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慌てん坊のサンタクロース(美少女)は、俺に会いたいが為に半年前から毎日我が家に通っている

作者: 墨江夢

 6月24日、雨。湿気による暑さのせいで、実に寝苦しい夜のことだった。

 俺・島崎源太(しまざきげんた)が寝ていると、ピーンポーンと我が家の玄関チャイムが鳴る。


 一人暮らしの男子高校生の自宅に、それもこんな時間に訪ねてくる人間なんて、まずいない。通販サイトで何か注文したわけでもないし。

 ……まぁ、良い。怪しい勧誘だったら、即座に追い返してやれば良いだけの話だ。


「はーい、今行きまーす」


 そう返しながら、俺は玄関へ向かう。

 玄関を開けると、そこには不自然な衣装を着た女の子がいて。

 赤い帽子に赤い服が特徴的なその衣装は……サンタクロースのそれだった。


「メリークリスマス!」

「いや、メリークリスマスじゃねーよ」


 今六月ですけど? 慌てん坊のサンタクロースはクリスマスの前に来ると言うけれど、慌てすぎだろうに。


 深夜であることを無視して、彼女はクラッカーを取り出す。

 こんな時間にクラッカーなんて鳴らしてみろ。近所迷惑だ。

 そしてその場合、ご近所さんから文句を言われるのは俺なんだぞ。


 外で騒がれても嫌なので、一先ず彼女を玄関の中に入れることにした。

 しかし、入室を許可するのは玄関までだ。リビングやましてや寝室に入れるつもりはない。

 

「それで、そんな季節外れなコスプレをして、一体何の用なんだ? ていうか、お前は誰だ?」

「コスプレとは失敬な! これは、サンタの制服ですよ。あと、私が誰なのかという問いに対する答えなのですが……本当に覚えていませんか?」


 そう言って、彼女は首を傾げる。

 通っている高校に彼女のような生徒はいないし、小中の頃の同級生でもない。まるで覚えていなかった。


「ヒントです。先週の朝、電車の中」

「先週の朝の電車って……あっ」


 思い出した。

 先週の水曜日、電車の中で痴漢されていた女の子を助けたんだった。

 言われてみれば、確かにその時痴漢の被害に遭っていた女子高生に似ている気がする。


「あの時助けられたサンタです。島崎さん、先週ぶりです」


 話を聞くと、サンタ(本名がわからないので、そう呼ぶことにする)は俺にお礼をする為にやって来たらしい。

 家の場所は俺の同級生に聞き回ったとか。その為、訪問するまで一週間の時間を有したらしい。


「ここに来た主旨はわかった。でも、何でサンタの格好をしているんだ? お礼だけなら、別にサンタじゃなくても良いだろ?」

「それは……ちょっとユーモアを交えてみようかと」


 ハハハと、苦笑いするサンタ。しかしその衣装、暑くないのかなぁ。


「その節はありがとうございましたとお礼を言うだけなら簡単なんですが、どうせなら感謝の気持ちを形あるもので示したいと思いまして、今日は島崎さんにプレゼントを持って来たんです」

「プレゼントだから、サンタの格好をしてきたと? 時期的には、半年も前だけどな」

「長い人生を考えれば、半年なんて光陰矢のごとしですよ。……って、あれ?」


 サンタは担いでいた袋の中を覗き込む。


「どうかしたのか?」

「ちょっとしたトラブルがありまして。……おかしいな。確かに入れた筈なんだけど」


 どうやら袋の中にプレゼントが入っていないらしい。

 お礼欲しさに助けたわけじゃないんだから、別に気にしなくて良いのに。

 しかしサンタの方が、それでは気が済まないようだった。


「落ち着け私。今この場で、島崎さんにプレゼント出来るものが他にもある筈です。プレゼント出来るものが……ハッ!」


 何を思い至ったのか、サンタはいわゆるセクシーポーズをしてみせる。


「プレゼントは、わ・た・し」


 物がないなら者をプレゼントすれば良いってか? そんなとんち要らないっての。

 押し付けられたプレゼントは、即刻クーリングオフさせて貰った。





 次の日の夜。サンタはまたも現れた。


「ちょっと早いけど、メリークリスマス、島崎さん!」

「かなり早いけど、メリークリスマス」


 二日続けてサンタコスをした女の子が我が家に来るとは、夢にも思わなかった。


「お礼は昨日で終わったんじゃなかったのかよ?」

「お礼は終わりました。でも、肝心のプレゼントを渡していません。……安心して下さい。今日はきちんと持ってきましたから」


 サンタは袋の中から綺麗にラッピングされた小包みを出す。

 小包みを受け取り、ラッピングを丁寧に剥がすと、中には帽子が入っていた。


「どうですか? 島崎さんに絶対似合うと思って選んだんですけど」

「……ありがとう」


 正直、かなり好きなデザインだった。


 貰った帽子を早速被ってみると、サンタが「わあ!」とよくわからない声を出す。


「……変じゃないか?」

「全然! 思っていた以上に似合ってます! カッコ良いです! 惚れちゃいそうです!」


 それは褒めすぎだろうに。悪いにはしないけどさ。


「それじゃあ、もう用事は済んだろ?」

「いや、待って下さい! まだ用は済んでいないんです!」


 昨日渡し損ねたプレゼントを渡す以外に、一体どんな用事があるのだろうか? そう思っていると、


 ぐ〜〜〜。


 物凄い音で、お腹が鳴った。

 誰のお腹の音かなんて、考えるまでもない。目の前で顔を真っ赤にしているサンタだ。


「……取り敢えず、飯食ってくか?」

「……いただきます」


 今夜のメニューはカレー。多めに作っておいて良かった。





 俺に帽子をプレゼントしてくれたあの夜以降も、サンタは毎晩のように我が家にやって来た。

 

 最初のうちは「近くに寄ったから」とか「ご飯作りすぎちゃったから」とか言って、何かと我が家に来る口実を作っていたわけだけど、半月が過ぎる頃には、何の用事がなくても足を運ぶようになっていた。

 なんなら学校帰りに立ち寄るなんてこともある。流石に宿泊はさせないけど。


 気付けばサンタ用の茶碗やら着替えやらが我が家に用意されているようになり、俺は彼女と半同棲生活を送っていた。


 最初は確かに、迷惑だという気持ちもあった。

 しかしこうも毎日甲斐甲斐しく世話を焼きに来てくれる女の子を、どうして無碍に出来ようか?


 ちょっと前まではアニメなんて観なかった彼女が、今では専門店に通うようになっている。

 俺が好きなものを好きになりたいからという理由で興味を抱き、知識を得た。そんなことをされては、こっちだって意識せざるを得ないだろうに。


 そうしているうちに、気付けば季節は移ろいでいき……本当のクリスマスがやって来た。


 12月24日。彼女は勿論、サンタの衣装で俺の家にやって来た。

 玄関チャイムが鳴ったので、俺はドアを開ける。


「メリークリスマス、島崎さん!」

「あぁ、メリークリスマス」


 ふと外を見ると、いつの間にか雪が降り始めている。今年はホワイトクリスマスみたいだ。


「寒かっただろ? 部屋、暖まっているぞ」

「本当ですか? やったあ! それじゃあお言葉に甘えて、温まらせて貰いますね」


 サンタがファンヒーターの前で温まっている間に、俺はディナーの用意を済ませる。

 チキンにバケットにクラッカーに。あとは忘れちゃいけないクリスマスケーキ。

 大人の男女ならこういう時ワインやシャンパンを嗜むんだろうけど、未成年の俺たちは炭酸で我慢だ。


「乾杯」

「はい、乾杯です」


 グラスを軽く当てて、二人だけのクリスマスパーティーは始まった。


 料理を半分ほど食べたあたりで、サンタが紙袋を手渡してきた。


「こちら、クリスマスプレゼントです」


 紙袋の中を覗くと、入っていたのは手編みのマフラーだった。

 鮮やかな赤色のマフラーは、成る程、今の彼女の格好とお揃いだ。


「要らなかったら、タンスの奥にしまって貰っても良いですから」

「いいや。凄く嬉しいし、ありがたく使わせてもらうよ。……巻いてみても良いかな?」

「是非!」


 俺は早速マフラーを巻く。

 彼女の気持ちがこもっているからか、心も体も温かくなってきた。


「ありがとう。大切にするよ。……それと、これは俺からのクリスマスプレゼントだ」

「プレゼントなんて、別に良かったのに……」

「じゃあ、要らないか?」


 聞きながら俺が掲げたのは……この部屋の合鍵だった。


「合鍵! 前言撤回! 欲しいです!」

「お前の為にわざわざ作ったんだ。要らないって言われたらどうしようかと思ったぞ。……でも、その前に」


 俺は一度合鍵を持ち上げる。

 

「クリスマスなんだしさ、この機会にお前の名前を教えてくれないか?」

「名前……そういえば、まだ教えていなかったですね。莉乃です。三ノ輪莉乃(みのわりの)って言います。苗字に関しては、すぐに変わるかもしれませんが」

「いやいや。気が早いっての」


 苦笑いしながら、俺は莉乃に合鍵を渡す。

 莉乃は受け取った合鍵をギュッと抱え込むと、嬉しさのあまり涙を流し始めた。


「女の子を泣かせるなんて、悪い子ですね」

「だな。だからきっと、来年はサンタは来ない。その代わり……莉乃に来て欲しい」

「来ますよ。私はかなりの慌てん坊なんで、多分クリスマスの365日前から、毎日来ちゃうと思います」


 それは構わないけど、一年間毎日「メリークリスマス」と言うのは違和感があるな。

 代わりに、そうだなぁ……来年のクリスマスまで「大好きだよ」と、365回伝え続けるとしよう。

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