとキャンパスに辿り着く。
登校でさえも一苦労となる。
それでも、辿り着いてみればこちらのものである。
キャンパスはたったひとつで一万から二万人近い弊大学の全学徒の学生生活を支えるほど広大な敷地を持つ。
一万から二万人近い学生がいるだけあり、学部学科は文理を問わず充実していた。
法学部、経済学部、社会文学部、理学部、工学部、情報学部、芸術学部、農学部、薬学部、医学部。
どちらかというと理系に重きを置いており、世間的には珍しい大学だった。
俺、晴海 一 は工学部の電子機械工学科に所属していた。
工学部にいくつか存在する学科のうち、我が電子機械工学科は名前の通り電子機器や機械を扱う学科、すなわち車とかロボットとかそういったものを作る学科だ。
電子機械工学科というより工学部全般的に言えることで、工学系というものは就職が良いという割にはコスパが悪い。
1日の大半を、数学や物理を主とする座学の授業、本当に役に立つのかわからない実験授業、そして宿題として課される数多のレポートの処理に追われる。
噂によると生物系や化学系といった理学系、そして医学薬学系の人たちはもっと忙しいらしいのだが、工学系の時点でモチベーションの無い人間はこの日々を過ごしているだけで続ける気力さえも奪われていく。
しかも工学系の男女比は大抵8対2、酷ければ9対1というのがザラである。
どこの学科も全体で百数十人程度の学生であることを考えると、下手すれば男100人超に対して女10人といった始末となる。それすなわち学科外の生きる場を持たない人間にとっては4年間男子校生活同然である。
ただの男子校生活ならばまだしも、学科の仲というのは高校以上に希薄だ。バカ騒ぎをできる友達を見つけることさえも一苦労する。現に俺は1年もいたのにそんな友達を見つけることができなかった。
だからこそ、世の大学生と同じくしてこの大学の工学部生は部活やサークルに入った方が良いという結論に至る。
=====
今日キャンパスに来た理由もそれだ。
別に学科ガイダンスが目的ではない。
学科ガイダンスなんて聞いていなくても大学生活を半年も過ごせば分かるようなことに関して、あたかも「聞いていないと失敗するぞ」というような気配で教授や学務の人たちが話してくる。
本当の新入生ならまだしも、二度目の1年生の俺にとっては不要だ。
今日キャンパスに来た目的、それは、新入生のための一連の新入生歓迎期間、通称「新歓」における初手イベント「部活サークル勧誘ビラ配り」に参加するためだ。
大学の部活サークル勧誘というのは、春先になるとニュースでも取り上げれるようなアレだ。
キャンパスの最もメインとなっている通りに先輩風を吹かした数多の部活やサークルの2年3年たちが大名行列の如く百メートル以上に渡り新入生を左右両方からガードレールのように挟み込む花道を作る。
右も左も分からないような新入生たちは集団心理でなぜか皆がその道を通る。
そして、有象無象の先輩たちの声にもみくちゃにされながら何が起こったのかもわからないまま、その百メートルを超える大名行列を抜けたころには、「ビラ」と呼ばれる何十枚もの部活やサークルの勧誘パンフレット、中には一体なんなのかもわからないような怪しいパンフレットを何枚か落としながらも必死に抱えている。
この大学も例に紛れない。
1年前の俺は確実にこの時点で大失敗をした。
人混みも、歩く速度の遅い集団も、イケイケな体育会系集団も嫌いだった俺は、昨年、この大名行列を無視し、まるで「自分は2年生ですよ〜」というようなカメレオンに近い雰囲気を醸しながら大きく外れた裏道から家に帰った。
後から知ったことなのだが、大学の部活やサークルといった団体は、団体紹介もその後のスケジュールも連絡先も全てビラで完結しており、SNSが流通している現代であっても公式アカウントなんて作っている団体は稀らしい。
その結果、他の新入生が目星をいくつか付け説明会に参加し新歓食事会のようなものに顔を出し最終的に入部を決めている中、俺は1枚もビラを持っておらず情報皆無のまま新歓期間を終え、無事帰宅部に自動入部していた。
そういえば、最初のころの学科の友人だった平塚が「なあ、麻雀サークルの説明会が今日あるからお前も行こうぜ」とせっかく声をかけてくれたのに、面倒だから断った記憶がある。
いま思い返せば、アレについて行っていれば、少しはましだったのかもしれない。いや、麻雀にハマり過ぎてどうせキャンパスへはろくに足を運ばず、留年していたような気はする。
それでも、もし平塚みたいな声をかけてくれる誰かに誘われたら、今度は絶対に断らないでおこう。
そんなことを考えながら、俺はビラ配り大名行列へと突入した。
ビラ配り大名行列は凄かった。
新入生は何が起こったのかもわからないまま行列を抜けたころには何十枚ものビラを抱えていると前情報はしっかり持っていたが、俺は何が起こったのかもわからないまま行列を通過し、気がついた頃には百に近い枚数のビラを抱えていた。
大名行列というにはあまりにも優雅さのカケラもなかった。列に入って十数メートル過ぎたころにはテレビでよく流れる渋谷の大きな交差点の人混みを逆行していくような感覚に近かった。
ニ百メートルか三百メートル程あるビラ行列を抜けたころには満身創痍だった。
なんとなく覚えているのは、アメフト部の人たちが20人30人規模で皆がユニフォームのようなものを着てヘルメットのようなものを被って同じビラを何枚も渡してきたことと、アカペラサークルかなにかの人たちが歌いながらビラを渡してきてちょっとツバが飛んできて嫌だなと思ったことと、麻雀サークルらしき団体に平塚と思われる男がいたが俺だと気づかれなかったことだ。
「よくこんな枚数のビラに目を通せるな......」
つい独り言が出てしまう。
そう思った矢先、目の前に新たなる光景が広がっていた。
何十もの長机が綺麗に等間隔で晴天下の中央の広場に並び、各部活各サークルが個別ブースを開いていたのだ。
「こんにちは〜〜!サッカーやりませんか〜〜!」
「アコースティックギター部でーーす!」
「おい!そこの1年坊主!オレたちの話せっかくだし聞いてくれや!」
昨年はビラ行列とは違う道を通ったから、存在に気づかなかった。
ああ、ここでどんな団体があるのか知るのか。ああ、だから尚更自分は情報がなかったのか。
広場の勧誘は盛り上がっていた。